コトネちゃんとナナミさん
かちゃり。小さく音をたてて、ナナミさんの手から離れたカップがソーサーに収まる。カップの中の紅茶がゆらりと揺れた。茶色の液体に薄く映るナナミさんは、此方を向いて唇を開いた。
「コトネちゃんは、誰か好きな人とかっていないのかしら?」
「えっ、い、いきなりなんですかナナミさんっ」
「ふふ、言いたくない?」
「そんなんじゃないです、けど…」
ごにょごにょと語尾を濁せば、ナナミさんは楽しそうに笑って、フォークでケーキを切るとぱくり。白いクリームを乗せたスポンジには苺が挟まっていて、見ているだけでもとてもおいしそうだ。これが手作りだというのだからすごい。流石ナナミさん。あたしはこういうのは得意分野じゃないので、いやあさっぱり。きっとこういう女の子っぽいことは出来た方がポイント高いんだろうなあ。男の子は皆そういうのが好きってきくし。がさつで女の子らしくもないあたしじゃ、あいつだってきっと相手にしてくれない。
「その反応はいるのね」
「えっと、一応は」
「わあ、どんな人なの?」
「いやいや、こんな話聞いてもつまらないですよー!」
「あら、私は興味あるのになあ」
残念、とでも言いたげにこちらをちらりと見るナナミさん。その視線にいたたまれなくなったあたしは、反対に聞き返す。
「な、ナナミさんこそどうなんですか?ナナミさん綺麗だし、お菓子作るのも上手だし、彼氏とかいそうですけど」
「あはは、ないない。私には手のかかる弟がいるもの。それで十分よ」
へえー。グリーンさんってかっこいいから、全然そういうタイプじゃないんだと思ってた。人って見た目じゃないんだなあ、びっくり!
「グリーンさんって手がかかるタイプなんですか?かっこいいと思うんですけど」
「あら。もしかしてコトネちゃんが好きなのって」
「や、違いますけどっ。グリーンさんはなんというか、憧れの対象というか」
グリーンさんは確かにかっこいいけど、そういう意味で好きかと言われたらそうじゃない。
「なーんだ残念。グリーンもコトネちゃんみたいな彼女が出来たらしっかりしてくれるかと思ったのに」
「いやいやいや、グリーンさんにはもっとお似合いの方がいますよー」
大体グリーンさんはあんなにかっこいいんだから女性にだってモテモテなはず。こんな小娘に興味なんかないですって。残念そうなナナミさんを前に、そんなことを脳内でこっそり思考。
「うーん、じゃあ誰かしら……」
「分からないから諦めるっていうのはどうでしょう」
「それは悔しいもの」
「ですよね。あーでも、ナナミさんは多分知らないと思います。…歳はあたしと同じくらいで、まあやなやつなんですけど、」
でも好きなんです、なんて意味を含めてえへへと笑うとこちらを見つめるナナミさんと目があった。
「……とても素敵だと思うわ。コトネちゃん、頑張ってね」
微笑むナナミさんはとても綺麗で、不覚にもどきりとした。それは胸が高鳴るとかそういった類ではなくて、そう。まるで心全部見透かされているみたいな。
なんだか急に恥ずかしくなったあたしは、「ごちそうさまでした」と呟くとばたばたと用意を整えて、家を出た。後ろでナナミさんが「また一緒にお茶しましょうね」と言う声が聞こえて、やっぱり恥ずかしく感じたのは仕方がないだろう。あたしとは対照的に、着いてくるメガニウムは毛繕いが気持ちよかったのか、いつもより足取りも軽い。でも多分来週あたり、あたしはまた此処を訪れてしまうのだろう。その時にはもう少し話を出来るくらいには、あたしも頑張ってみようかな、なんて。とりあえずあいつのポケギアの番号を聞くところから始めようと、あたしはりゅうのあなに向かった。
*
「あら、いらっしゃい。さっきまでコトネちゃんが来てたのよ。まだケーキが残ってるの。よかったら食べていかない?シルバーくん」
そうしてまた、恋の話をきかせてよ。あなたの大好きな彼女も多分、あなたのことが大好きなんだろうから。若いっていいわね!
――
タイトル→水葬
そうしてまたすれ違うコトネちゃんとシルバー(笑)
(100116)