プレゼントはわたし。なんて御託が許されるのは少女漫画の世界だけだろう。

私の彼氏、お付き合いをしている沢田綱吉という男はお金持ちだ。詳しいことは分からないが、会社の理事長みたいなことをしているらしい。
遠い血縁の人がお年を召してきて、なぜかツナに白羽の矢が立ち継ぐことになった、とかなんとか。会社の本拠地がイタリアであることも、膨大な部下を束ねるトップであることも、土台からして一般人とはかけ離れている世界。
どんな景色なのか気にはなるけれど、ツナが何をやっているか、詳細を知らなくても何の不都合はない。仕事の詳細を教えてもらったところで理解しきる自信もないので、ちゃんとお仕事頑張って元気でいるならそれで良しとしていた。もちろん聞いてくれと言われたら聞くが、それもないので。たまに愚痴は聞いたりするけれど。
つらつらと述べたが、お金持ち、というところが誕生日プレゼントを用意する上での悩みの種だった。
その辺のただの会社員の私では、ツナが普段利用しているであろうレストランみたいな、品の良い一流のお店を用意するセンスなんてない。情報もお金もない。贈り物をしようにも、普段使いできるような万年筆や腕時計やネクタイや、と思いつくもの全て、聞いても分からない一流ブランドのオーダーメイドと、いつだったか盗み聞いた品々には対抗しようがない。私のお給金を注ぎ込んでも、上から下までかっちり隙なくあつらえたものに水を差す真似でしかないと思う。普段使わない、インテリアみたいな飾るものをと考えてみても、それなりに価値があってセンスが良くて、と枕詞を添えた途端に候補はすべて消去だ。
そうなると残るはツナをおもてなしする、それくらいしかできないのである。上手くも下手でもない料理の腕を奮って、海外にいることが多いために、日本の家庭料理を振る舞い、その日だけ何でもお世話して至れり尽くせりの時間を過ごしてもらう。そりゃあ高級旅館に比べたら子どものおままごと、と言ってしまってもいいくらい月とスッポンだけれど、ツナは十分嬉しいと言ってくれる。それが救いだ。

社会人になってからは毎年そんな感じで、ある意味、体で奉仕をしているわけである。が、大人の意味合いでのそれはまだだった。なんなら、行為自体もまだだった。
時代遅れなのは承知だけれど、私が、結婚するまでそういうことをしたくなかったからだ。
もし子どもができてしまったら?
彼との子を持つのが嫌なわけではない。将来、家族になってひとつ屋根の下に暮らし、父の姿を見せる彼のことを想像する時もある。
……いつ何が起こるか、未来のことは分からない。突然できちゃった、となっても、すぐにツナは責任を取ってくれるとは思う。それでなくても、このままいつか結婚するんだろうなと漠然と思ったりもする。
でも、まだ決まった話じゃない。
いつか、なんて事実のない、期待だらけの未来を思い描き、盲信的に信じるほど、もう少女ではなかった。社会の、人間関係の苦い部分を知りすぎた。
確証のない当てを頼りに心のままに今を生きることも、万が一身籠ってしまった時の覚悟のための覚悟も、私には出来なかった。できないから、してはだめだと思ったのだ。
そんなわけで、一瞬だけ浮かんだ私だけが差し出せる、特別なプレゼントには蓋をして、今年も芸もないおもてなし、を心を込めてすることに決めたのだった。


肉じゃが、豚汁、筑前煮、浅漬け、かき揚げ、お浸し、白胡麻和え、あれやこれや。日本食となると見た目が茶色になりがちなので、ポテトサラダや生野菜で彩りを取り入れ、食卓に並んだそれらを2人で食べる。好きなものを好きなだけ食べてもらって、残った余りは私の翌日のおかずになる予定だ。
お家デートを一足飛びで、所帯染みているのはいかがなものかと思うが、喜んでくれているのだから正解なのだと思いたい。

「名前、片付けくらい手伝うよ」
「いいの、本日の主役は座っててください。あ、お風呂入る?まだあとのほうがいい?テレビつけよっか?」
「うーん、俺は名前とゆっくりしたいかな」
「わかったー!」

