お願い。どうか、どうか。

戦う彼らを思い描き、それぞれが胸に灯す、熱く力強い閃光を想う。

大きな怪我をしませんように。
心の強さが力になりますように。
無事ですべてが終わりますように。
弟子を、生徒を守り育てようとする背中が実を結びますように。
先生を、先輩を支え役に立ちたいと願い足掻く姿が、明るい未来への追い風となりますように。
身が引き裂かれるような辛く苦しい思いを、誰もしませんように。私が知る未来のままでありますように。
サー・ナイトアイ。オールマイトを敬愛し、ユーモアのある社会を目指す、そして若き芽を慈しむ優しいあなたが。戦闘向きではない個性ながらも、戦場に出るほどの努力を積み上げてきたあなたが、ここで命を落としませんように。個性を消されてもミリオが敵と渡り合えたのは、師であるサーが個性抜きの身体能力で戦える術を鍛えていたから。その背中を見て彼は育った。大事な弟子の成長を、立派なヒーローになる未来を、あなたが見るべきだ。
未来を諦めないで。元気とユーモアのある明るい未来を、信じて紡いで。

憧れの、大好きな人たち。
どうか。










「ん?透田はどうした」
「せんせー、おしょーは熱です!」
「風邪か?」
「分からないけど保健室に連れて行きました!」
「え、熱なの?大丈夫な?」
「39度あったよ」
「高っ!?」
「おー分かったわかった。透田は欠席、と。ホームルーム始めるぞ」












心操くんが最近一人でトレーニングをしているらしい。そう気付いて、もしやえりちゃん奪還作戦はすぐそこに迫っているのではと考えた。
もはや手札を持たないに等しい私が、これから備えられることはひとつだけ。えりちゃんを救うその時に、みんなの力がしっかり発揮され、あわよくば負傷が少なくなるように強く想うこと。
作戦実行日を知らないため、ピンポイントで個性は使えない。となれば、いつになるか分からないのなら、常に考えるようにするしかない。
しかし、いつ何時も考え続けるのは難しい。授業や生活があるので、誰かと会話でもしてしまえばその瞬間に思考は今目の前に向かってしまう。
心の奥底では無意識に個性を発揮し続けていることは、A組のクレームから判明している。でもより強く個性を発動させるにはやはり、濃く強く彼らを想わなければならない。今回はなおさら、ありったけの力を注ぎたい。
立ちはだかる問題をどうするか。残された時間が少ない中、考え付いたのは、物を媒介にすること。
媒介にする、とは物を力の通り道にする意味ではなく、対象を想起させるスイッチにすることだ。思考は常に揺れ動いていても、例えばハンカチを取るのにポケットに手を突っ込んだ際、リップクリームが指に触れたら連想的に口の渇きを気にしてしまう。
なるべく小さくて、持ち運ぶのに楽で、だけど文房具みたいにありふれた物ではなく身に付けるには少し特別な物。
そんなリップクリームとして選んだのは、どこにも付けず引き出しにしまっていたストラップだった。
生前の曽祖母がくれた、手作りの亀。五円玉を芯にして、赤や黄色、金が入り混じる紐を巻き付けて、尾の長い亀の形にしたお守り。縁起物で御縁のあるものだ。これ以上ぴったりの物はないだろうと思う。
授業中は左手で握り、手に持てない時はポケットに入れた。トイレに行く時も、寝る時も、片時も離さないようにした。脳裏に思い描き続けるのは無理だけれど、お守りの存在を感じ続けることは、触れてさえいれば良いので無意識でもできる。

