朝一番のホームルーム。教壇に立つ相澤は、常のように通達事項を言い終える。
生徒達もいつものように真面目に聞いていたが、相澤が「それと別件でもうひとつ」と続けたので、関心を強めて担任を見つめた。

「お前らが言っていた例の現象についてだが。昨日の昼休憩の時、短時間だが変化があっただろ」

尋ねているような口調だったが、確信のこもった言葉だった。生徒達は口々に、そういえば久しぶりに疲れたなって思ったような、だとか、なんか肩凝るなと思ったような、それもう歳なんじゃね?だとかを言い、具体的に言わない者も賛同する声を上げた。

「……その原因が、普通科の生徒の個性によるものだと分かった。本人たっての希望により、どういう個性かは明かさない。が、お前らが今まで感じていたように、悪い影響を与えるものではない事は確かだ。そして、一時的に止める事は可能だが、完全に止める事はできない」

相澤の言葉に、生徒達はそれぞれ思いを巡らせる。
わずかに落ちた沈黙をいち早く破ったのは、己を他人にかき回されることを嫌って許さない爆豪だった。

「あの気色悪ィ感覚、やめねえってんなら、そいつぶちのめして無理矢理やめさせるしかねーな」

敵を見つけた、とばかりに、にやりと不適に楽しげに笑う爆豪の目を見返しながら、ほんと敵に見えてくるやつだなお前は、と心の底で相澤は思う。

「会うと死ぬそうだからやめておけ」
「ほーう?その言葉、そのツラ拝んで叩き返したるわ」

いっそう口角を上げて、何がなんでもぶちのめす、という思念がオーラのように漂う爆豪。
他の生徒は、相手も体育祭で目にしたであろう凶悪な爆豪のいるA組に、よくもまあそんな煽るようなことを、と名も顔も知らない生徒に尊敬の念を抱く。

「いや、本人が」

本人なんだ。
相澤がさらりと言った事に、あ、そっちなのねと、A組の面々は同時に思った。
しかし、会うと死ぬとは何事か。

「俺ら普通科にそんな怖がられてんのか?」
「どう考えても爆豪のせいだよ」
「体育祭で狂犬みたいだったもんね」
「誰が狂犬だ!ああ"!?」
「オイラがモテないのはそういうことだったんだな……」
「峰田ちゃんのは爆豪ちゃんは関係ないと思うわ」
「きっと僕のきらめきが眩しすぎるんだね!」

わいわいと、一部を除いて、ヒーロー科は幽霊屋敷的な扱いになってるんではなかろうかと憶測が飛び交う中、八百万がまっすぐ相澤に問いかけた。

「その方の個性が関係しているのでしょうか?もし個性が関係していて、私たちが近付くことがその方にとって良くないのであれば、対策を講じるべきだと思います」

八百万の言葉に、確かにそうだと皆黙った。A組が怖いとかいう話じゃなく、何かしら害になってしまうのであれば気を付けねばならない。

「関係しているといえばしてそうだが、会わないのは、まあ本人の問題だな。死ぬってのも比喩に過ぎない」

それを聞いて、それぞれがひとまず安心したのは、ヒーローを目指している者としてある意味当然の感覚だった。

「本題に戻るが、その生徒の個性と名前は言わない。本人の希望だ。個性については、本人も把握しきれていないらしい。そしてA組に自身の個性が影響を与えているかもしれない、と認識はしているが、自覚はない。これまで生きてきた中で、個性に振り回されるようなことがなかったんだろうな。発動条件と止め方が分かっていない」

幼い頃、個性が発現したばかりの頃に、自分の一部であるはずの個性とうまく付き合えなかった覚えのある者は、ふっとその記憶を思い出した。
しかし、と相澤は続ける。

「本人と会って話をする中で、ある程度のことは把握できた。まず、発動条件は本人の感情の揺らぎだと考えられる。おそらく、対象に何かしら心を動かされることで発動するんだろう。そこでひとつ問題がある。今起こっている現象をどうにかしたい、あるべき普通に戻したい、というのがお前らの相談だったわけだが、心を意識的に動かす事はできない。お前らも表面上は取り繕えても、心の底から何も感じないなんてことは無理だろう」

とつとつと続けられる言葉に、生徒達は耳を傾ける。

「個性の発動範囲をどうにかして小さくする、というのも考えたが、脊髄反射みたいなもので生理現象的な個性のために、本人も自分の感情の動きは分かっても個性を使っている感覚ほぼない。さっき言ったように、自覚がないってことだ。使おうという意思のもと発動するんじゃなく、心の動きに連動して否応なく発動する。つまり、個性の影響がどのタイミングでどこまでどのように放たれているかを、本人が把握できていない。加えて画面越し等の物理的距離があっても届くかもしれないとも言っていた。それらを考慮すると、その生徒の個性の発動範囲を小さくするのはもちろん、止めることも無理に等しい」