机の上をささっと片付けて、洗い物はシンクにつけて、余り物をラップで包んで冷蔵庫に。

「コーヒー飲む?」
「うん」

我が家にはインスタントしかないのは周知のことで、前に舌が肥えているのを心配すると、たまにチープな味を飲みたくなるので気を遣わなくていいと言われた。私もたまに、ハンバーガー屋さんの氷だらけのミルクティーが飲みたくなることがあるので、なんとなく共感できる気がした。
ケトルでお湯を沸かし、コーヒーを作って持っていく。ソファーはなく、ラグの上に座卓を置いているそこに、二つのマグカップを置いた。

「今年はさ、鍼灸師の友達に教えてもらったからマッサージの腕が上がってると思うんだよね」
「名前は何を目指してるの?」

空中のツボを親指で押しつつ、胸を張って言うと、不可解なものを見る目で言われた。何って、ツナを癒し隊に決まってるじゃない、と軽く返して、隣のクッションに腰を下ろしながら、手を出すように言う。
差し出された手のひらを、両手で包み込むように親指と人差し指の間に挟み、温めながら指圧する。先程コーヒーを入れたマグカップを持っていたので、手がぽかぽかしていてちょうど良かった。
大きな手だ。硬く、指にはいつくかタコができていて、皮も厚い。肉球にあたる指の下の部分が少し膨らんで硬くなっている。関節がはっきり形取っているカクカクした手の形なのは、まさに男の人という感じ。一般男性のイメージと違うのは、その手の肌触りがいいこと。保湿がきちんとされ、しっとり滑らかな肌と肌を擦り合わせるのは、癖になりそうなくらい触り心地が良い。
会いたい時に必ず会える訳ではないので、ここぞとばかりに体温を堪能しつつ、憶えたての知識と念を込めて圧をかける。お仕事が頑張れるように。しんどい案件は起きないように。いい仲間に恵まれるように。変な部下が入って来ないように。体調を崩さないように。それからそれから。時々、私のことを思い出してくれるように。

「ん、終わった。反対の手ちょうだい」
「……」
「毎日お仕事お疲れさまです。……あ、これペンだこ?ちょっとここだけボコってしてる……書き仕事もあるんだね、大変だ」
「……はあーあ」
「どしたの?」

ぽすん、と肩を目掛けて落ちてきた顔を、手を握ったまま受け止めた。バカでかいため息と、ふわふわした髪の毛が首筋をくすぐる。

「名前イタリアに来ない?」
「どうしたの急に」
「ンー、んーん、やっぱり無理だよねえ」

一際強く、ぐり、と額を擦り付けて、顔を上げた。そうして、へにゃりと笑った顔に、言いようのない焦りが生まれる。
冗談でも行くよなんて言えない。期待させられない。でもいつか、ずっと毎日そばにいられる暮らしがしたい。それは嘘でない。
ツナが、そばにと望んでくれているのが嬉しいし、応えたい。けれど、自分の身には様々な柵と縁が結び付いていて、即答はできない。

「最近ちょっと忙しかったからわがまま出た。へへ」
「……」
「名前?」
「わがままじゃない、よ。ツナ。誕生日、毎年、こんなので申し訳ないよ。嬉しいのに、すぐうんって言えなくて、ごめんって思う。嬉しいのに」

欲しいものは全部あげたい。なのに、いいよって軽口を叩くことすらできなくてごめん。いっそ未来も環境も見ず盲目的にツナだけ見ていれたら良いのに、怖がりでごめんなさい。
せっかくの誕生日なのに。

「イタリアはすぐ行けないけど、でも!欲しいものがあったら言って。本当に。そりゃ、ツナみたいに稼いでないけど、頑張るから。出せるものなら、なんでもあげたいって思うよ。ーーすきだから」

大事なおめでたい日に暗い気持ちにさせたくないし、気まずい雰囲気になりたくもない。どうか伝わりますように、と並べる言葉はしっちゃかめっちゃかだけど、聞いてくれると信じている。心を見てくれる人だと知っている。
勢いと、ちゃんと意思を伝えなくちゃと思って、普段はなかなか言えない言葉を、突き出すように口から滑り落とした。羞恥を感じる体と脳は置き去りにして、心のままに。遅れて、ドクドクと心臓が脈打ちじわりと汗が滲む。
顔が見れなくなって、代わりに、ぎゅう、と彼の手を握る自分の両手を見た。

