せやかて心操くん、個性が推事って時点で最早無理だと思うんだ、私。

心操くんに個性を使うのをやめて欲しいとお願いされ、それが蔑みなどではなく、ただ単にヒーロー科への転向を目指す彼のストイックさからきたものであるからして、願い通りにしたいのが本音であり理性的判断。けれども意思は関係なく、脊髄反射と同様に作用する個性である。私の意思はある意味あるけど、ある意味でないに等しい。
心操くんが心操くんであったことが、彼の運の尽きだった。
と、ここで考えることを放棄してしまえば終いなのだが、なにせ推しである。
推しの願いは現実的に不可能な事だけども、推しの願いだからこそ可能性を求め叶えたい。この私にこの個性だからこその、矛盾した思いである。

さてどうしたものか、と悩む翌日。
授業前半を終えて、食堂へと向かった。ランチラッシュの作る料理はなんでも美味しく、メニューの端から端まで一通り食べるのが今年の目標だ。
お昼時は唯一、全科の全学年がひとところに集まるので、広い食堂はいつもごった返している。寮生活が始まってから、今までお弁当を持参していた人も食堂を利用するようになったせいもある。
わいわいがやがや、喧騒じゃないことがなく、同じクラスの人を見つけるのも困難な人混み。そんなわけで、実は未だにヒーロー科のA組の人たちを見たことはなかったりする。それがいいような、悪いような。
見たい、という思いはもちろんあるけど、見たら尊さと眩しさとで目が弾け飛ぶ気がする。弾け飛ぶのは言い過ぎだけど、万が一目と目があったなら、失神する勢いで崩れ落ちる自信はある。
そのため、視線を散らすことはあっても、一人一人の顔を端から端まで確認するほどの執念深いことはしていなかった。

友達の後をついて、お盆を手に料理注文待ちの列に並ぶ。
昼休みは限られているので、いつも長蛇の列だ。けれども夢の国のアトラクションに並ぶのとは比でなく、人がはけていくのが早い。さすが、名門雄英の厨房を任されているランチラッシュである。
ふと、赤いものに目を惹かれた。教室の端から端以上は離れている距離の先に、赤。そして近くに黄色と黒とくすんだ金。くすんだ金の毛先はツンツン跳ねていて、ハリネズミみたいだなとほんわり思う。
人が交差しあって髪しか見えなかった、その人混みが割れ、顔が見えた。
髪の毛が薄い色味だと、肌の色との相性が気になってくるが、その男子は肌が白く、清潭な顔立ちだった。
うわあ、モデルにでもいそう。アイドルにいそう。
若干斜め後ろから見えたのは顔のシルエットだけだったが、なんて綺麗なんだろう、と思わずじぃっと見てしまう。
目元を隠していた前髪の隙間から、きら、と光るように見えた瞳の、赤。

「うぜえええ!」

BOOOM!
男子生徒は立ち上がり、怒鳴り、両の手から小さな火花が爆ぜた。
立ち上がったおかげで姿がはっきりと見える。それが隣の、こちらに近い側の友人の方に顔を向けたので、顔全体が見えた。
頭の中はしばし無になる。
ゆるり、と首を傾げた。

