カッカッ。緑地の黒板に、白い文字をつづっていく。重要なところは黄色、文字を囲んだり強調するときは赤を引く。
チョークを黒板に打つ音と筆記用具がぶつかりあう音だけだったそこに、チャイムが差し込んだ。とたん、静かだった教室に、様々な雑音が生まれる。
書き途中だったひと文だけを無理やり授業時間に押し込んで、勝手に片付けを始めている生徒に向き直った。

「じゃあ、今日はここまで。次はこの続きね」

いつも挨拶をしてくれる学級委員さんのほうを向き、号令をどうぞ、を会釈で合図を送る。

「起立、気を付け、礼」

ありがとうございました、とちょっぴり覇気のない挨拶も慣れたもの。高校生にもなれば、小学生のように元気いっぱい!といった挨拶にはならない。でも、高校生にしては、大きめな声で挨拶をしてくれている気がする。
チョークの粉がついた手を叩き、軽く粉を落としてから、教卓に広げた教科書や板書計画やらをまとめる。白や黄色に染まった指先に当たらないようにそれらをカゴに入れて、手に提げた。そうして教室を出る前に、ひとつの机に立ち寄る。
これが校則に引っかからないなんて不思議だ、といつも思うオレンジの頭を見下ろすと、人影を感じたらしい彼は顔をあげた。

「日向くん」
「名字先生なんですか?」
「前渡したプリント」
「あ」
「やってきた?」
「やって、ないです……」
「うん、今やばいって顔したもんね」
「え、と、昼に出しに行きます!」
「日向くん昼はバレーの練習してるでしょう?」
「先生、知ってるんですか!?」
「この前見かけた。プリントは次の時間まででいいよ。バレー頑張ってね」
「はい!」

元気の塊、といった感じの日向は、応援の言葉に笑顔で返事をした。バレー、ほんとに好きなんだなあ。
日向の机から離れ、教材の入ったカゴを持って、廊下にあふれた生徒の間を縫って歩く。
日向に渡したプリントは、宿題ではなく個人課題。前から彼の学力の低さを知ってたが、最初の小テストでそのすさまじさを目の当たりにし、手を差し伸べることにした。贔屓していると言われれば、否定はできない。彼を知っているから、高校生活の手助けが少しでも出来たらと思っているのは確か。
でも、クラスの子たちは日向の学力レベルを、点数は見てないにしろ感じ取っているらしく、先生の手がかかっているのも仕方ないと思われているようだ。日向自身は公開するつもりはなくとも、小テスト返却の際のリアクションを見れば悪かったんだなと簡単に把握できてしまうくらい、彼の表情や動作は雄弁である。
そんな彼だからこそ、こうして特別に手助けをしても何も思われないので、私としてはラッキー、日向様様、といった具合だ。
ただ、日向に限らずとも、特別課題をやりたいという生徒がいれば配布するんだけど、今までそんな意欲に満ち溢れた生徒は現れなかったので、結局日向専用プリントになってしまっている。
生徒はそれぞれかわいいけれど、一組で一番目にかけているのは日向。どの子よりもよく知っているのもあるけれど、彼自身の性格がとても愛嬌があってかわいいから。きっと彼のことを知っていなかったとしても、やっぱり可愛がったんだろうなあと思えるくらいに。
階段を降り、途中すれ違う教師には会釈をし、ときおり声をかけてくれる生徒に返事をしながら、生物教科の職員室へと帰る。
机の横にカゴをおろし、椅子に座って「ふう」と一息。そして次の授業の準備をする。カゴの中身を入れ替えて、指導案を書いた用紙を机に置き、授業の備えを万全にしてから時計に目をやる。休憩終わりまであと三分。
このあと一コマ空いているから、その間に日向の次の課題を作ってあげよう。
生物は基本、覚えさえすればいい。だから、一問一答や穴あきの問題を作って、何度も渡す。何枚も繰り返せば、自然と覚えてしまうもの。内容は、小テストにでるものと同じ単語を問題としているから、決して日向だけが得するようにはなっていない。そこはもちろん注意を払っている。さすがに中間テストに出そうと思っているものばかりを問題にしたら、それこそ贔屓のしすぎだ。問題になってしまう。
パソコンを立ち上げ、生物小テスト、というタイトルのフォルダをクリックした。その中にまたあるフォルダをひとつ開けば、課題と名付けられたワードがいくつも並ぶ。これが、日向にあげているもの。日向だけじゃなく、他学年にも活用されていたものがほとんどだ。
今年度の一年生の担当は、一組と二組、とんで五組。担任は持っていない。顧問も担当していない。
だから、私のできる精一杯の範囲で、ずっと好きで応援していた子たちの手助けができたらと、そう強く思うのだ。





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