※臨静のつもりでしたが結局静臨にしか見えませんでした

がちゃり。重い鉄の鎖がたてた音が綺麗に掃除された室内に響いた。静雄は自らが横たわるベッドからゆっくりと起き上がり、右足に嵌められた枷をじっと眺めた。静雄の服装はいつもと変わらないバーテン服であったし、サングラスは枕元に置いてある。胸ポケットに入っているタバコも吸い慣れた銘柄であり、いつもと違うところといえば、この部屋に似合わない重い足枷だけであった。
何故そんなものが自らの足に装着されているのか、静雄には理解出来なかったが、それでも犯人が誰なのかくらいは分かっていた。

「シズちゃん、おはよう」

静雄の耳に届いた声は、間違いなく折原臨也本人のものであった。当たり前だ。こんな訳の分からないことを、臨也以外の誰がするというのだろう。

「…臨也手前、何のつもりだ」
「やーだシズちゃんったら、急かさないでよ」
「うるせえ。こんな玩具付けてどういう、」
「なあに、シズちゃん。覚えてないの?」

面白いとでもいいたげにくすくすと笑う臨也を前に、静雄は背中を冷たいものが伝うのを感じた。
(なんだ、今のは)
静雄の前にいるのはいつも敵対している折原臨也だというのに、なんだか目の前の臨也は今にもどろどろに溶けてしまいそうな、そんな印象を受けた。

「昨日からシズちゃんは俺のものになったじゃない」
「はあ?意味分かんねぇこと言うな」
「本当だよ。シズちゃんは頷いてくれたもん」

ドアに寄りかかっていた臨也は、ベッド脇まで歩いてくると、ぎしりとベッドに乗り上げた。そうして、枷が嵌められた静雄の足首に触れる。細く骨ばった、死人のように白い指先がゆっくりと脹ら脛を伝い、膝小僧の上でくるりと円を描いた。それらは全て布を一枚挟んで行われていたことであったが、たった一本の臨也の指に静雄の感情は酷く動揺させられていた。

「っ気色悪ィことしてんじゃねえよノミ蟲!」
「おっと危ない」

静雄の拳をするりと避けると、このまま暴れられては困ると踏んだのか、臨也は指先を引っ込めて静雄の上半身を後ろからぎゅう、と抱き締めた。

「っな」
「ふふ、シズちゃんあったかい。子供体温なのかな?」

すう、と静雄の首筋に顔を埋めた臨也は息を吸い込んだ。嗅ぎ慣れた煙草の臭いがじわりと胸に広がる。
そのまま動こうとしない臨也に耐えきれず、静雄は臨也の身体を自らから引き剥がした。そうして脇に両手を差し込んで持ち上げる。自然と膝立ちになる臨也と静雄の視線がばちりと絡んだ。静雄は口を開いたが、いつも苛々してばかりでこんなに間近で見たことのない臨也の顔は、それこそ眉目秀麗というにふさわしいものであった。まるで女の様に長い睫毛によって出来た影が、臨也の中性的な色気を際立たせており、静雄は自らの中がどくりと熱くなるのを感じた。

「……、手前」
「しーずちゃん。どうかした?さっきよりも熱くなってるよ」
「…今日もうぜえのだけは変わんねぇんだな」
「あれぇ?俺は別に、それ以外だって変わらないつもりだけどなあ」
「あ?」
「変なのは、シズちゃんでしょう」

臨也の弧を描く唇が妙に艶やかに見えた。静雄がそれを認識したのは、既に臨也によって己の唇に噛みつかれた後だった。
薄ら開いていた隙間から侵入してきた臨也の舌は、早々と静雄のそれを絡めとり、口内を余すことなく貪ってゆく。静雄が目を白黒させて状況を把握出来ていない間に、臨也は静雄の口内をたっぷりと味わった。そうして最後に歯列をなぞると、小さなリップ音を立てて唇を離した。

「気持ちよかった?」
「な、てめ、なん」
「アハハッ!シズちゃんの顔おもしれー!なあに、初めてだったー?」

笑いを堪える気もないらしい臨也は、放心状態の静雄を前にして嫌というほど笑ってみせた。そうしてそのままずいと顔を突き出せば、ぴくりと反応して静雄の身体が臨也から距離を取る。それをとても面白そうに見つめながら臨也はもう身体一つ分静雄に近寄った。

「ノミ蟲手前寄ってくんじゃねえ!気色悪ィっつってんだろうが!」
「シズちゃんの言うことなんて聞く義理はありませーん」

静雄がもう一歩下がろうと身体をずらすと、背後の壁にぶつかった。そんな静雄の姿を前にして、臨也の顔から笑みが消える訳もなかった。

「うっわーシズちゃん鳥肌たってるじゃん。笑えるわー」
「っうるせえ!なんだよ、なんなんだよ!いつもの手前は、こんなんじゃなかっただろ!!」

目前に迫った臨也に、認めたくはないが、何らかの恐怖を感じているのは確かだった。それを吹き飛ばすためには、今の静雄には大声で叫ぶことしか出来なかったのだ。
そんな静雄の声を聞いて、先程までにやにやと笑っていた臨也は一瞬にして笑みを失った。そうしてじっとりとした、まるで死人のような目で静雄を見つめながら、ゆっくりと口を開く。

「だからさあ、俺はいつもと同じだって言ってるじゃない」

感情の起伏など存在していないかのように、平坦な声で言葉は紡がれた。部屋はしいんと静まりかえり、不気味な静寂が続く。
それから数秒後、臨也は再びあの笑みでにっこりと笑うと、「ねえ、」と呟く。それは静雄を真っ暗な谷底へと突き落とすには、十分すぎる一言であった。


「どうしてシズちゃんは逃げないの?」


何一つ口にすることが出来ない静雄の中を、臨也の透き通った声が犯してゆく。「化物だもん。簡単でしょう?」そう言って笑う臨也は、艶やかな赤い瞳をした悪魔であった。気付いた時には静雄の足首にはもう枷は嵌まっていなかった。右手を見ると、鉄屑が握られていた。静雄は自らの力により壊れた足枷を前にしても、ベッドの上から動くことは出来なかった。

「どうしてだか分かる?分からないなら教えてあげる。ねえ、シズちゃん。俺のこと、好きなんでしょう」

最早その言葉に対する返答は、肯定しか残されていなかった。曖昧な昨日の記憶は、臨也を好きな自分というピースを埋め込むだけで綺麗に蘇る。静雄の中で脈打つなにかが、目前の臨也を求めているのは明らかであった。

「いざ、や」
「なあに」
「いざや、いざや」
「そんなに呼ばなくたって、俺はここにいるじゃない」
「臨也、」
「シズちゃん、俺の童貞も処女も、ぜんぶぜんぶシズちゃんにあげるよ。だからシズちゃんも、全部俺にちょうだい」

静雄の方から伸ばされた腕は、目の前の臨也を包み込んだ。静雄の瞳には臨也しか映っていなかった。いざや、いざや、と子供のように繰り返す静雄を愛しげに見つめながら、臨也は静雄の耳元に唇を寄せた。

「シズちゃんは俺のものだよね?」

こくりと頷いて、臨也を離そうとしない静雄の腕に、もう鳥肌は立っていなかった。静雄の金髪に隠された臨也の表情は、いつも通りの何ら変わらぬ見慣れた笑顔であった。

―――
タイトル→ジューン
(100814)

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