03



さて、別の日。水仕事がひと段落したあと、近くの山で刈ってきた木々を、長すぎるものは斧で短く調整し、太いものは割る作業に入っていた。力仕事なので、この日は義勇さんと一緒に薪割りである。ひとりでやっても良いのだけれど、刃物を扱う力仕事なので、心配らしい。優しい人だ。
 木を運ぶか、薪を割るか。二つを分担作業にしようという提案にも、義勇さんは渋々許すという表情だったが頷いた。そんな片腕の彼が、大きな大量の木を運ぶ役を担い、どんどこ運んでくるものだからすごい。私だったら一本ずつがやっとだ。
 太い幹を割るのは比較的簡単だが、長い木を二つに切り落とす作業は何度も斧を振り下ろさなければならなくて大変である。悪戦苦闘している内に、木を全て運び終えてしまった義勇さんが「貸してみろ」と背後から現れたのでびっくりした。
「もう終わったんですか!?」
「ああ」
 驚いて、考えることなく言われるがままに斧を渡し、そうした後で、義勇さんを働かせてばかりになる行いをしてしまった! と気付いて斧を取り返そうとしたが、彼はすでに作業に取り掛かっていて黙々と木々を割いていた。
 それなら、彼が作業を代わってくれている間に自分にできることは……と考えて、義勇さんが切った薪を運ぶことにした。短くて大きさもちょうど良いものは薪小屋に。短くはなったが、大きさが太すぎてまだ小さくしなければいけないものは、義勇さんから少し離れた場所に積み上げていく。
 彼が片手で斧を振り下ろす姿勢はシャンとしていてどこか美しく、綺麗だと思えた。
 まだ小さくする必要のある木が、ちょっとした山になったので、義勇さんの作業の様子を見つつ、鉈で割く作業を始めることにした。長い柄をしっかり掴み、頭上に掲げ、腕だけでなく腰を同時に落とす。そうして全身の力を刃先に乗せることで、腕だけよりも大きな力を与えることができる。というのは、長年薪割りをしてきた私なりの研究結果で持論である。
「ふっ」
 鉈を振り下ろすと同時に息を吐く。これは力の増減に関わっているのか、研究結果は出ておらず不明である。なんとなく、息を吐いた方が肩の力が上手い具合に抜けて、鉈が下降する速度が上がるのではないか、と考えたもとの行動だ。
 そうして全身を使って薪割りをしていれば、次第に汗をかいてきた。振り上げ、振り下ろしを繰り返していた鉈を杖代わりに地面について、ふう、と一息つく。と、ひょい、と腰に回った腕に体を持ち上げられて、少し離れた場所に降ろされた。驚いて手放してしまった鉈を拾いに戻る、犯人の後ろ姿に既視感。
「義勇さん」
「そこで休んでろ」
 あなたばかり働いてばかりだと割に合わないですから、私にもちゃんと働かせてください。先ほども私の仕事を横取りしたじゃないですか。そんな思いを込めての声音で名前を呼びかけたが、馬耳東風とばかりに流されてしまった。
 人の話をあまり聞かないのは、わざとなのか、天然なのか。
 ああやって『こう動く』、と自分で決めたら他人には譲らないお人なので、仕方なく少しだけ休憩をいただくことにした。私以上に動いているのに、息ひとつ乱れていない姿を見ると、やはり鍛え方が違うのだと痛感する。
 義勇さんからすれば、片腕になったことで他人の助力を常に必要とするのは屈辱だろうし、実際は腕のひとつ足りないくらいでは彼の生きにくさが増すことはない。あのような体になっても生きていけるだけの力と知識が備わっているだろうから。けれど、もし私が義勇さんくらいに強かったなら、もっと頼ってもらえたのだろうかと考えることがたまにある。
 女だから、年下だから、弱いから。そんな言葉たちを全部ひっくり返せるくらい、彼と同じ土俵で戦えるような鬼殺隊士みたいに、頼り甲斐のある知識と強さを持つ人間だったなら。義勇さんは、もう少し肩の力を抜いて、妻の弱さを心配することなどなく、のびのびと過ごせりしたのだろうかーー。
「どうした」
 は、と物思いに耽っていたところを現実に引き戻された。鉈を持った義勇さんは、海が凪いだような静かな瞳でこちらを見ている。
「なんでもないです。少し、ぼうっとしてました」
 気持ちを切り替えて、表情もそれに合わせて変える。
「さ、今度は義勇さんが休憩です! 交代しましょう」
 両手を差し出しながら言うと、今度は素直に代わってくれた。
 私が薪を割る側で、義勇さんは割り終えた薪を小屋に運んでいく。休憩も含めての交代しましょう、だったが、またもや意味合いまでは伝わらなかったらしい。
 薪を運ぶ何往復目かで、義勇さんは私が薪を割る姿を見て言った。
「上手いものだな」
「そうですか? ありがとうございます。義勇さんみたいに、片手で割れるくらいだったらもっと良かったんですけど……」
「それは……どうだろうか……」
 何を思い浮かべたのか、義勇さんは微妙な表情で言い淀む。
「あまりムキムキになると……困る」
「困る、ですか?」
「女は柔らかい方がいい……ーーと、同僚が言っていた」
 真顔で義勇さんはそう言った。
「はあ……何にしても、私も藤の家で、みなさんに温かい湯船に浸かっていただく薪を割っていましたから。お任せください! って感じです!」
 朗らかに、たいして大きくもない力こぶを作って見せながら言うと、義勇さんは笑った。「そうか」と相槌を打って、少しだけ可笑しそうに、少しだけ懐かしそうに、ほんの少しだけ寂しそうに。義勇さんはたまに、私を見てそんな笑顔を見せることがあった。それをどうしたのですかと問えるほど、心の距離はまだすぐ隣になかった。代わりに、これ以上義勇さんばかりを働かせてたまるものかと、鉈を大きく振り下ろして、薪の量産に励んだのだった。


<< top >>
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -