「君は鬼……なのだろうか」
「おに?」

上弦の参は煉獄を鬼にしたがり、攻撃をしながらも死ぬなと声をかけ、執着心を持っていた。ともすれば、これは鬼側の気紛れな差し金かもしれない、と可能性を思い至るのも道理。考えを裏付けするのは、たった今煉獄と竈門の命を救った謎の力だった。人間には到底真似できない。
しかし、当の彼女は陽の下にいる。人と同じ瞳孔の目をぱちくりさせる姿は、鬼には見えない。

「私が知ってる鬼はツノが生えてる妖怪みたいなものだけど、実在しないわ。その鬼ではないの?」
「鬼は人を食らい、夜に生きる。そして多く人を食うほど強くなり、強くなった鬼は不思議な術を使う」

君のように、と煉獄が言外に含ませる。

「人を食べる鬼!?」

目を丸くして、突拍子もない声をあげた。驚きの中に心外だという匂いを炭治郎は感じ取った。

「ホラーだわ!悪夢よ!まさかここは危険がいっぱいの世界……!?サバイバルとホラーと脱出系は勘弁してよ!ああ、なんてこと……」

誰かに訴えるように、手のひらを上にした腕を上げ下げし、ぶつぶつと独り言を言う。よろめくように男達に背を向け、額に手の甲を当てて、二、三歩進んだ。
いつの間にか、しゅるりと緩み解けた金の髪の毛は持ち主のあとを追って這っていく。
かと思うと、くるりと彼女は振り返った。顔に少しの怯えが見て取れる。

「あなたたちは……?鬼から逃げてるの?」
「いや、鬼は倒した。ひとり逃してしまったが……」
「そう……追われてるわけではないのね?」
「無論。悪鬼滅殺、鬼の頸を切るため俺はここにいる」

煉獄は刃の折れた刀の柄を持ち上げる。半身以上が欠けてしまったが、刀身に彫られた?殺?という文字が朝日にきらりと反射した。

「俺は鬼に致命傷を負わされ死ぬところだった。そこに君が現れ、不思議な力で穴を塞いでしまった。俺は君がいったいなんなのか知りたい。人にできぬことをやってのけるのは、鬼の使う血気術しか知らないからな。鬼でないのなら、君は何だ」

意思という力が炎のように揺らめく。そんな幻覚を見てしまうほど、赤の瞳には覇気が宿っていた。一度失いかけ、取り戻したばかりの命の輝き。

「あなたたちは?」
「うん?」
「あなたたちは何なの?」
「人間だ。鬼狩りを生業とする者だ」
「じゃあ私も人間だわ!今鬼狩りと言ったわよね?鬼以外に人を襲う悪いものはいるの?その、人を食べたりだとか」
「俺は知らんな!妖怪も幽霊も見たことがない!人間の平穏を脅かすのは鬼だけだ」
「じゃあもう一匹を倒さなくちゃいけないのよね?」
「俺が逃したのはな。鬼は数多くいる。それを滅するのが鬼殺隊だ」
「アー、ちょっと待って。――つまり、この世界には鬼がいて、鬼は人を食べる。それを防ぐために、あなたたちは鬼を倒している。そういうことね?」
「うむ!して、君は人間と言うが、」
「鬼を倒す……鬼退治……」

煉獄から言葉を受け、少女は顎に手を当て考え出す。

「つかぬことを聞くけれど、名前はなんとおっしゃるのかしら?」
「俺は煉獄杏寿郎だ!君は、」
「どういった字を書くの?」
「煉獄は火に東、獄はさばきという意味のものだ。杏はあんず、寿郎はことぶきに太郎のろう。して、君は誰」
「あんず……!杏寿郎……鬼退治……あんず……桃……似てる、似てるわ。和装に刀……お供の動物はいないけれど」

