※人外主



そよそよ吹く柔らかい風。暖かな光を全身に浴びて、そっと目を閉じる。聞こえてくるのは、サアァ、と草が靡く音。木の葉が揺れる音。獣や虫たちの生きる音。その中に、ふと違う音が混じり、ぴくりと耳が動いた。
ゆるりと瞼をあげ、ゆったりと身を起こして一点を見据える。近づいてくる足音は、ひとつの揺らぎもなくまっすぐにここへ向かってくる。それがここまでたどり着くのを、静かに待った。
――ああ、きた。
ガサッと大きく揺れた草陰から飛び出してきた人間に、小さく鳴いてみせた。

「久しぶり!元気そうだな」

そう言って近づいてきた竈門炭治郎という人間。元気だと言う代わりに喉を鳴らせば、彼の人間は満足げに笑った。

「そうか、それは良かった」

頭を低く下げて、晴れやかに笑う炭治郎に擦り寄る。嬉しそうに私を撫でる炭治郎を感じて、私も嬉しかった。今日は禰豆子はいないらしい。
私は人間に龍と呼ばれる存在である。長い体、鋭い歯と爪、頑丈な鱗を持ち、空を自由に飛びまわる。到底人間が扱える生き物ではないし、人間と共に生きようとも思わない。そもそも興味というものがなかった。人とは違う、夜を好んで生きる鬼と呼ばれるものについても。なので私は、森の奥深くでひっそりと穏やかに暮らしていた。
そんな私が炭治郎と知り合ったわけ。それはまた、別の話である。

「ずっと、任務が続いて来れなかったんだ」

地面に腰を下ろした炭治郎に寄り添うように私も地に伏せ、耳を傾ける。炭治郎の片手は私の上に置かれていて、時折優しく撫でてくれる。鼻づらの辺りを撫でる時には、ほんのりと炭治郎の手の匂いを感じた。土や汗などの自然の匂い、それから少しの鉄臭さと、ちょっぴり陽の光のようなかおり。

「早くおまえに会いたかったよ。ちゃんとご飯食べてるか、心配してたんだぞ?おまえは偏食気味だからなあ」

ごはん。私は水を飲んでればそれだけで大丈夫なのに、炭治郎は私にごはんを食わそうとする。動物と同じように扱われても困るのだが、炭治郎は心配してるだけだと分かっているので、彼がごはんを与えてきた時だけは素直に食べるようにしている。
禰豆子は寝るだけでいいと許されているのに。炭治郎の中では動物と人間、と鬼との間に、生態としての認識の違いを敷いているらしい。

「任務の時にな、不思議なことがあったんだ」

ぽつり、と呟かれた言葉。何があったのと、先を促すように、ちろりと視線を送る。

「今回の任務で出た鬼が少し厄介で。呼吸もうまく使えなくて。負傷していたし、隙の糸が見つからない焦りもあって、もうだめかもしれない、って思った時があったんだ。俺、長男だから簡単にあきらめちゃだめなのにな」

はは、と炭治郎が笑う。長男とやらはよく分からないが、炭治郎はだめではないだろうに。

「それでその時、急に突風が吹いて、一瞬だけ閉じた目を開いたら、鬼の動きが鈍くなってた。しかも重かった俺の体は軽くなっていて、あっという間に鬼を倒すことができたんだ。不思議だろう?」

ふうん、良かったね。炭治郎に寄り掛かるように頭を倒せば、その行動で何を感じたのか、彼は嬉しそうに言葉を続けた。

「もしかして、藤の花以外にも何か、鬼に対抗できるナニカがあるんだろうか。呼吸で治さなくても怪我も治っていたんだ。鬼の動きを止めて、怪我を治す……そんな存在があったりするのだろうか」

ふわふわした心地で言葉を紡ぎながら、炭治郎は私の頭をぽんぽんと柔らかくたたいた。そうして、ふっと笑みをこぼす。そんなことはありえないと、分かっているのだろう。
それから、「でも、」と口を開く。

「ほんとに何だったんだろうなあ、あれ」

そうぼやいた炭治郎から目をそらして、瞼を閉じる。
炭治郎を助けた突風の正体も、体が軽くなったわけも、私は知っていた。
私は人間に龍と呼ばれる存在である。長い体、鋭い歯と爪、頑丈な鱗を持ち、空を自由に飛びまわる。そしてそれ以外にも、力を持っていた。
一息吹けば、町をまるごと吹き飛ばすことだってできるし、そよ風のように柔らかく息を吐けば、ものを癒すことだってできる。
炭治郎は私が飛べることを知らない。壊す力を持っていることも、癒す力を持っていることも知らない。そして、人に姿を変えられることも。
ぐい、と頭で炭治郎を押せば、彼はころりと転がった。

「わ、どうしたんだ急に」

少し開いた距離を詰めて、変な格好になった炭治郎のそばで再び身を伏せれば、理解したように小さく彼は笑った。そうして、ごろりと地面に寝転がる。それを確認して、私は今一度目を閉じた。
私は君と出会って、どうしてだか、君といることが好きになった。だから、手助けをしてしまうのだろうね。
だけど、何も知らなくていい。何も知らなくていいよ、炭治郎。私が君を助けたことも、いつも見守っていることも、君という人間を好いていることも、すべて。全部全部、私の勝手な想いなのだから。
ああでも、いつか一度だけでも、炭治郎と話をしてみたいかもしれない。その時は、人の姿になった私が私であることに気づいてほしいな。
息をすれば、感じる自然のかおり。それからほんの少しだけ香る、炭治郎の匂い。それらをすうっと吸い込んで、吐き出した。
彼と過ごすこの穏やかなひとときが、私は大好きなのだ。







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