「ヒノカミ神楽については知りませんが、一風変わった呼吸を扱う隊士の噂を聞いたことがあります。それがたしか、神楽の呼吸、だったかと」

那田蜘蛛山での戦闘から柱合会議、そして機能回復訓練と、目まぐるしく過ぎてゆく日々。任務に支障がない程度に回復を終え、蝶屋敷の主人たる蟲柱の最後の診断を受けた。炭治郎は、なぜか扱うことができた、剣技としてのヒノカミ神楽の正体を知るべく、柱なら何か知ってはいないかとヒノカミ神楽について尋ねた。
胡蝶しのぶには、ヒノカミ神楽も火の呼吸も聞いたことがありませんと一刀両断されたが、ヒノカミ神楽ではなく神楽の呼吸を噂で聞いたことがあること。そして、火の呼吸はないが炎の呼吸はあり、炎柱が存在するとのことで、その柱を担う煉獄杏寿郎に鴉で連絡をとってくれるとのことだった。
竈門家に代々伝わってきたヒノカミ神楽を、なぜ呼吸として、剣技として扱えるのか。その答えへ一歩進めた気がして、炭治郎は心が浮足立った。
炎柱にはツテあってすぐ会えそうだが、神楽の呼吸を扱うとされる隊士の情報はなく、こちらは地道に探すしかなさそうだ。柱がそれほど情報を持ってないということは、階級はあまり高くはないのだろう。それでもこの一歩は大きい。

「見つかるといいですね」
「はい!」









そんな会話をしたのが少し前のことだった。
任務で列車に乗る煉獄さんと合流し、しかしヒノカミ神楽は知らないと言われ、そして鬼が出た。煉獄さんの適切な判断と指示、頼りになる仲間、今自分にできるすべての力を持って、どうにか下弦の壱を倒した。長い長い夜だった。でも、誰も死んでいない。何も欠けていない。
終わったと思っていた。しかし、まだ夜は明けていなかった。

轟音と共に現れたのは、上弦の参。煉獄さんが立ち向かう。その助けを、と思ったが、待機命令を指示された。それでなくとも、自分が出たところで煉獄さんの助けどころか足手まといにしかならないと分かる、そんな戦いだった。
乗客と後輩隊士を背にしながら、煉獄さんは刃を振るう。炎の呼吸は力強く、燃え上がる。煉獄さんは強い。それでも、何度も切っているのに鬼は無限に回復し、対して人間の煉獄さんは傷が増え、止まることのない血を流す。
上弦の鬼の拳に、炎柱の体が抉られる。血飛沫がとぶ。
俺は煉獄さんが傷付くのを、ただ守られ見ていることしかできないのか。その歯痒さを感じたことさえ自覚する間などなく、目にも追えぬ速さで、拳と刀が幾度も衝突する。
いきが、くるしい。


「――神楽の呼吸 壱ノ型」

それは突然現れた。

「牛若丸」














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私には前世の記憶がある。
令和という時代に行きていた女性の記憶だ。特になんてことない人生を送って、それなりの長さを生きて、最後は病死だった。
一度しかない人生。そう思っていたからこそ死にたくないという思いを持ったり、後悔のない生き方をしたいと思ったけれど、二度目があるならいろんなことに対して繊細になりすぎず、もっと大ざっぱに。何に縛られることなく自由に生きても良かったんじゃないかな、というのが一度目の私への感想である。
二度目の生を受けて、物心ついた時にはいつの間にか取り戻していた記憶の中で、一番意識して取り出したのは鬼滅の刃という漫画だった。

輪廻転生があるとするなら、それは死後、未来の世界。そう考えるのが通りである。
しかしなぜか不思議なことに、私が生まれたのは過去の大正時代であった。ややこしくも、未来を知っているというのは良くも悪くもあった。なぜならのちに、世界大戦が始まり、日本は負け、残るのは痛々しい戦争の爪痕。分かっていても止められない未来が待っていて、うつうつとした気持ちを抱えながら生きていかねばならないのだ。

ある日、家族と遠出した旅先で、変な噂を聞いた。
そこから少し離れたところで、殺人事件があったとか。その死体は獣に荒らされたような痛々しいものだったとか。金目の物は残されていたとか。別の人が言うには、夜は良くないものが出るから気を付けろ、とか。
ぱちん、ぱちん、とピースをはめていけば、ひとつの可能性にたどり着く。

――転生後が未来でないのは、世界線が違っていたから?