煉獄が幾度目かの問いかけを口にするが、それを少女はぶった斬る。即判断し、即結論を出し、己のペースで会話を進めることが多い煉獄にとって、初めて相対する類いの人間であった。
情報を一方的に得て、ひとり思索に耽る少女を前に、煉獄は何とも言えぬ顔をした。はたから見ると表情は変わらない。しかし炭治郎は匂いで困惑を嗅ぎとった。
煉獄が口を挟めずにいる。ここは出番ではないのか炭治郎。いや、上官を差し置いて口を出すのは良くないことだろうか。だが新しい人間が口を挟むことで流れが変わるかもしれない。よし。
鱗滝に鍛えられた即時判断。考えたのは一拍ほどで、炭治郎が声を発そうとした瞬間、少女がふっと顔を上げた。

「つまりここは桃太郎のパラレルワールド?」
「あの!」

発声は同時だったが、少女は炭治郎の声に気付いたようだった。
炭治郎の方を向き、目と目が合った、と認識してこの場の誰もが聞きたい、そして煉獄が尋ねようとしていたことを手早く口にする。少女がまたひとり思考の海に身を投じないうちに。

「あなたは誰ですか!鬼じゃないなら何ですか!どうして助けてくれたんですか!煉獄さんを助けてくださってありがとうございます!」
「ん?えっと?どういたしまして……?」

一気に言葉を浴びせられ、女は思わず思索を途切れさせた。質問に答えるべきか、いや言われたのはお礼だ、しかしいくつか聞かれたような、なんだったかしら。
炭治郎の矢継ぎ早の台詞は、図らずも注意を向けることに成功していた。

「ええっと、私は人間よ、さっき言った通り。でも言いたいことは分かるわ、ちょっとヘンテコな力があるもの。でもそれ以外は人間よ。人を食べないし傷つけたりしないわ。そこの人を助けたのだって、生きて欲しいからよ。死んでいい人なんて誰もいないもの。もちろん、そこの人がいう鬼以外だけれど」

緑と黒のチェック模様の羽織、彼が頭を動かす度にカラカラと鳴る耳飾りが特徴的な男の子に返事をする。

「そちらの方は人間でいらっしゃる……?」

そちら、と言われた手の先には、首から下が人間の猪頭。自然と集まる視線に反応し、猪頭は飛び上がった。

「ウギー!なんだお前失礼だな!俺のどこが鬼に見えるんだコラ言ってみろ!」
「やめるんだ伊之助!あの!伊之助は被り物をしているだけで人間です!」
「被り物なの!納得したわ。そうよね、一番、いかにもって感じだもの。気に障ったのならごめんなさい。猪の頭を被った方を初めて見たものだから」
「……フン!仕方ねえ、許してやる。俺は懐のでかい山の王だからな」
「山の王……」

(いかにもお供って感じたのはやっぱり正しいんだわ。猪は四足歩行だから犬ポジションかと思ったけれど、山の王なら猿かしら。茶色だし……。だとしたら緑の少年は犬かキジ。役柄的にはもう一人お仲間がいそうだけど……)

「煉獄さんの怪我もですが、俺の腹の傷もすっかり治りました!ありがとうございました!」
「そう、それは良かったわ。あなたたちは煉獄さんのお仲間さんよね?」
「はい!俺は竈門炭治郎といいます。こっちは伊之助。それで、今こっちに向かってきているのが善逸です」
「いやいやなにコレどういう状況!?」

竈門くんの言った通りにやってきたのは髪の毛も服も黄色カラーの少年だった。腰に刀を携え、木箱を背負っている。
ボロボロの身なりで駆け寄ってきた少年はギョッとしたように目を見開いて、すでに集まっていた輪に到着すると同時に叫んだ。
煉獄さんの血に染まった羽織と衣服、肌。折れた刀。竈門くんの泣き腫らした跡の残る顔。
最悪を想像するに容易い材料が並びつつも、漂う雰囲気は悪くはないもので、後から来た我妻善逸の第一声は困惑に満ち溢れていた。







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