そうして過ごした幾日。
個性を発動する感覚がないので、効いているのを祈るばかりでありながらも、連日と同じようにお守りを片手に朝の支度をして、登校した。
何かが変だ、と気が付いたのは教室に着いてから。
地面に足がついていないようなふわふわした感覚、思考の回りが遅い頭。一緒にいたたまちゃんに、調子悪そうだよと言われ、促されるままに保健室に行って先生にベッドに連行されたところで初めて、自分の体が発熱していることを知った。
あまりに彼らのことを考え過ぎての知恵熱かしら。知恵熱が実在するのは半信半疑だけども。
なんて思いながら、硬めのベッドの上で体が楽なベストポジションを探して寝返りを打つ。朝から他所の寝床で早々に寝付くこともできず、することもないので、お守りを握って、ぼんやり取り留めなく想いを馳せる。
――通形先輩、泣かないといいな。お茶子ちゃん、自分が抱えていたのにってすごく悔しくて悲しそうだった。相澤先生、思い返せばUSJの時から毎回戦闘の度に怪我してるんだな。心配だなあ。えりちゃんは今どうしてるんだろう。身体を切り刻まれるって、どこまで……痛いよね怖いよね。絶対、ヒーローが助けてくれるから、どうか生きていて。強くて優しい、えりちゃんの無事を願って戦うヒーローが、その手を取って離さないから。光の世界に出てきたら、みんなと文化祭でいっぱい楽しい思いをしよう。わー!って笑う、えりちゃんが見たい。わくわくさんに、早くなれたらいいな。デクくん、お願い。えりちゃんを助けてね。みんな無事でいてね。ナイトアイ、諦めないで。生きてさえいればなんとかなる。あなたは強いヒーローだ。未来を見て絶望しないで。だって、戦闘向きでない個性なのに戦えるのは、ナイトアイ自身が強いからで、頭と体を鍛えたからこその素の強さ。個性を消されたとしても渡り合える、弟子がその証拠。そばにいる他のヒーローを、自分を信じて欲しい。確約された未来なんて、きっとない。

そうしてるうちに、いつのまにか眠りに落ちていて、目が覚めたことによって眠っていたことに気付いたのは、午後の授業が終わった頃だった。
先生が言うには何度か目を覚まして水分補給をしたらしいが、記憶にない。お腹もあまり空いていなかった。
ホームルームを終えたたまちゃんが、私のリュックを持って迎えにきてくれた。

「おしょー体調どんにゃ?大丈夫?」
「うん、荷物ごめんね、ありがとう」
「病人が持とうとしにゃい!」

手を差し出して荷物を受け取ろうとしたが、怒られてしまった。
その代わりのように、先生に体温計を渡されたので計ったところ、微熱にまで下がっていた。

「ぼちぼち下がってきてるね。はい、これ冷えピタと経口飲料水が入っているから、持って帰りなさい。友達思いの良い子にはハリボーをあげようね」
「ありがとう先生!先生のおやつ元気出るから好きにゃの」
「今日はしっかり体を休めることさね。症状は発熱だけ、インフルエンザではなさそうだしまあ安静にしていたら明日には治ると思うよ」
「はい」

リカバリーガールから病人応援セットを受け取って、保健室を後にした。食堂の方に話を通してくれたらしく、私の夕飯はあったかいうどんを届けてもらえるそう。
歩幅を合わせて、部屋まで送り届けてくれたたまちゃんにお礼を言う。
部屋に入って、もらった物をひとまず机に置き、ベッドに座って一息ついたところで扉がノックされた。
たまちゃんが何か忘れたのかな、と思って、返事もせず開く。

「あれ、心操くん」
「ランチラッシュに頼まれた。これ。食えそう?」

彼が持っていたのは、お盆に乗るほかほかのうどんだった。

「うどん――もしかして、先生にお願いされちゃった?ごめんね、ありがとう」
「いや、帰るついでだったし。机まで運ぶか?」
「ありがとう、大丈夫だよ」
「……部屋に入られたくないなら悪いけど、やっぱり俺運ぶわ」
「え、嫌じゃないよ、けどこき使ってる感じで申し訳ない……」
「今の透田、お盆ひっくり返しそうな感じする」