結論として、相澤が述べた。
しかし、日々プルスウルトラの精神で学んでいるA組である。さらに向こうへ、のヒーロー科だ。そもそもこの現象を困りごととして担任に相談したのだって、ヒーローを目指している身として懸念があったからなのだ。
切島が真面目な顔で、口火をきる。

「最近調子が良いのは普通科の生徒の個性の影響で、止めるのは難しいってことは分かりました。害のあるもんでもないことも。でも、」

決して他人の悪口は言わないまっすぐで漢気のある切島は、そこで少し言い淀む。一瞬、言葉を探すように間をあけて、相澤に対してではなくひとりごととして呟くように、続けた。

「調子が良いのはありがたいけどよ、その環境に慣れすぎて、そいつの個性が発動してなかったから、実戦でいつもの調子が出ませんでした、とかになったらやばくねーか……?」

現状に慣れすぎて、その生徒の個性が発動していない時に、実力に差が出ないか。それが懸念していることだった。
他の生徒も、そこが心配なのだと相澤を見た。

「それは弱えやつの話だろうが」

相澤ではなく、爆豪が言い捨てた。椅子の背にもたれ、ズボンのポケットに手を突っ込んだ体勢で、自分に集まった視線を赤い眼光で跳ね返す。

「んなこといちいち気にしてられっかよ。気色悪ィのは止めさせてえ。けど実践には関係ねぇわ」
「爆豪の言う通りだ。個性の影響があってもなくても、俺たちが強いならなんの問題にもならねえと思う」

それだけだ、とばかりに、ふいっと視線を逸らした爆豪のあとに、轟が続いた。
言われてみれば、確かにその通りである。
今は個性の影響で各々の調子が良いのは確かだ。けれど、それに甘んじることなく普通に、いつものように上を目指して強くなればいい。ごちゃごちゃ考えずに、ただ今までと同じようにすれば良い話。調子が良くても悪くても、積み上げて糧にしてきたものは、己の中から決してなくなることはないのだから。
はっ、と教室内の雰囲気が変わったのを見て、相澤はひとつ小さく頷いた。

「そういうことだ。むしろ今の状況をラッキーと捉えろ。調子の良いうちに伸び代をのばせ。限界の底上げをしろ。そもそも、ひとりの個性のありなしで実力が変わるような教え方はしていないぞ、“ここ”は」

一同は担任の言葉に気持ちを切り替え、それぞれ心の中で気合いを入れ直した。

「とはいえ、例の個性を止める手立てが全く無いわけじゃない。何が個性発動のきっかけになったかは分からんが、これだけ発動期間が続いてるということは、感情の揺れが続いてるってことだろう。それも、いい意味で。要は、お前らのことを見慣れれば解除されるものの可能性がある。美人は3日で飽きるという。対面はなしにしろ、徐々に慣れさせていけば、というのが今のところ一番合理的な案だ」

なるほど、と呟いた緑谷が、相澤の今までの言葉を反芻し繰り返しながら、ぶつぶつと持論の展開をつぶやき始める。前席の爆豪の額に、ビシ、と青筋が立った。
そしていずれ耐え切れなくなった爆豪がキレる流れになるのはいつものことであるので、視界の端に彼らを認識しつつも、ほーんと上鳴が言った。

「そいつ俺らのファンみてえだな、なんか」
「ねえねえ、発動条件が感情の揺らぎって言ったけど、会ったこともないのになんで心が動いたのかな?」
「それは分からん。憶測だが、ヒーローに対して何か思うところがあるんだろう」
「だから俺たちなのかー」
「なあなあ、もしオイラたちのファンならよお、ちょっとしたお願いなら聞いてくんねえかなあ?」
「瀬呂、峰田がアウトなこと言ったら捕縛よろしく。ウチのイヤホンじゃギリ届かなさそう」
「俺の前に先生がなんとかすんじゃねえ?」

緑谷の後席で、こちらも通常運転の峰田が鼻息荒く拳を握っている。緑谷と峰田、どちらが先に沈められるかといったところで、さらに後ろの席の八百万が手を上げた。

「あの、さっき、先生は一時的に止める事は可能だと仰いましたが、先生の個性を試されたんですか?」
「ああ。知っての通り、見て個性を止める個性だから会ったわけだが、瞬きしたら正面から食らった。……あれはある意味毒、だな。お前らが騒ぐわけも分かる」

ぽつり、つぶやくように付け加えられた言葉。
相澤にしては珍しい、どこかぼんやりした雰囲気に、見ていた生徒は瞬いた。

「という事は、先生もその方の個性の対象なんですね?」
「まあ、そういうことだ。この件についてはこれで終わりだ。ホームルームも終了する。授業の準備にうつれ」

そう指示を出し、もう喋ることはないと口を閉じた相澤は、普段の猫背で気だるげな姿勢で教室を出て行った。
数秒後、一年A組の教室から爆発音が響き渡る。
同じ階に隣接する他の組では、また爆豪がキレてると日常会話のひとつとして噂されるのであった。





07
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -