◎ハガレン×twst


パン。
柏手の音ひとつ。変に通りの良いその響きは、誰もの鼓膜を刺激した。
宙に放り出された小さな体。日常の片隅で起こったハプニングに、音が鳴るまで誰も気づかなかった。
何だ、と意識を向けた者だけが、大変なことが起きていると理解する。

「ーーグリム!」

小さな、それ自体は変哲もない事なのに、複数重なり合ったせいで事故に変わった。
たまたま開けていた窓の外に毛玉が遠く放られて。ここは地上数十メートル。よく連んでいる友人がポケットのマジカルペンを手繰り寄せるが早いか、落下するのが先か、事に気が付いた者はアッと声をあげる暇しかなかった。
桟の下に消えていったグリムを見た、そのそばに監督生がいて、先程の拍手も声も彼のものだと同時に認識した。
窓に駆け寄る体勢に、まさか追うつもりではと考えに至った生徒も少なくない。ハートとスペードが自分の服に手をのばした傍らで、両手を合わせた監督生が窓の桟を掴んで身を乗り出した。
監督生がどうしようと知ったことではない、例え翌日保健室の住人になってもそれより本日のランチプレートのメニューが気になる面々ではあるが、目撃してしまった光景につい「おい、」だとか「ウワッ」だとかを反射的に口走っていた。
身投げする勢いで窓枠に飛び付いて半身乗り出した監督生の手元から、バチバチィッ!と弾ける音とともに閃光が空気を切り裂いて、目撃者の網膜を白に塗り替えるまでの、一瞬の出来事だった。





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「それで?」

担任の涼しげな目元は、扇のように睫毛の生え揃う瞬きで実に涼しそうに見えた。

「魔法は使えないという話だったが」
「魔法じゃないですもん」

101匹ほどの野生児をお抱えの手の中で、普段は最もお利口にして、例えお尻を舐められて排泄を促されてもなされるがままでいるような真っ当な仔犬(もちろん現実にではない)であり、親犬も良い子だからこそ幾つか失敗をしても目を瞑るくらいの懐具合だが、この時は知らずに托卵されていたのに気付いて我が子に疑心の目を向けるような顔をしていた。哺乳類だとか鳥類だとかの話でなく。

「化学です。知識の上で成り立つ方程式です。錬金術とおんなじです」

良い子が通常運転なばかりに初めて親から疑いの目を向けられた監督生は、二人羽織のように持ち上げた肩の間に頭を埋めようとしていた。
本当は膝を抱えて丸くなっていたいのだが、教師の前で椅子の上でそんな失礼な姿勢をとるわけもできず、けれど背筋を伸ばしていられなかった心境による結果だった。
はたから見ると何かの罰を、躾の一環を受けていると思れるのが当然だろう、可愛いもクソもない不気味な格好である。監督生の首はない、実はカメの獣人だった説が、生徒達の間で密かに浮上して炎上して消火された。
クルーウェルはというと若干引いていた。

「錬金術と同じなら、ココで習うものの枠組みの中にお前のそれも当然入る。魔法を扱うのは魔法士。錬金術を扱うのも魔法士。仔犬のそれも魔法だろう」
「違うんですよお」
「何故だ」

監督生の顔はしわくちゃだった。
不思議な鏡に導かれてしばらく。ようやく周囲に溶け込んできたところだったのに、珍獣を見るかのような視線を一心に浴びている。

「私、空飛べません」
「他」
「箒でも飛べません。人魚のひと達よりも誰よりも飛べないです。最初にテストしましたけど箒に自我があるのも怪しくてウンともスンとも動きませんでした……」
「次」
「マジカルペンも反応しないです。びゅーん、ひょい!てしても何も起こらないんです魔力はからっきしなんです……」

うう、と奇妙な格好で小さく縮こまる監督生が、ぶるぶる震える様は、その体勢さえ除けば大きな人間に怯えるチワワのようだった。肩を怒らせている見た目は巨神兵だけれど。

「では何と説明する?」
「……錬金術です」

クルーウェルは瞬きをして続きを促した。

「地脈エネルギーを利用して発動する術式です。基本的には等価交換の原則で成り立ちます。物質の成分を構築し直して、物体を別の形に錬成し直すことができます。授業の錬金術と違うのは大鍋の中で混ぜ合わせなくても、手元に揃えば分解して再構築できること、だと、思います……」
「端的に。授業で学んだ事を引用しろ仔犬」

うまく説明するのはむつかしいので勘弁してくださいとベソベソしている監督生に向ける眼差しは、冷静で、見定めるようで、その奥でいろんな考えが渦巻いているような大人の目だった。
普段仔犬仔犬と子ども扱いをしてくれる担任のそれではなかった。監督生は真っ向から肌で感じて、ガラスの心に罅が入りそうであった。

「魔法は無から有を創れる、と思っています。錬金術は有から有を造り、ます?」
「はっきりしろ」
「つくります!」
「good boy」

クルーウェル特有の褒め言葉に安心して涙してしまいそうな心地だったが、唇を引き結んでなんとか耐えた監督生の顔は、それでもしわくちゃな梅干しを脱することはできなかった。
ワタシ悪いコトしてない。
監督生の胸にはその一言だけが自身を支える支柱となって存在していた。





監督生の柏手
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