その人は、後ろめたさと懺悔の匂いをまとっていた。


「煉獄さん、持ち直したって」

 医療ベッドの足元に腰掛けて、善逸が教えてくれたことに、ほうと息を吐いた。

「本当か!良かった……!」

 予断を許さない状況が続いていたけれど、山を超えたらしい。意識はまだ戻らないが、回復の兆しが見えたことが僥倖だった。みんなずっと心配していたのだ。眠りにつくたびに、朝を迎えた時に煉獄さんの命の灯火が消えていやしないかと、目を覚ますのが怖かった。今日も生きていると聞いて、ようやく一日が始まる気がした。蝶屋敷で働く人はもちろん、誰も彼も見舞いに訪れる人の目の下にクマができていた。
 でも、ようやく光が見えた。久しぶりにご飯を美味しく食べられそうだと思った。

「あの人の方は?」
「そっちも。重傷だったけど、煉獄さんよりは軽傷だったから」

 つーか、あの人より重傷なのに同じくらいで持ち直す柱の回復力が怖えよ。嬉しいけどさ。
憎まれ口を叩くように善逸が言うが、その匂いは安堵に満ちていた。彼は優しい心根の持ち主だから。

「でもあの子大丈夫かなあ、心細くないかなあ、女の子だから傷が残らないといいなあああ!残ったら責任とって結婚するけどさ!俺が!ああでも俺にはすでに禰豆子ちゃんがいるからなあ……!」
「善逸、彼女にも選ぶ権利というものがあるんだぞ?あと禰豆子は善逸のじゃない」
「キイイ!この正論炭治郎め!」

腹を刺された炭治郎よりも回復が早かった善逸は、健康体になったので当然、チュン太郎に連れられ任務に励む日々を送っていた。炭治郎だけずるい炭治郎が行かないなら俺も任務に行かなくてもよくない!?なんてとんでも理論で拒否する善逸を、炭治郎が褒めて禰豆子と共に頑張れと見送ることでようやく蝶屋敷を出る。
 対して、伊之助は嬉々として鬼狩りに励んでいる。任務先で見つけたつやつやのどんぐりをたまにお土産として持ってきては、早く怪我治せよ子分、と声をかけてくれる。禰豆子の分も背負い箱の前に置いてくれる、彼のそんなところが炭治郎は好きだ。
 下弦の壱を切り、上弦の参と対峙したあの日。蟲柱と隠が、驚くほど早く駆けつけてきて、煉獄は命の灯火が消えてしまう前に治療を受けることができた。炭治郎も刺された腹部を治療してもらい、しばらく安静にと言い付けられた。
 しかし煉獄さんが自分の生家に本があるかもしれないことを教えてくれてくれたことと、目の前で上弦と交戦した煉獄さんの情報を、すでに鎹鴉が手紙を運んでいるだろうが、きちんと己の口から伝えたくて。翌日には蝶屋敷を抜け出して、煉獄杏寿郎の生家へ行った。
 そこで炭治郎を迎えたのうちのひとり、煉獄の父槇寿郎は、自分の息子のことを悪く言うばかりで見舞いに行こうという気持ちのかけらも見当たらない。息子が危篤状態だというのに、だ。あまりに腹が立って取っ組み合いをし、頭突きを食らわせ、昏倒させてしまった。煉獄さんの弟にあたる千寿郎に、言葉を紡げるうちにと煉獄から言付かった言葉を伝え、また目を覚ました槇寿郎にも怒鳴るようにして伝え、そして再び取っ組み合いになった。
 そうして炭治郎は自身の怪我を悪化させて蝶屋敷へ帰ってきた。代わりに、炎柱の父の何かを揺さぶることができたのか、あの家から煉獄さんの見舞いへと槇寿郎を引き摺り出すことができたのだから、結果良ければなんとやらだ。それに、千寿郎とヒノカミ神楽にまつわることを調べてもらえる約束もできたので。蟲柱にはものすごく怒られたけれど。

