※キャラクターがひどい性格のような描写があります。少しでも地雷の予感がしたらブラウザバック※



「いい結婚式だったなあ」

ほう、と余韻を持て余した息をつく。いつもは履かないヒールの高い靴で足は痛むし、美容院でかっちり決めてもらった髪の毛が少し堅苦しいし、ばっちり塗ったメイクで顔も肌も疲れてるが、心だけはふわふわと夢見心地な軽やかさだった。
駅までの道をひとり、小さな鞄と引き出物を下げて歩いてく。
今日の友人は今まで見てきた中で一番綺麗な姿だった。花嫁って、どうしてあんなに綺麗なんだろう。純白の婚礼衣装に包まれて、はにかんで新郎と笑い合うのを見ていると、親戚でもないただの友人なのに涙が溢れて来そうだった。実際、ひと通りの式を終えて新郎新婦が両親と、祝福に集まってくれたひとりひとりに挨拶をして見送ってくれた場面で、「すごく綺麗だよ幸せになってねえ」とボロボロに泣いてしまった。一緒に来た共通の友人には「飼い猫が死んじゃったの?ってくらい泣くね。大丈夫?」とからかうのが8割、残りは引き気味で言われた。確かに普段の私は情緒が安定しているし、滅多に人に泣き顔を見せないけど失礼だと思う。
それはさておいて、幸福と祝福に包まれた場にいたおかげで気分は最高に穏やかで、表情筋がゆるゆるになるほどに幸せに包まれていた。結婚したいと真面目に考えることがないが、雰囲気に当てられて結婚っていいなあと、良質なマッチングアプリや婚活相談所をリサーチしようかなとすぐに行動してしまいそうなくらいの高揚感。
身長は私より高くて、穏やかで仕事は真面目で、ひとりでも生きていけそうなくらいの生活力と安定した心を持った人がいい。共依存みたいな関係は嫌だし、一人の時間を大事にしたい性質なので、べたべたとくっ付くような誰かに支えられないと立っていられないような人と一生を共にしたくない。もちろん支え合って相手を思いやって生活をしたいと思うし、相手に何かあった時は支えてあげたい。でも始めから一人で立てない自立心のない人はなしだと思う。と、思うのだが、これって結構ハードル高めに設定しているのだろうか。身分不相応すぎ……?
普段は踵を地面に擦って歩く癖があるので、カツカツとちゃんと地面から足を離して運んでいく慣れない歩き方で歩を進めているが、歩幅が小さくなるので駅までの道のりはなかなか長い。電車に乗ったら絶対に椅子に座ると決意を固く足を運んだ。
カツ、とヒールが鳴る。

瞬間、ザッと景色が、テーブルクロスを勢いよく引き上げたかのように塗り替わった。

「――え?」

カツ、と両足を揃えて立ち止まる。
街灯が灯る大通りを歩いていた。人通りは普通に、私服だったりスーツだったり学生だったりで、立ち並ぶ居酒屋さんやカラオケ店、コンビニやデパート等に挟まれた道を歩いていた、はずだった。
目の前に、今さっきまでいた人は誰もいない。道行く人は少し古風な雰囲気の服を着ていて、そのほとんどは男性。髪を結っている人もそこそこいる。そして立ち並ぶ店は、夜の大人向けのそれだった。
じり、と無意識に後ずさった足の下で、砂が擦れ合ってじゃりっと音が鳴る。さっきまでコンクリートだったのに。
忙しなく辺りを見渡して、明らかに自分が浮いていると自覚するに時間は掛からなかった。
男性ばかりと言ったが、女性もいる。しかしその女性たちはひと目で水商売の方だろうと分かる見た目をしていた。
自身の格好はどうだろう。彼女たちの服装もどこか古風ではあるが、系統分けするならば自分のパーティードレスも似たような物ではなかろうか。
――ここにいてはいけない。
考えるでもなく体を反転して逆走した。反転しても景色は同じような有様だったが、たぶんここは裏通りとかだ。どこかに普通の大通りへ繋がる道があるはず。それかとにかく歩いていけばこの区画を抜けられるはず。
気持ちは今にも走り出したかったが、道行く周りの人から見てどう写るかと思うと、早歩きの形をとるしかなかった。なによりこの細いヒールで走る自信もない。早歩きでも転げないように意識して気を付けるのに必死だ。
暗い通りは良くない。明るい通りを。ざっざっと足音を立てて、大丈夫だと確かに思える道を探す。しかし通り過ぎていく横道はどれも細くて薄暗く、気付けば道は突き当りで左への曲がり角まで来ていた。
とすればこれを曲がるしかない。なるべく道端を歩いていた名前は、そのままぐいっと左へ曲がった。
そして壁にぶつかった。

「っ!」

コンクリートよりは柔らかくて、でも痛みを感じるのと反動をくらうには十分な硬さの壁に跳ね返されて、たたらを踏み重心は後ろへ。
が、二歩目のヒールが音を立てるより速く、腰を掬い上げられた。

「きみ、いくら?」

何を言われたか意味が分からなかった。その後に続けられた、「ぶつかってごめんね」の言葉は理解したけれど。

「あ、いえ。こちらこそすみません」

近過ぎる他人との距離に、顔は上げないまま謝る。意識せずとも反射的にすみません、が出るのは日本人のサガだ。
私としてはこれで後腐れなく、お互いすれ違って真逆の進行方向へ歩いていくシミュレーションだった。普通に考えてそのはずだった。
続けて、転ぶのを助けてくれた彼にお礼を言おうとしたけれど、一拍、二拍と間が空いても離れない腕に、それは喉の奥へ押し込まれ困惑へと姿を変える。
もともと、警戒心という名の大きな爆弾を抱えて歩いていたのだ。少しの異変にも過敏に反応し、身の安全を図ろうとするくらいに。

「えっと……?」
「お姉さんはいくらで買えるの?」

絶句。その単語がぴたりと当てはまるほど、私の心情を表現するに正しかった。

「は……ーーち、違います、違っ」
「まあいいや。買うよ」

意味を噛み砕いて理解して、なのにようやく動き出した思考回路は再びショートして、うわごとのように吐き出された言葉は届く事なく地に落ちた。
否定と拒絶の色を乗せた目で見た相手は、繁華街には似合いそうで似合わない、美しい男の人だった。街灯に照らされる顔も、銀の髪も、作り物の人形みたいに整っている。
片目は閉じられていたけれど、開いてる左目は少し伏せられ、涼やかな反面、色っぽい。
ぐ、と腰に回された腕に力が込められたのが分かり、私の体が強張る。
逃げなきゃ。足を踏みつけて、腕で相手を押しのけて、走って、ヒールは脱げたら捨てて。ーーどこへ?
突如、ぐるりと視界が、自分がまわった。地球の自転がジェットコースター程の速さだったらこんな感じなのだろうか。

そこからはもう、覚えてない。






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