ちゃりちゃり。
小さく硬いものがぶつかりあう音で、その子がそばにいるのを認識する。
お気に入りのコレクションと、それに準じるそれなりに好きな鍵。それから私にとって大事な、家と自転車の鍵。金や銀に輝く鍵と一緒に連なっているそれらは、ちょっとだけみすぼらしい。
きれいでもなんでもないその鍵を、どうしてクレッフィがぶらさげているのかというと、出かける際や帰宅したとき、どこにしまったのだろうかと毎回のように鍵を探すはめになってしまう私を見かねて、自分が持っているとクレッフィが進言してくれたからである。
お気に入りに、私の日常で用いるものを加えれば、その数は十を越えてしまう。たくさんの鍵をぶらさげた姿はどうにも不便そうで、けれど本人にとってはまったく気にならないようだった。



「あれ、なんか鍵が増えてない?」

連なった鍵の中に、ふと見慣れない形のものを見つけ、たずねた。
クレッフィは、くるりと一回転をして、その鍵だけを器用にはずし、右手にあたるらしい腕で下げてみせる。

「そう、それ。新しいよね?拾ったの?」

ちゃりちゃり、と鍵の束と一緒に、浮遊する体がゆらゆら揺れた。
見せびらかすようにひとつだけ持ち上げられた鍵は、つまみの部分が少し膨らんでいて、色はシルバーと、少しだけ形が変わっているだけの、どこにでもありそうな質素なものだったけれど、彼にとってはなかなかに素敵なしろものらしかった。
――なんだか、鍵束みたいね。
ぽつりとつぶやくと、ちゃんとそれが聞こえていたらしい。さきほどとは打って変わり、じゃらじゃらと激しく小刻みに体を震わせたのを見て、あわてて謝りの言葉を口にする。

「ごめん、ごめんってば!悪い意味じゃなくて、そう、素敵な鍵がいっぱいで、宝箱みたいな鍵束ね、って言いたかっただけ!」

そんなふうに詫びれば、素直にそれを受け取ったようで、震えはすぐに静まった。
宝箱みたいな鍵束。そう思ったのは事実で、うちの鍵が混じったりしてはいるけれど、お気に入りのものばかりが並べられている光景は、まるでとっておきの鍵束のようだった。
彼もまあ、ずいぶんとよく集めたものだと改めてひとつひとつに目を移す。

「この中で一番大切な鍵ってどれ?」

クレッフィは、新入りの鍵を元に戻し、代わりに鈍い輝きの鍵をひとつ掲げてみせた。
一番、の認識の違いに、思わず笑ってしまう。

「それ、うちの鍵じゃない!違うよ、そうじゃなくて、私にとって大切な鍵じゃなくて、クレッフィにとって大切な鍵!」

そっか、といったように鍵をしまい、たくさんの鍵に目をおとした。そして、そのうちで小さな鍵を左腕にとり、私に見せる。
つまみが丸く、薄っぺらい、小さな鍵だった。

「ふうん。そういえばそれ、私があなたをゲットする前から持ってたっけ……?」

古ぼけた記憶をたどり、首を傾げながら言うと、そうだよと同意するように、ちりりと鍵束を鳴らした。
私と出会う前からある鍵と、そこから増えた鍵。
ずっと昔からある鍵には、どんな思い出がつまっているのだろう。そんなことをふと思いながら、クレッフィの鍵束を眺めた。





久しぶりに買い物をして、お店のロゴが入った紙バックやらナイロン袋を両手にさげての帰宅。
両手がふさがることは予測済みで、お店で買ったものを受け取るより先に、クレッフィをボールから出していた。すいーっと滑るようにあとをついてくる鍵束を連れて、舗装された細い道を歩く。
時折、浮いた体を活用して、わき道や塀の向こう側へふらふらと寄り道しに行ってしまうけれど、少し時間をおくごとに鍵音を大きく鳴らしてくれるので、彼がいまどこにいるのかを常に把握することができる。それほど遠くにも行かないので、クレッフィの好きなようにさせていた。

「クレッフィー、家についたから、鍵ちょうだーい」

ちょっと前から姿を消していたクレッフィを呼ぶと、すぐに飛んできてくれる。
家の鍵をひとつだけとり、代わりに開けてくれるのも、すでに見慣れた光景だ。
自分の役目とでも思ってくれているのか、いつからか、鍵はクレッフィが率先して開けてくれるようになっていた。ただ、少し古ぼけたアパートなわりに扉だけは頑丈なので、軽い体のクレッフィが、ノブを捻ってその重い扉を引くことはできない。なのでそこは私が、荷物を手首に移動させて開ける。

「ありがとう。ついでに扉も開けれるようになったら、もう至れり尽くせりって感じだ――」

ピッ、と、なにかが頬をかすめた。
それが何かと認識するより先に、じゃらじゃら!と耳触りなほどに大きな雑音があがる。
振り返ると、威嚇をするクレッフィの前に、チョロネコの姿があった。
ハッとして家の中に視線を移すと、そこには見慣れぬ人影が。
――どろぼうだ!
とっさに開け放たれた玄関から距離を置き、クレッフィの後ろにまわる。パニックになりかけた思考を、鍵を打ち鳴らす音が引き戻し、なにをすべきかが頭の中をかすめた。

「クレッフィ、きんぞくおん!」

じゃらじゃらとした音よりも不快な、金属を擦りあわせたような甲高い音が響く。こちらまで頭痛がしそうな音は、人よりも聴覚のいいチョロネコにとっては激痛ものだろう。思惑通り、怯んだチョロネコに、一気に畳みかける。

「ドレインキッス!」

突撃したクレッフィの攻撃で、相手は強制的に後退りさせられた。ズザザ、と地を滑る音。
打撃を受け、チョロネコはぶるりと頭を振るわせる。そうしてこちらを捉えた目にはまだ、闘争心が宿っていた。
その小回りのきくしなやかな体は、瞬時に地を蹴り、クレッフィに襲い掛かる。かと思えたが、彼をかいくぐり、その後ろにいたこちらに迫る。
飛びかかる速さに、思考も体も追いつくはずがなく。
見開いた目に、鋭い爪だけがひかって見えた。



――フェアリータイプの技のひとつに、じゃれつく、というものがある。この技は実際、名前のようにかわいらしいものじゃない。他はどうなのか知らないけれど、少なくともこの子のじゃれつくは、全身を使って攻撃するもので、クレッフィ自身があまり使いたがらなかった技だった。
言葉通り、大事な鍵ごと全身で特攻する技だから。



クレッフィでさえ、間に合わない。
それほどの速さで攻撃してきたはずのチョロネコが、視界から消えた。
代わりにいたのは、両腕をぶらさげたクレッフィ。その下がった左腕に、鍵はひとつもなかった。

「クレッフィ、」

呆然と、無意識につぶやいた私の指示を受けるより先に、すぐさま反転したその身から放たれる風。
ようせいのかぜをくらって、チョロネコはさらに吹っ飛んだ。
よろめきながらも、ぐぐ、と四肢に力を入れて立ち上がろうとしたが、もう限界なようで、その場に崩れ落ちる。
戦闘不能になったチョロネコを、見知らぬ男が抱き上げた。そしてそのまま、瞬く間に走り去っていく。
あとを追おうとしたクレッフィを、名前を呼ぶことで止めた。なぜ止めるの、と言いたげな彼に、小さく笑みを作る。

「いいよ、もう。大丈夫だから」

泥棒を捕まえることは、私にはできないだろう。これ以上、このことに単体で関わるのは、危険だと判断した。
ジュンサーさんに連絡を入れたり、盗られたものはあるかの確認をしたりしなければならなかったけど、とりあえず。私もクレッフィも無事だから、よかった。
それが一番、何よりだと、ひとつ、安堵の息をはく。
先ほど出会い頭に、チョロネコに引っ掻き傷を負わされたんだろう頬を見たらしく、クレッフィが心配そうにおろおろと周りを飛ぶ。その姿に、やわく笑みを浮かべた。

「大丈夫、痛くないよ」

そうしてそばに寄ってきた彼をなでて、その貧相になった姿に、ごめんね、と小さくこぼす。

クレッフィが、絶対に片時も離すことなく、ずっと大切にしていた鍵たちだ。それを乱暴に扱い、あろうことか、一度でも手放したというのは、相当嫌なことだろうに。

すぐに探そう、と辺りを見回したが、間に合わないと思ってとっさに腕をのばし、思いきり振り回したのだろう、近くにはひとつも落ちていなかった。
もっと遠くを探そうと顔を上げると、同じように探し始めたクレッフィの姿が目に映る。その左腕はからっぽで、右腕には元の約半分ほどの鍵が残っている。
新入りの鍵、家の鍵、自転車の鍵……。
小さな薄っぺらい鍵は、そこになかった。

「……ああ、もう、ばか」

もらした泣き笑いのような声に、くるりと振り向いたクレッフィ。その硬くもやわらかな体を、両腕でぎゅうと抱きしめた。








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