「あの子も列車にいたんだよな?」
「そりゃそうだろ。じゃないとあの場にいたことが説明できないし」
「しのぶさん、あの子に対して怒ってる匂いがしたの、なぜだろう」
「さあ?」

 現場に到着した蟲柱と隠は怪我人の確認をするため、車両側で避難している一般人側と、隊士四人と炎柱側に分かれた。
 鬼殺隊側には胡蝶がいて、いの一番に炎柱の元へ俊足で駆け付けた。持ってきた清潔な布の上に、泥まみれの羽織と隊服を脱がせた煉獄を横たわらせ、その場でできるだけの処置を行った。炭治郎たちも隠の人たちに負傷したところを診てもらい、特に傷が深かった炭治郎と女隊士は、炎柱と同じようにこの場でできる処置をしたあと蝶屋敷へ急行で運び込まれ、本格的な治療を受けた。
 腹を刺された炭治郎は怪我こそ深かったものの意識はあった。だから、蟲柱が煉獄を治療した後、蝶屋敷へ運ぶよう指示を隠に出した時、同じく優先的に運び込む者を選んだ中にいた女隊士の姿を見た、その一瞬ぶわりと怒りの感情が彼女から匂って来たのを覚えていた。

「女の子の方もまだ意識は戻ってないけど、負傷度合いから診ると、もう目を覚ましても良い頃なんだって。だけど精神と身体の疲労って言ってたかな。肩の怪我は酷かったみたいで出血も理由ではあるけど、この二つの疲労が大きいんだってさ。それがなかなか目覚めない原因みたい」
「あんなに強かったのに?」
「盗み聞いたんだけど、階級、そこまで高くないらしいぜ。だからあちこちで噂されてた。上弦相手に生きて帰って来れたのが珍しいんだって。まあ俺らもそうだし、大半は煉獄さんが守ってくれたし?煉獄さんが全員守り抜いたって考えるのが当然だから、さすがは柱だって称賛の声の方が大きかったけど。でもそうじゃないんだろ?」
「ああ」

 炭治郎は鮮明に覚えている。煉獄さんひとりで対峙させることなく、上弦の参に猛攻していた姿を。そしてどこか懐かしみを感じる呼吸の型を。煉獄さんの勝ちだと叫んだ自分の後ろで、生きて欲しいと、はっきりと通る声で願った彼女の匂いを。

「……あの人も、強かったよ。俺よりもずっと」

 きっと俺たちだけだったら、煉獄さんは、もしかしたら今頃――。そんな暗い“もしも”を考えてしまうことが何度もあった。そのくらいの存在感だった。
 善逸は療養でほぼ蝶屋敷から出ることのない炭治郎に、「外でいろいろ聞くんだ」と、あの夜についての噂話をぽろぽろもらす。

「隠の到着が早かったのも、蟲柱の指示だったらしいけど、そこにもいくつか気になる噂があるっぽくてさ。柱は煉獄さんだけの任務なのに、蟲柱が偶然じゃなく居合わせた。応援要請の鎹鴉を飛ばしたりはしてない。本当なら下弦の鬼を切った時点で任務は終わっているわけだから、無事に完了して、あとは帰るだけだった」
「ああ」
「想定外なのは、上弦の鬼で。だから煉獄さんは本来の任務なら、ほぼ無傷で帰還するはずだったんだよ。それなのに蟲柱の率いた隠の到着が早かった。乗客の負傷を考えて動いたのかもしれないし、実際は、さ。炎柱は重体だったから……隠だけじゃなく蟲柱が駆け付けた状況で、炎柱は幸運だった、良かったって言うやつもいるけど。危機にうまく間に合ってるっていうのかな。できすぎな気もする、けどまあ良かったよなっていうやつもいたりとか。御館様の先見の明だったんじゃないかとか……」

 ひと通りしゃべり終えたらしい善逸は、ふう、と息をはいた。

「まあ、俺はなんだっていいんだけどさ。みんな生きてるんだから」
「そう、だな」









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