ぼふん。

両手を広げて、自分よりも大きな白く四角い布団を抱きしめる。
ぽかぽか陽気の昼下がり、ベランダの桟に干していた布団から、全身を包むほどに香るお日様のにおい。

例えるなら?と言われても、このにおいを表すことのできる、うまい例えが思い浮かばない。あったかくって、ほんの少しだけほこりっぽいような、それでいてどこかキラキラしているような。これに似ている、ってものが何にも浮かばない、当たり前に匂っているものだけど不思議な香り。

太陽からほんのりした熱と香りをたっぷり受け取った布団を抱え、よいしょと物干し竿から引っ張り降ろす。それを自分の腕の中で抱えなおしたところで、するりと後ろからジャローダが顔を出し、滑るように私の周りをまわった。


「わ、ジャローダ、ベランダ狭いんだから踏んじゃうよ」


ちろちろと舌を出して太陽の香りを嗅ぎとっていたらしいジャローダは、その言葉を聞いてまた滑らかな動きで室内へと戻っていく。日光が好きな彼は、その香りも例外ではないらしい。確かジャローダは、太陽の光をエネルギーに変えるんだったっけといつかどこかで聞いた気がする不確かな説明を思い出しつつ、ベランダ用スリッパを脱ぎ、ジャローダの後に続いて室内に入る。

抱えた布団で前が見えないので、足元に気を付けながら進み、ひとまずリビングにそれを降ろした。そうしたところで、片手に湯気の立つカップを持ち、眼鏡をかけたグリーンがリビングに入ってきた。


「あ、グリーン」


私が気付くよりも早く、すかさずジャローダは彼に擦り寄る。そのまま興味を引いたらしいカップに鼻先を近づけて、嫌そうな顔をした。どうやら中身は、彼の苦手なコーヒーらしい。


「読み終わったの?」
「切りがいいところまでな。だから、ちょっと休憩」


淹れたばかりらしく湯気の立つカップをローテーブルに置き、眼鏡を外して首を左右に傾ける。祖父であるオーキド博士に興味深い論文をもらったと聞いたのが昨日のこと。予定が何もなかった今日を、グリーンは論文を読むための時間に充てていた。

厚さはそれほどないが、論文を読んでは考え、思考を重ねていたらいつの間にか時間が経っていたのだろう。肩が凝った様子がうかがえる仕草に、きっと休憩を挟むのも忘れるぐらいに、ずっと同じ体勢で熱中していたんだろうなと思う。


「肩凝った?あとで肩たたきしようか?」


笑い混じりに申し出れば、「じゃあ、あとで頼もうか」なんて、グリーンも笑い半分に答える。

自分の存在を主張するようにジャローダが鳴いた。グリーンの周りをぐるぐる回って、彼を見上げてもうひと鳴き。

最近何かと忙しく、家のことをほとんどできていなかったので、今日こそはと一日中掃除や洗濯に追われていた。グリーンも手伝うと申し出てくれたが、もともと今日の家事当番は私だったし、彼も早く論文を読みたいだろうからと思って断った。
私は家事、グリーンは読書と、いつでも構って屋さんのジャローダの相手がおらず、今日は今までおとなしくするしかなかった。部屋に籠りきりのグリーンよりかは、リビングなどで動き回っている私のほうが、まだいくらか相手をしてくれるので引っ付いてばかりいたのだが、そこにひと段落ついたグリーンが現れた。この機会を逃さんとばかりに、ジャローダは構ってほしいと、グリーンの関心を引こうとしているらしい。

視線を受けたグリーンは、空いた手でジャローダの鼻づらをぽんとタッチした。それに合わせてパチリとジャローダは瞬きをする。


「待ってな、ジャローダ。洗濯物が片付いたら名前と一緒に相手してやるから」
「いいよグリーン、先に遊んであげてて?」
「いや、洗濯物くらいはオレがやる。今日は料理も掃除も全部任せっきりだったからな」
「でもあと少しだし。全部もう取り込んじゃったから、あとは畳むだけだよ」
「じゃあ、残りと晩御飯はオレがする」
「ええー、いいのに」
「全部任せきりじゃ悪いだろ」