「……アー」
「……すきだよ、すきなんだもん」
「エッ!泣いてる!?泣かないでよ名前、怒ってないよ俺!」

壊れた蛇口みたいに、好きを繰り返しながら、瞳から溢れてぼたぼた落ちていく涙を見つめる。怖いと好きとごめんが暴れ回って、涙腺を蹴っ飛ばしている。
あたふたするツナが、幼い時から見せる彼の一面であることに少し安心して、緩急をつけて手を何度も握り直した。大丈夫だと言いたいのが伝わったのか、慌てるのをやめて、きゅ、と手を握り返してくる。

「……俺、欲しいものあるよ」

ツナはそう言って、大人になってから普段着となったカジュアルスーツの内側から、小さな何かを取り出した。
握ったままの両手を離すよう、指でタップされ促される。名残惜しい温もりとお別れをし、一度引っ込めて、差し出された拳を受け止めるように、お椀の形にする。ぱ、と開いた拳から、何かが落ちてきた。小さくて軽い。
無意識に覗き込む体勢になって追い掛けると、丸い輪がそこにあった。

「ーーな、なんで、私の誕生日でもない、」
「だって、もらって嬉しいのは俺だろ。これが今、一番欲しい」

動揺のあまり飛び出た無粋な質問は無かったことにして、ツナは言った。

「名前が欲しい。俺と結婚してください」

不意打ちすぎた。
社会人として雲の上の世界に住んでいる人が、夜景の見えるレストランを予約してとか、どこかへ連れ出した先でとか、単純に、プロポーズをするのなら凝ったやり方でやると思い込んでいた。月数万円のマンションの一室の床の上で、彼の誕生日に言われるなんて、予想していなかった。
ころん、と手のひらの上で輝く細い指輪。

「……イタリア、すぐ行けないよ?」
「うん。俺もできれば日本にいたいから、どうにか頑張るつもり」
「日本にいられるの?」
「分からないけど、仕事の本拠地をこっちに移せないか考えてる」
「いいの?」
「いいよ」
「後悔しない?」
「俺は後悔しない生き方をしてるよ」

いつまでも童顔だと揶揄される、大きな瞳が柔らかい色を灯していた。触れずともあたたかい、彼の命と心の温度。
ぼろ、と涙が落ちた。

「な"!?名前、俺タイミングまずったかな……!?」
「ちがう」
「名前があんなに優しく労ってくれるから、誕生日だけじゃなく毎日がいいなーとか!思っちゃったんだよ!そしたらイタリアに誘ってくれるのは嬉しいとか、好きだとか名前が言うから!つまりこれってプロポーズしなくても実質成立してる、ってことはあとは証言だけ、って思ったら言っちゃったんだよ!」

一通り、わっと吐き出しながら、ツナはわざと情けない声で力説した。その姿に涙を滲ませつつも、笑いをこぼしてしまう。
ーー本当に優しいひと。だから好きになった。
ツナに対して、申し訳ないと縮こまっていた心が解される。
ふふ、と息をもらしていると、その指輪を掬う形の両手を、彼の手が下から支えて包み込んだ。

「……やっと笑ってくれた。名前」

泣き笑いでぐしゃぐしゃな、人に見せられない顔をしているに違いないのに、ツナは嬉しそうに微笑む。

「俺は覚悟できてる。苦しい時も病める時も、どんな未来が来ようと、名前がそばにいるのなら受け入れる。沢田綱吉の人生の中に生きて」
「……うん」

容易く頷くことができたのは、彼が覚悟をしてくれているから。神様に誓わなくても、この命を偽りなく隣り合わせにして生きると、その身に、心に、覚悟を持ってくれているから。
浮つくような甘い言葉ではなく、覚悟、という言葉を使ったことこそ、信じられる。
未来のことは分からない。でも、今も誠実に向き合って、先のことを考えて動いてくれている、そして何が起きても離れないと決めたこの人となら、私も後悔しない。
今なら言い切れると、そう思った。





「あのさ、いつかね」
「うん?」
「良かったらでいいんだけどね?」
「うん、なに?」
「もらってくれる?」
「何を?」
「……えっ、と……持ち帰ってもらいたい……です」
「ん?」
「……」
「……」
「……えっ」





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