鋼錬アニメ最終話少し前にトリップしたら





白い空間。上下左右、どこを見ても何もない。遠近感も存在しない。ここは、どこだろう。

「やあ」

突如聞こえた声にバッと振り向くと、そこにはもやもやした輪郭の人影がいた。かろうじて口と歯はくっきりと見えるが、目も耳も髪も、他には何もない。
けれど見覚えのあるその姿。ちょ、あり得ないんですけど…!


「(夢だ夢だ夢だ夢だ)」
「来たね。言っとくけど、これは夢じゃない」
「(夢じゃない?いやいや夢に決まってる。じゃないと困る!)」
「君は知ってるだろうけど。私は世界と呼ばれる存在。あるいは神。あるいは宇宙。あるいは全。あるいは一。あるいは」

―バチンッ!

両手で頬を勢い良く挟み込んでみると、じんじんした痛み。…いたい。夢じゃ、ないわけ?
人影を見ると、喋りかけのまま固まっていた。

「……」
「……」
「……あるいは真理」
「(言い直した!)」

もしかして、いやもしかしなくても、目の前にいる不思議な輩は『鋼の錬金術師』に出てくる真理という奴だろう。夢じゃないならこれは現実?えええありえねー。
真理はまた口を開いた。

「君には鋼の世界に行ってもらう」

は?何言ってんだコイツ。
いくらなんでも無理でしょ。世界を越えるなんて。第一行く理由もない。落ち着け自分、ここは冷静に行こう。

「…なんで?」
「私が退屈だから」
「は?」
「君だってつまらないのは嫌いでしょ?」

自己中うぜええええ…!私は暇潰しのために呼ばれたのかよ、おいこら真理。


「…行くとするなら、対価は?」

拒否しているがしかし、完璧嫌なわけではない。少しだけ、ほんの少しだけ、興味がある。

「私は痛いのは嫌い。それは君もでしょ?だから、対価は、受験のために勉強してきて得たもの全て」
「ちょ、は?あり得ない!今までやってきたのが全部パアじゃん!絶ッ対嫌だ!」
「思い上がらぬよう、正しい絶望を与える。それが真理」
「うわあ、ムカつく。つーか元の世界に帰せ」
「嫌、困る。私がつまらないじゃない。大丈夫、終わったら全部元に戻して帰してあげるから」
「…なら、いいけど。って良くない!私あんな世界に行ったら即死ぬ!戦うのとか無理!」
「本来は勝手に引っ張ってきた私が対価を払うべきだったからね、余分の対価でトリップ王道のオプションを付けてあげる。ああ、それと、何をしても原作は変わらないから好きに動いていいよ。私を楽しませて」

ツッコミ所が多すぎて何も言えない…!
ガタン、と後ろで音がした。振り向くとそこには大きな扉があって、ゆっくり開いていくところだった。
予想はしてたけど、まさか、真理を見ろと?

口元を引きつらせながら首を捻って真理を見ると、楽しそうにニヤリと笑った。


「それじゃあ、いってらっしゃい」






――――――――



セントラル、中央司令部。
先ほど大きな爆発が起こったところだった。ボコボコになった地面にはたくさんの人が身を地に伏せ、負傷者は大多数。その中で上半身裸の男が立ち上がり、よろよろとふらつきながら片腕のない金髪の少年に向かっていた。少年は逃げようとするも、腕に建物の残骸に混じった鉄の棒が刺さり動けない。
単語を呟きながら少年との距離を縮める男、ホムンクルスに、鎧姿の少年がボロボロの体で必死に進もうとしながら声をあげる。

「石、石、賢者の石…!」
「やめろ!兄さんを、兄さんを、兄さんをたす、」

―ガシャ、

傷付いた鎧が悲鳴をあげた。これ以上無理に動かそうとすれば、自分はもうここにいられなくなるとアルフォンスは感じた。体のあちこちに広がるひびが、己の中心部に届こうとしていた。

「…メイ、頼みがある」

アルフォンスは傍らにいる少女に言った。少女はじっとアルフォンスを見て、次の言葉を待つ。

「兄さんは右腕を犠牲にして僕の魂を戻してくれた。…だったら、逆も可能なはず」
「!…アルフォンス様、」
「道を作ってくれるだけでいい。出来るだろ?」
「っ、そんなことしたらアルフォンス様が」
「時間がない、お願いだ…こんなこと頼めるの、君しかいない…!」
「、……っ!」


そうしている間も、ホムンクルスはどんどん少年に近付いていく。

「石、…人間、エネルギー!」
「エドワードッ!」

ホーエンハイムが叫ぶ。ホムンクルスは歩みを止めない。目をギョロつかせエドワードに手をのばした。

「寄越せぇええ!!」

―ガキンッ

エドワードの右側に、ホムンクルスを阻むようにクナイが刺さった。その場にいた者は、クナイの発せられた所に目をやる。

「っ!」

エドワードは錬成陣の書かれた地面に横たわっていた弟を見た。静かな空間の中、アルフォンスはゆっくりと両手をあげる。彼のやろうとしていることが読め、エドワードはハッと息をのんだ。

「…何をする気だ」
「……」
「…やめろ、おい…」
「……」
「アル…!」

まっすぐ空に向かって手をのばしたアルフォンスは、エドワードの声に応えない。その代わり、一言だけ兄に向かって声をかけた。

「勝てよ、兄さん」

そう言って手が合わされる、その時。

―バチンッ!

突然人が現われた。アルフォンスの側に立ち、振りかぶって合わされた彼の両手の間に自分の手を挟んでいる。

「いぃッたあああ!!」

手を引っ込抜きバタバタ振って、少女は痛い痛いと連呼している。

(…誰?)

その場にいた少女以外の心が一致した瞬間だった。変な空気が漂う中、我に返ったホムンクルスは再びエドワードに手を伸ばした。
と、少女が動き、ホムンクルスとエドワードの間に入って、回し蹴りでホムンクルスを蹴飛ばした。

「ぐぁッ…!」
「(ええっ!?回し蹴り!?なんか体が勝手に…!)」

周囲が唖然としている中、少女は間髪入れずに吹っ飛んだホムンクルスに向かって走りながら、パン!と手を合わせて両手を地面についた。バチバチ!と音をあげ青い雷のような光を発しながら、錬成された地面から生まれた巨大な拳がホムンクルスを襲う。

「(今、錬成陣無しで…!)」
「なんで体が勝手に動くのー!?泣」小声

少女の小さな叫びは、巨大な拳で殴られたホムンクルスが地面に激突する音に掻き消され、誰にも届かなかった。






今更だろう
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