決して落としはしない。離しはしない。
この知識を。この思考を。

「ねえお姉さん」
「ん?」

返す言葉は最低限。
少しでも動揺を乗せてしまえば、彼はきっと気づいてしまう。
乾いた秋風が、木の葉をさらっていく。渦巻くつむじ風に乗って、洗濯される衣類のようにぐるぐる回る。
この胸に宿った不安もすべて、一緒に奪い取ってさらってくれればいいのに。
相手を見返しながらも、目の端に映るそちらのほうに意識を傾けていることが分かっているらしい彼は、こっちを向けとばかりに追撃を送る。

「お姉さんは、安室さんが嫌いなの?」
「どうして?」
「だってあんなにかっこいいのに。蘭姉ちゃんも園子姉ちゃんも安室さんのことかっこいいって言ってたし、僕もかっこいいなって思うんだ。でもお姉さんは安室さんのこと全然見てない。だから嫌いなのかなって思って」
「べつに、嫌いじゃないよ。かっこよすぎて見れないの」
「そうなの?良かった。安室さん、気にしてたから。知らないうちに何かしてしまってて、お姉さんに嫌われてるんじゃないかって」
「そうなんだ。でも本当に大丈夫だよ、見れないだけで、嫌いじゃないから」

ひとつひとつ、慎重に言葉を選ぶ。
揚げ足ひとつで、鬼の首までとるような子だ。
嫌い、かっこいい、見る。相手から出されたキーワードだけを使って言葉を返せば、最低限おかしな供述にはならないはず。
本当の理由なんて言えるわけがない。
顔を見て、目があってしまえば、きっと露骨に表情に出してしまう。
数回会っただけの相手に、公安だからという理由で、安心と信頼の眼差しを向けてしまうからなんて。

「分かった、安室さんに伝えておくね。お姉さんは安室さんがかっこよすぎて見れないんだって、って」

子どもはにっこりと笑った。
仲の良いお兄さんと、それなりの顔見知りなお姉さんが、仲違いをしているわけでなくて良かったというような表情で。
知らず知らずのうちに、肺に溜め込んでしまっていた空気を、静かに吐く。

「でもさ」

見つめていた先の、青の瞳がきらりと輝き、声は一段と低く、口角が上がった。
吐いた息が、凍りつく。

「僕、お姉さんは安室さんとお友だちなのかなって思ってたけど、違うんだね」
「……どういうこと?」

彼は何が、言いたいのか。

「ゼロ」

ぽとん。不意打ちで落とされた、一滴のしずく。
私は、波紋を起こすことなく受け止めきれただろうか。

「この言葉を聞いた時は、いつも安室さんの方を見ようとして一瞬だけ顔があがってた。僕、安室さんのあだ名が昔、ゼロだったって聞いたことがあるんだ。だからお姉さんは安室さんの昔の友だちかなって思ったんだけど」

違う?
そう、子どもらしからぬ眼差しと言葉で、江戸川コナンは言った。

誰かに、この頭のなかに詰まっているものを話すことは、許されないことだと思っていた。
それは、この世界の運命を守るとか、大層な理由ではなく、自分のために。
知っていることを秘めることで、昔と変わらぬ自分でいることができる。誰にも影響を及ぼすことなく、私は私のままで生きていける。
大事に大事に、鍵を閉めて守っていた宝箱。
一度開けてしまえば、それは失ったも同然。
だから、触れさせるわけにはいかないのだ。この世界の、誰にも。


この知識を。この思考を。
最大の秘密を。
失えば、私は私でなくなる。





失えば、私は私でなくなる
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