何を見て思ったのか、そう言って、邪魔すると一言かけて心操くんは部屋に上がった。机までまっすぐ直進し、お盆をゆっくり置いて、また入り口に帰って来る。
止める間もなくただ本当に置きに行っただけだった。

「ありがとうございます……」
「ん」

そのまま出て行くように見えたので、見送ろうと別れ際の言葉を探したが、彼は足を止めて半分振り向いた。

「その、さ。ちゃんと休めよ?」
「え、うん。んふふ、なんかお母さんみたい」

用事が終わってはいさよならかと思ったら、あまりに心配してくれるので、びっくりして嬉しくて、女の子らしい笑い声を出してしまった。
熱で頭が茹だっているからか、思考能力が下がっているからか、どうにもふわふわした言動になってしまう。明日、正気に戻ったら後悔する気がするが、顔が緩んで仕方ない。心を裸にした、普段人には見せない柔らかい部分で接している心地。自制して程々にしておかないと後でめちゃくちゃ恥ずかしいよ、と理性が囁いている。まあいいじゃないの、気分良いし、とふわふわの自分が聞こえないふりをした。
心操くんは空いた手で、首元を掻いた。

「俺、親じゃねえんだけど……」
「うん、でも嬉しいよ。うどん持ってきてくれてお疲れさまです」
「透田」
「んー?」
「……お前はやく寝ろよ」

心操くんが、こりゃ駄目だという顔をしたのが分かって、自分でもこいつはダメだと思ったので心の中で同意した。
客観的に見て、透田は、すごく甘えた態度をとっている。それから単純に頭が回っていない。正気の己が見たら恥ずかしくて死ぬんじゃないかってくらい理性が溶けている。幸か不幸か、それを完全に自覚しきってはいないが。

「んー、ありがとー」

何がそんなに嬉しいのか、聞きたいくらいに透田はにこにこしているので心操は戸惑った。ほどほどに心の距離を縮めていた野良猫が、いきなり腕に飛び込んできて首にすりすりと身を寄せてきたような驚きもあった。
しかしすぐに、熱のせいで思考がまともじゃないのだろうと考え至った。
心操と透田はクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。中学の頃に比べたら、格段に今の方がみんな良くしてくれるけれど、それがたぶん一般的な友達の距離感だ。
透田もそうで、敬語混じりの口調で話しかけてきたり、クラスのムードメーカー的な中心グループではないところから、心操に対してクラスメイトの壁を軽々飛び越えるような性格の女子ではないと思っている。少なくとも、誰かと話す時に心を開けっ広げにはしてないタイプ。
透田との距離が、『話したことのないクラスメイト』から『普通に話すこともあるクラスメイト』に変わったのは、彼女の個性の件からだった。
コントロールできているとはまだお世辞にも言い難い。でも、故意ではなく迷惑というほどでもない上に、心操に言われてどうにか個性を抑え込めるようにと試行錯誤している様子を見て、良いやつだなと思っている。体育祭の時から、雄英は良いやつばかりだと思っているけれど、その中でも本人曰くファンのように好意的らしい、良いやつ、且つ変わっている女子生徒。

「……今日、透田の個性がほとんど感じられなかった。無意識でかけてるって前に言ってたから、その無意識の個性も飛ぶくらい体辛いんじゃねえかと思って」

透田の目が、とろんとしている。瞼が重そうだ。声だけ聞けば内容はさておき、しっかりしているが、体の調子はまだ良くなっていないように見える。

「授業のノートとか、必要なら貸すから」

じゃあ、お大事に。
そう締めくくって、今度こそ部屋を後にする。

「うどんありがとねえ」

的外れな見送りの言葉が背中にかかってきて、思わず笑いそうになる。同時に、普段接する透田とはかけ離れている言動に、本当に体調大丈夫なのか?と改めて心配になった。
もし明日、姿が見えなかったら、また見舞いに来ようか。流れるようにそう思ったことが、入寮前の透田との関係性が驚くほど変わったことを表しているのに、心操は気付かなかった。










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