令和の記憶の中に、大正時代を舞台にした物語があった。
妹を鬼にされてしまった男の子が、妹を人間に戻すため鬼を滅する組織に入る話だ。
そして、そう。その中には、夜は鬼が出るから出歩くなとか。されど一般人は鬼の存在を知らないので、出会えば助からず食べられてしまう方が多いとか。残された死体は獣にやられたような惨い状態だ、とか。聞いた噂と、同じようなことが描かれていた。
可能性のひとつでしかなかったが、思い至ったと同時に万が一に備えて対策を講じた。思い過ごしだったなら、馬鹿なことをしたと笑い話にでもしたらいいと自分に言って。
まずは、藤の花をできるだけ絶やさないように庭で育て、お香を焚いて寝る日課を作り、藤の香袋を必ず家族全員に毎日身に付けさせた。在庫は絶やすことのないよう気を配った。そして夜は絶対に出歩かないように、付き合いや用事で出歩くことがあったら駄々をこねて止めさせた。
くわえて、自分にも力を付けるべく、例の呼吸法を身に付ける練習をした。体の隅々まで酸素を行き渡らせるように。血の巡りを速めて、体温を上げて。
真似事でしかないが、育手に当てがないので、自己流である程度まで身につけるしかない。ピアノ初心者が「猫踏んじゃった」を両手で弾けるようになるレベルくらいまでなら、自力でいけるんじゃないかと思った。
あとはもっぱら剣術の練習だ。しかし刀なんてものはない(一般家庭にそうそうない物である上に廃刀令である。危険物である。)ので、なるべく長く太さのある枝を持ってぶんまわした。千本振りをしたり、庭の木に打ち込みをしたり。
とまあ、それっぽいことは一通りしているが、ここで問題。令和の私は原作の漫画を持っていなかった。
社会現象にまでなった映画を見たことでハマり、漫画を買おうとしたがちょうど映画の場面までの前半の七巻、そこからとんで最終決戦の後半から完結までの三巻、計十冊しか手に入らなかったのだ。
情報溢れるネットの海でだいたいの流れを掴んではいたが、やはり原作を読みたかった。しっかりと読んでいれば、ただでさえ朧げな記憶でも、しっかり根付いていただろうに。
ふわっとしかない知識。それも、誰にも説明できない写真のようなイメージしか残っていない。

言葉を読み込むというより文字を目で追うタイプの読み方をする私は、漢字の読み方なぞほとんど気にしなかった。
戦況が加速するたび、ページをめくる手は速まり、台詞も絵も動画を見ているように頭の中で自動再生された。
その自動再生、というのが漢字の並びをそのままインプットして、例えば竈門炭治郎は「かまどたんじろう」ではなく「竈門炭治郎」と認識する。そういったものであるので、言葉を口にしようとした時に、はて、なんと読むんだったか、となり、勝手にそれっぽい読み方をつけて呼んでしまう。
ラスボスの……鬼、おに、おにつじ無惨だったか。それとラスボスの配下の四天王みたいな鬼達。それが出遭えば即死の、絶対に踏んではいけない爆弾なのはばっちり覚えているから大丈夫。藤と、日輪刀と、主人公付近のおおまかな流れは分かっているから、大丈夫。たぶん。
物語のキーポイントであるのは、列車の鬼と、そこに現れる体術の鬼、もずくだったかゆかりだったか、三文字の赤っぽい海の幸っぽい、そんな漢字の名前だった気がする。遊郭でのナンバーワン遊女とその兄の、兄妹鬼。これもちゃんと覚えている。二人の頸が同時に切れていることが勝利条件だったはず。そのあとは刀の里でも上限が出て、みんなが鍛錬積んで、お館様が決戦の火蓋を切って最終決戦、そこで柱の人たちがたくさん死んでいった……。そう、多くのキャラクターが死んでいったのだ。改めて無情な世界だと思う……。キーポイントはまたの名を主人公成長回、主要メンバー負傷死亡回、とも言う。