名前だってオレが当番の時手伝ってくれるし、と続けられれば、その通りなので口をつぐんでしまう。当番を決めてはいるが、何もなくて暇な日もあるので、そこは臨機応変に手伝いを申し出ているのだ。

だけど、今日はジャローダが待っているからなあ。
期待いっぱいという表情でこっちを見てくるジャローダの視線を受けて、考える。あとは服を畳むのと、ひとまずここに置いている布団を寝室へ移動させるだけ。たったそれだけのことなのだから、こうして考え込むよりもさっさと行動に移してしまえば、すぐに済んでしまうことだ。

短時間で終わってしまうことだからこそ、グリーンは先に遊んであげていたらいいのに。洗濯物を畳んで布団を移動させることくらい、少しの負担にもならないし、二人がかりでやるほどのことでもない。

やっぱり私がやると伝えようとしたその時、不意に足元を掬われた。


「わっ」
「あぶな、」


ぐるん、と視界がひっくり返った。

頭に何かが当たるのと、柔らかいものに側面から飛び込んだのはほぼ同時だった。
目の前にグリーンの胸板があって、頭に回されたのは彼の手だということに気付く。


「っはぁー、びっくりした」


驚いた、ただそれだけの感情を乗せてつぶやく。

そうして一呼吸おいて、今起きたことを理解した。着地点に布団があってよかった。
グリーンがとっさに護ろうと抱えてくれたことも分かって、お礼を言う。

彼は頷いて、顔を上に向けた。


「ったく、危ないだろジャローダ」


ならって見上げれば、ジャローダが上から見下ろしていて、その表情は楽しげだ。
そっか、ジャローダに転ばされたんだ。その長く自由に動かせる体を使って、私の足を引っかけたんだろう。
こいつのことだから、布団に倒れるってのを分かってやったんだろうけど、と言うグリーンの顔は、しょうがないやつだと言いたげである。


「おまえ、そんなに構ってほしかったのか」


手を伸ばしてグリーンが頭をなでてやれば、ジャローダは嬉しそうにその手に擦り寄る。なでるグリーンの表情も穏やかで、微笑ましさを感じながらそれを眺めた。

上げ続けるのは疲れたのか、グリーンが手を降ろす。代わりに今度は私がジャローダの頭に手を乗せると、グリーンの手を追いかけようとしていた頭は私の手のひらにすっぽりはまり、ぐいぐいと押し付けてきた。それを見て笑みをこぼしたグリーンは、ぐっと伸びをする。


「寝るか」
「えっ」
「昼寝。目も疲れたしな。ジャローダも一緒に寝ようぜ」


構ってもらえるなら遊びでも昼寝でもなんでもいいのか、ジャローダは私達を取り囲むようにとぐろを巻いて、頭を二人の顔のそばに寄せる。そして、大きく鼻息をついて目を閉じた。


「私、昼寝始めたらなかなか起きないから、ご飯作る時間過ぎちゃうよ」


まだ洗濯物も畳み終えていないし、布団だってリビングに投げたまま。グリーンとジャローダが昼寝をするなら布団はこのままにしておこうと思うけど、洗濯物も料理も、やることはまだ残っている。
だから私はやめておく。そう言おうとしたのだが、グリーンに小さく頭を小突かれて、思わずそれを飲み込んだ。


「ばーか、さっきオレがするって言ったろ?」


ほら、寝るぞ。微笑むグリーンに言われ、回した両腕にぎゅうと身を引き寄せられた。

こんなにがっちり捕まってたら、抜け出したくても抜け出せないじゃない。目の前のよれたシャツをそっと掴んで、口端に笑みをのせる。こつりと目の前の胸板に額を当てて寄り添い、目を閉じた。

ふわふわして熱を持った布団と、包み込むような人肌。すうっと息を吸いこめば、胸いっぱいに香る太陽のにおい。
まるでお日さまのぬくもりの中にいるようだと思いながら、そっとほほえんだ。







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