「あーもーやだ!分からん!」
握っていたシャーペンを投げて、ガーガーあひるのように喚く。
「英語ってなに!日本人なんだから日本語できればいいじゃん!海外なんてそうそう行かないし!新婚旅行くらいだよ行くとしてもさ!国語さえできればオールオッケーだよ!今まで生活してきた中で英語が必要になったのは片手で数えられるくらいしかないっての!」
「論文?」
「論文だようううう」
ひと通りの行動を眺めていた菅さんに返事をし、机に突っ伏してうめく。それでも飽き足らず、ぶつくさと文句を言っていれば、ぽんと手を頭におかれた。
「でもやらなきゃなんだろ?」
「そうだけど、そうなんだけどー!」
「なに?」
「やりたくないでござる……」
むう、と唇をとがらせ、大きく鼻息をついた。
だって、英語。それも論文。専門用語もちらほらあって、余計に読みにくいそれを解読しはじめて早二時間。もともと英語力がないからいくら単語の意味を調べたって、ちんぷんかんぷんで、翻訳サイトを利用してどうにか日本語にしようと頑張っているけれど、それでも何を言いたいのかすら少しもつかめない。
いい加減、プッツンきてしまうのも仕方ないのだ。
でも、こうして駄々をこねている自分がちょっぴり恥ずかしくなってきて、むくりと顔をあげる。
「……すがさん」
「ん?」
「ちょっとだけ、手伝ってもらえませんか」
「ちょっとでいいの?」
「うん、この一文。全然日本語にできなくて……」
「……なんだかんだ、真面目だよなあ」
「いや、そんなことないよ」
「あるある。そこがいいとこで、ちょっと悪いとこなんだけど」
私の悪いとこなんだ。何か迷惑かけちゃってたりするのかな。
言われたひとことが引っかかって、頭の中をぐるぐるとまわる。
「ほら、考えてる」
「……ばれた?」
「バレバレ。そんな真面目に受け止めなくていいのに」
隣の椅子を引いて、腰かけながら菅さんが言った。
真面目、なのかなあ?
前のめりになり、問題の論文を眺める彼に、協力してほしい一文を指し示す。
「ここなんだけど」
「単語の意味は調べてるんだ」
「うん。でも日本語にできない」
示した文をじっと見つめる菅さんにならって、英文を見つめる。しかし、やっぱり目を何度通しても解読できない。
アルファベットの羅列は、見る人に読ませる気はないんじゃないかというくらい緻密で、一文一文が随分と長ったらしい。いったいどれが主語で述語なのやら。
論文に視線を落としている顔が、次第にむむっとしかめ面になっていく。
「……名字さん」
ふと名前を呼ばれて、横を見る。
「なに?」
「今日の帰り、どっか食べに行こっか」
論文から顔を上げた菅さんがこちらを見て、どう?と尋ねてきた。
「え、あ、うん!」
「何がいいかな。何か食べたいものある?」
「白米があって、がっつりな感じ……あ、あとパフェ食べたいっ」
「ならファミレスな」
「かな。あー、ご飯の話したらお腹空いてきた」
「よし、さっさとやるべやるべ!」
ニッと笑った菅原に頷いて返し、再び英文に目を向ける。
終わったら菅さんとご飯。ご飯とパフェ。
そのことを考えると、不思議とさっきまでの鬱々とした気分は小さくなり、頑張ろうという気力がわいてきた。