※プロヒ
※嘔吐表現











「うっ、ぐ、ぉえ……はっ、はっ、」

生理現象でぼろぼろと涙が溢れていく。胃の中をヘドロで満たされたような不快感。吐き気が止まない。公の場で吐瀉するなんて出来ず、無理矢理飲み込むも、今朝食べて胃液でどろどろに溶けた食パンが喉元まで何度も迫って来ていた。
人を差別してはいけない。
幼い頃より公的機関で教育を受け、道徳として身に染み込んでいる言葉だ。教えられたからだけではなく、本心から、人が人を、生まれ持った容姿や体質や能力差で蔑むこと、病気や事故で負った痕を貶すことは、あってはならないことだと思っている。
だけど、その言葉で言い聞かせるには足りなくて、人を見て吐き気を催すなんて失礼な行いだと分かっていても、止められなかった。

「大丈夫ですか?」

かけられた声に、恐る恐る顔をあげる。
脚、二本足。胴、スカートを履いている。胸、腕。女性らしい膨らみと、肩に掛けた鞄を持つ手。首……顔。顔の大きさとアンバランスな、大きな黄色い瞳の瞳孔が、きゅうっと細まるのを見た。

「だ、いじょうぶですすみません」

腰掛けていた椅子から立ち上がって走った。向かう先は考えず、ただその場から離れることだけ思って。女性の顔はもう見なかった。視線を逸らす間際、見えた三角の耳が動いたのは、気のせい。気のせいだ、そうじゃなきや。
見知らぬデパートを走って、走って。飛び出した外にはまた大勢の人。顔や体の一部が大きかったり長かったり、獣やモンスターのようだったり。ハロウィンの仮装をしている容姿の人がたくさんいるそれが、仮装ではなく『本物』であることを、もう知ってしまった。

「ひぅっ、ぁ、ぅぐ」

溢れる嗚咽と吐き気を押し留めて、下を向く。
見るな。変な態度をとったら捕まるかもしれない。食べられるかもしれない。『みんな』普通に過ごしているのだ。何でもない顔をしないと、この光景が普通ですという顔をしていないと、どうなるか分からない。何も見ていない、変なことなんて何もない、私がおかしいんじゃない……。
顔は足元を見たまま、鞄をお腹に抱きかかえて背を丸めるナマエはよろよろと歩き出した。
行く宛もなく、頼る相手もなく、だけど恐怖の最中にじっと動かず居続けることもできなくて。
この突然目の前に現れた悪夢みたいな迷宮の出口が、歩き続ければいつかあると、そう思い込むことでしか正気を保てそうになかった。









「何やってんの?」
「洸汰くん」

雄英高等学校ヒーロー科に所属する島乃活真は、クラスメイトの出水洸汰に声をかけられ振り返った。

「あの人、困ってるみたいで」

あの人、と視線で示された方には女性がいた。公園のベンチに座る姿は、普段見かける同じようにベンチを利用している人と特に変わりない。しかし、困っている、という視点を持って観察すれば、膝に乗せた荷物を守るように力いっぱい抱き締めていること、顔色が悪く虚ろな目をしていること、公園で遊ぶ子どもたちが立てる物音や近場を通り過ぎて行く自転車のベルに対して、都度体に緊張を走らせていること、などが見て取れた。

「お前、こういうのはいつもヒーローに任せるのに。訳あり?」

ヒーローの目を引く動きは、困っている人である以外に、騒ぎを起こす前のヴィランも当てはまる。
どちらであるか、明確に判断できない時や、子どもの自分では手に負えないと判断した時は大人に任せる。困っている人をよく見つける活真は、その線引きだけははっきりさせていた。

「うん……さっき声をかけてみたんだ。困ってるみたい、なんだけど、言えないみたいで。あと困ってるってよりも、怖がってる様子なんだ」
「怖い?何かの被害者か?」
「どうだろう。僕に対しても怯えてて、話はできなかったんだ。大丈夫です、って言われちゃって」
「何だそれ、めちゃくちゃ怪しいじゃん」

学生であり、優しい顔つきと喋り方の活真に対して怯えて拒否をする。そしてあの様子。よく分からないが、絶対に何かがある。

「活真でだめなら、やっぱヒーロー呼んだ方がいいんじゃね?」
「そうなんだけど、困ってるなら近場のヒーロー事務所に案内しようとしたんだけど、嫌がられて……この場から動きたくないみたいなんだ」
「……放っておいて欲しいんじゃないの?」
「うーん……でもね、泣くんだ、あの人。僕を引き留めようとしないけど、何も言わないけど、離れる時に泣きそうな顔してたんだよ。だから放っておけなくて」
「……活真は人が良すぎる、ほんと」

状況を聞くに連れて、面倒な案件だ、と言外に滲ませたのに気付いて、活真は笑う。

「お節介焼いちゃうのは、ヒーローの本質、でしょ?」

軽く放られた言葉は、洸汰を吹き出させるには十分だった。二人が思い浮かべるのは、同じ背中だ。

「ふっ、確かに、デクなら放っておかないな」
「デク兄ちゃんはね。大・爆・殺・神ダイナマイトは放っておくだろうけどね」
「ははっ!絶対そうだ、てか活真、ちゃんと区切ってフルネームで言うのやめてくれよ笑っちゃうだろ」
「敬意を払ってるんだよ。ダイナマイトって呼んだら短気な人みたいだから。神はつけた方がいいかなって。でも神ダイナマイト、っていうのは変だから、そしたらフルネームが一番かなって」
「活真のそれ、ボケでも天然でもなく真面目なのがほんと笑えるわ」







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