「ーーあれ」

小さく呟いたのと、頭の中でシナプスが一度に手を結んだのは同時だった。
色素の薄い髪の毛、声、手のひらで爆発、赤い瞳、赤い髪の友達。カッチャン。あれは、あの綺麗な男子生徒は、カッチャン、だ……?
ヒュッと息を吸う。目はまんまるく見開かれた。
――えっ、かっちゃん!?爆豪勝己!?えっ!?
自分の中で突如爆誕したましゅまろのような思いの熱の塊が、ぐぐぐ、と大きく育っていき胸を圧迫していく。
リアルかっちゃん!生きてる!同じ空気を吸ってる!ウワアかっちゃん、かっちゃんだ!ちゃんかつ!性格は下水でクソを煮込んだ感じだから絶対にモブの私はお近づきになれないし、半径10メートル内に入ろうものなら爆破瞬殺されちゃう気がするてめえ俺と同じ空気を吸うんじゃねえって。どうりで綺麗なお顔なわけだ、ひえ。危険物指定の人間国宝では?さっき見えた瞳きれいだったなあルビーみたい。肌も滑らかですべすべなんだろうなあ。ニトロは甘い香りがするって本当かなあ。
爆発しそうなくらい喉元まで膨れ上がった思いが突拍子もなく次々と駆けめぐり、それを顔にも声にも出さないように必死にこらえた。堪えながらも、視線を外すことはしない。さっきの爆破で多くの生徒が立ち上がっている彼を見ていたため、自分の視線もそのひとつに紛れ込んで、今だからこそしっかりと凝視することができるのだ。
視線の中心に居る爆豪は、少しだけ身をかがめた。何やら話をしているようで、そののち二度目の爆破が起こる。
じゃあ、じゃあ、もしかしてあのかっちゃんの周りにいる人たちは派閥!?顔が見たい、でも見えない……!
ぴょんぴょん爪先立ちになって見ようとするも、ちょうど爆豪以外は他の生徒と被って見えない。むむ、ともどかしく眉根を寄せた時、もう一人立ち上がった、もとい立ち上がらせられた人がいた。
――上鳴くん、だ!
なかなか見ない黄色の髪に、黒のメッシュ。ほけほけとした顔に見えるあれは、アホ面と呼ばれるやつだろうか。いや、それにしても顔もパーツバランスが大変宜しい。
持っていたお盆はいつの間にか胸元に押し当てられ、その上から感情を封じ込めるように握り合った両手を押し付ける。目と目は合ってないから崩れ落ちはしない。でも心構えできないところに主人公のライバルどーん!その友人どーん!と不意打ちで打ち込まれてメンタルは瀕死に近い。赤ゲージに突入している。堪えている奇声は喉元でぐるぐると暴れ、奇妙な唸り声が出てしまいそうだった。
立ち上がった二人は会話をし始め、声こそここまで届かないものの、仕草と表情の動きひとつひとつに心は踊る。
そこに、もうひとつの特大の砲弾が投げ込まれた。

「――ぇ」

くくん、でくくんだ。
爆豪達のテーブルから少し離れた所。立ち上がった生徒は、緑色のもさもさ頭の少年だった。遠くからでも、ひと目見ればわかる。あ!そのもさもさ頭は!地味目の!って、分かってしまうくらいシルエットが独特で、地味で冴えてない男の子に見えるけど。中身は普段は垣間見えない、助けを求めている人に手を伸ばすヒーローへの、ヒーローとしてのふつふつとたぎる、灼熱の太陽みたいな、じかに見れば目がつぶれてしまうだろうほどの輝きを持つ思いがある。
お節介をしてしまうヒーローの性で、ぼろぼろになった手を知っている。幼い頃からヒーローに憧れ、何冊にもまとめられた努力の数のノートを知っている。心がズタボロになりながらも諦めきれず、追い続けた思いを知っている。なんでもできるスーパーマンではない、でも、最高のヒーローになるために上を向いて走っていく姿を知っている。
じわじわと瞳に透明の膜が張っていく。

「あの、前……」
「あっ!すいません……!

後ろに並んでいた人に言われ、慌てていつの間にか開いていた友達との距離をつめる。
この位置まで来てしまったら、注文と、あっという間にできてしまうランチラッシュ早業のできたて料理を受け取らなくてはいけない。ゆっくり見れる暇はもうないので、最後にひと目とさらに離れてしまった先にいる緑頭を見つけると、側に立ち上がった彼よりも背の高い眼鏡委員長の姿も見えた。

「ねえおしょー。あれ、おしょー泣いた?」
「違うよ、あくび」

友人に話しかけられ、今のタイミングだと話の流れに乗せて、目元を指で拭った。








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