恋人はこの国だと、言い切るあなたに幸せになって欲しかった。笑っていて欲しかった。心休まる瞬間が、少しでも、可能な限り多くありますようにと願っていた。誰よりも日本のことを考えていて、誰よりも母国を愛していて、街に灯る明かりひとつひとつが愛おしいと、そのきらめきが何より尊ぶべきものであると、ひたすらまっすぐ、守るために駆け抜けていくその背中が眩しかった。
これは恋文。愛を綴ったラブレター。
日の丸の国旗を背に掲げ、闇さえも背負って歩んでいくあなたの心の、小さくも温もりを与える灯火となりますようにと。そう願って。


ひとつ、ふたつ、みっつーー。
便箋できちんと封をされたものもあれば、学生が授業中に回すようなノートの切れっ端みたいなものもある。
中を開けばそこに綴られるは愛を叫ぶ文字の数々。
相手が読みやすいように丁寧にしたためられたものもあれば、思うがままに、脈絡なんてものは存在しないとばかりに突飛な文字の羅列なものもある。
しかし、そのどれもが、ひたすらに叫んでいるのは愛だった。
宛先はこの世に存在しない、漫画の中のキャラクター。名前を安室透、本名を降谷零という。
ミステリーものの少年漫画で、彼はその主人公、ではなく、主人公を取り巻く重要人物のうちのひとりであった。正義の味方のおまわりさんの中でも、より強い正義感と強さと賢さと実力が求められる、公安所属で、その中でも最も難しい任務についているだろうと思われる、ある悪い組織に潜入するスパイでもあった。
語れば言葉に尽くせないほどの経歴と、現在進行形での任務が多い彼である。まだ明かされていないこともたくさんあるのだろう。
それを一先ずさておき、尊ぶべきはその人柄であった。
一言で表すならば、日本のために生きる男。
代表的な台詞は、「僕の恋人はこの国さ」である。
顔がイケメンなのもスペックが高いのも、全てが霞んで見えるような、志しの高さこそ、彼を表すものと言えよう。
手紙は、そんな彼へのラブレターであった。
溢れてやまないこの想いを手紙にしたためて、所詮漫画の中のキャラクターで、その運命も言動もひとえに作者によるものだと分かっているが、それでも形となったことで想いだけでも言霊のようになって空に溶け、遥か遠くの彼に届けば嬉しいと想像していた。
何通書いても想いは止まることを知らず、気付けばお菓子の空き缶にたんまり折り重なるようになっていた。
ただ、近頃仕事が忙しく、帰宅したらご飯を食べて寝て朝を迎え、また仕事に出かけていく、そんな毎日を送っていたので、手紙を書くことができずにいた。
週末、久しぶりに手紙を書き、納めようと空き缶を開けたのだけど。

「ーーあれ?」

そろそろ蓋を閉めるのがきつくなってきたかなと思い始め、閉める時には最後に上からぎゅっと蓋を押さえつけるのが癖になってきた頃だったのに、心なしか嵩が減っているような……。

「うまい具合に納まったのかな……」

新作の一通を一番上に重ね、蓋を閉める。
上からぎゅっと押さえつけなくてもぴっちり閉じたので、ちょっと物足りないような気分になりながら、所定の位置に戻した。

彼が頑張るから、自分も毎日頑張れる。
彼が守っている日本だから、自分も仕事を通して少しでも日本が生きていく手助けになれたらいいと思う。
辛い時、疲れた時。何よりの原動力は、日本の国旗がよく似合う彼だった。
漫画の中の日本と、現実の日本は違えども、彼が日の本とそこに生きる人々を愛しているように、私もそれら全てを愛する彼を、愛し守りたいと思った。
ラブレターは、絶対に届くことはない。
けれど、願いは、想いは。届かないことが絶対ではない。思いが結晶となって生まれた彼らだからこそ、もしかしたら。
そう思って、今日も彼を想って生きてくのだ。





















「またか」

ぽとん。
郵便物も宅配便も届かない、たまにチラシがは挟まっているだけの、ドアの備え付けポスト。
そこに不意に落とされたのは、宛先も差出人も何も書かれていない、メモ用紙が折りたたまれたものであった。
郵便局を介して届くものではない、一見すれば本当にメモの切れ端のようなものである。ポストに投函するためには、どうしたって人の手が必要であるが、ドアの向こうに人の気配がないことは、幾分も前に検証済みであった。
メモを拾う褐色の手の持ち主であり、ここの家主である安室透は、慣れた手つきで手紙を開封した。
彼がそれを手紙だと認識しているのは、単純にこれまでにも同じようなことが繰り返し起こっていて、受け取った手紙は優に十通を超えているからに他ならなかった。
かさり、と一枚の紙に広げると、書かれているのはまさに手紙。注訳をつけるならば、ただし恋文。
最初はストーカーかとも思ったし、本名まで出てきた時には焦ったものであるが、いくら調べても何の手がかりもなく、怪奇現象の枠に納めるしかなかった。
実際、手紙に関しては特に何の害もなくただ不定期に届くだけ。中身も気持ち悪いとか粘着質とか、そういった類のものでなく、ただひらすらに安室、ひいては降谷零の安寧と幸福を望み祈っているものなので、気にしないことにしたのは割りと早い段階だった。対処のしようがなかったとも言う。
今回も、安室透の健康の心配から始まり、どれだけ頑張っているか心労があるかを書き連ね、そしてどれほど尊い人柄で幸せになって欲しいかが長々と綴られてあった。

「今回もまあ、よくこれだけ書いたものだ」

人は、無条件のまっすぐな愛情には弱いものである。
口調には呆れが混じりながらも、目尻は心なしか下がり、ほんの少しだけ赤みが差していた。

「あなたは何者なんだ……」

最初こそ気味悪がってほとんど読まずに捨てていたが、次第に中身が気になりはじめ、最後まで目を通すようになりと段階を踏み、読み終わった時には心が解されていく心地になったのはいつ頃からだったろうか。
本人は絆されている自覚はないだろうが、その声音は切実な響きとして、吐息交じりにはきだされた。









充てた手紙は届くもの
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