その辺はさておき。
呼吸には色々な流派がある。元を辿れば日の呼吸にいきつくわけだが、竈門家に代々受け継がれたのは日の呼吸、もとい、ヒノカミ神楽。
私は思った。
日の呼吸の技は、あまりにうつくしく舞いに見えたからこそ、神楽として形を成し後世に伝わってきた。――逆を言えば、神楽は呼吸になれるのではないか。
馬鹿みたいな単純な考えではある。
でも、試してみる価値はあるのではと、呼吸の仕方に日夜気を配り、剣術の真似事に加え、毎日神楽を舞った。
前世の私は、神楽が身近に存在した。しかしヒノカミ神楽とは似ても似つかぬ。
竈門家に伝わる神楽が、ヒノカミ様に「ほう、これはなんとうつくしく粋な」と感嘆とするように楽しんでいただくものであるとすれば、私の知る神楽は「ほう、これは面白い」と笑って楽しんでいただく神楽だ。
神楽は全国各地それぞれの「神楽」があって、同じ演目でも、衣装も舞い方も台詞も違ったりする。前世の私は、海神さまに奉納する神楽を舞っていた。それこそ一般に向けて公演があるような立派な神楽ではなく、地方のすみっこならではの、アドリブを入れたりや観客と触れ合ったりしながら、子どもも大人も笑って楽しいお茶目な神楽。
それが私は大好きだった。














「神楽の呼吸 壱ノ型 牛若丸」

炎の鬣のような髪の男と、鬼の間に立ち入る。第三者の気配を悟ってか、鬼は間合いを広げ退いた。戸惑う気配のある柱に背を向け、鬼に刀を向ける。

「なんだお前は。邪魔をするな」
「――その方は何者じゃ」

鬼が煩わしげに言ったのに対し、女は相手の正体を尋ねた。鬼滅隊隊士は、鬼とあらば問答無用で切りかかるもの。
なぜこいつは名を聞く。仇か。
炎柱は闘気をそのままに、つ、と目を細めた。

「お前に名乗る暇はない。女など特に。そこをどけ。俺は杏寿朗と闘いたいのだ」
「その方は何者じゃ」

また女は尋ねた。
鬼は鬱陶しげに顔を歪めた。

「……しつこい。邪魔をするのなら退場しろ」

言うが早いか、鬼は地を蹴り拳を女に撃ち込んだ。
上弦の鬼に柱でもない隊士が敵うわけがない。鬼が迫る直前、瞬発的に反応した煉獄が隊士を庇って技を振るう、その刹那だった。

「その方は何者じゃ」

ぼと、と音がした。
煉獄が止まる。鬼が退く。
退いた鬼の腕はなく、切り口からはぽたりと血が滴り落ちた。
先ほどの音は、鬼の腕が落ちた音だった。
鬼も、煉獄も思わず、その傷を負わせた者を見る。
女隊士の刀は、月明かりを反射して鈍く光っている。シャン、とどこからか鈴の音が聞こえた気がした。
女はひたりと鬼を見据え、独特な姿勢と足捌きで立ち、何度目かになる言葉で問うた。

「――その方は何者じゃ」









* * * * * *


簡易説明

『神楽の呼吸』

・壱ノ型 牛若丸
神楽の演目「牛若丸」より。
牛若丸が親の敵を討たんと小天狗大天狗に教えを請い、四十八手の兵法を教わる。そうして目指した都五条橋にて、千人切りをしていた弁慶と遭遇。・・・な話。
この型は防御の型。あらゆる攻撃を防ぐが、縛りがあるので無敵ではない。








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