レッドさん亡霊ねた(つまりは死ねた)

レッドが死んだらしかった。それが実際事実なのか、そんなことは分からなかったけれど、どうしてだかその噂はすっと俺の胸に吸い込まれ、そして消えた。レッドは一足先にチャンピオンになっていた俺に勝利した後、消息を断っていた。母親にすら何の連絡も入れずに、だ。
だから予想はしていた。レッドがそんな弱くないことは十分理解してはいたが、まったく足取りが掴めなくなってしまってはそう思っても仕方ないだろう。
しかし、俺もレッドの母親も姉ちゃんもじいちゃんも、誰ひとりそんなことは言わなかったのだ。噂の元は分からない。でも、その噂は多分正しいと、何故だかそう思った。

失踪から三年、やはりレッドは何の手がかりも残してはいなかった。その事実が、あの噂が真実であることを物語っているとしか思えなかった。
しかし、その頃からだろうか。新しい噂が立ち始めた。シロガネ山の奥深くには赤い亡霊が出るのだと。そうしてその噂は瞬く間に形を変え、最終的には雪が吹き荒ぶ頂上に赤い亡霊は現れると聞いた。
その亡霊は、頂上へとたどり着いたポケモントレーナーにバトルを挑むらしい。そして、そのポケモン達はとても強いのだそうだ。だから並のトレーナーでは太刀打ち出来ず、まだ勝者はいないらしい、と。

その噂を聞いた時、一瞬で赤い亡霊というのがレッドのことであると分かった。だって、それ以外あり得ないだろう。誰も勝つことの出来ない赤い亡霊なんて、あいつしか考え付かない。

そう思った俺の行動は素早かった。翌日、ジムの前に休業中の看板をぶら下げると、俺は防寒具を身に付けた状態でピジョットに跨がった。目的地は勿論、シロガネ山だ。
たどり着いたシロガネ山は、他と違ってやはり雪が降り積もっていた。尋常でない寒さの中、俺は頂上を目指した。ざくざくと雪を踏みしめ目指す頂上がようやく視界に入ると同時に、見慣れた赤が脳髄を駆け抜けた。

数歩先にあいつがいる。生きてるか死んでるかなんて関係ない。あいつがいる。レッドがいる。それだけで俺のこころは先走る。足がついていかない。それでも駆ける。ざくざくざくっ。目の前の赤い背中に手を伸ばせば、すうと通り抜ける右手。ああやっぱり。噂は二つとも真実だった。それでも言葉まで抑制することは出来なくて。

「レッド、」

呟くように懐かしい名前を呼べば、ぴくりと肩を痙攣させて、そいつは振り返った。赤い帽子に赤い服。漆黒の髪に赤い瞳。そのままだ。記憶の中のままのレッドが、そこに立っていた。そうして、「……久しぶり、グリーン」なんて呟くものだから、もう俺はどうしたらいいのか分からなくなって。悲しいのか、嬉しいのか、それすら理解する間もなく瞳からは暖かな滴がこぼれ落ちた。泣くのなんて何年ぶりだろう、と頭の隅っこで考えながら、俺は目の前のからだに両手を伸ばした。触れなくてもいいのだ。まぼろしを抱き締めて、そのまま、また泣いた。

ようやく泣き止んだ俺とレッドは色々な話をした。殆どは俺がレッドに最近はこうだとか、ジムリーダーとして頑張っているとか、一方的に話すだけだったが。それでも久しぶりの幼なじみとの会話は、やはり楽しいものだった。いつの間にか笑顔になってしまうのだ。レッドも頷きながら俺の話を聞いてくれた。好意的な反応など期待していなかったが、聞いてくれるだけで嬉しかった。
そんなことをしているうちに刻々と時間は過ぎ、もう薄暗くなったので俺はジムへと戻ることにした。ジムリーダーは案外多忙なのだ。「また明日来るから、」と振り返りながら言えば、レッドもゆるく微笑んで、「待ってる」との返事。これは来ない訳にはいかない。

何日もシロガネ山に通う俺を見て、ジムの奴らには色々なことを言われた。ジムリーダーがこんなにジムを留守にしたら申し訳がたたないだとか、せめて休日だけにしたらどうかとか。ジムを思うあいつらには悪いとは思ったけれど、俺にそれを止めることは出来なかった。これはきっと、赤い亡霊の中毒なのだ。抜け出すことの出来ないシロガネ山という迷路に、俺は毎日導かれていた。
楽しかった。嬉しかった。悲しさなんて忘れていた。レッドが亡霊であることすら、しばしば忘れた。
楽しいのだから、それでいいと思っていた。

「明日は姉ちゃんからのクッキーもってきてやっから」
「食べれないし」
「大丈夫大丈夫。お前の目の前で美味そうな顔して食ってやるからさ!」
「相変わらず性格悪いな」

くだらない会話がこんなに愛しいと気付いたのは最近になってからだった。きっと、レッドが死なずにずっと俺の隣にいたら、こんな感情には気付かなかっただろう。ああ、やっぱり俺はレッドといるのがすきだなあ。

翌日、何時ものように昼飯後、シロガネ山の頂上に着いた俺を待っていたのは、真っ赤な亡霊ではなく、雪山にそぐわない少女だった。

「コトネ?」
「あっグリーンさん!どうしたんですか?こんな時間から」
「あーいや、ちょっと用事っていうか、な。コトネは?ああもしかして」

噂の亡霊に挑戦か?なんて茶化すつもりだった俺の言葉は、コトネの口から出た呪文に飲み込まれた。

「はい、勝ちました。赤い亡霊さんに」

噂では、亡霊に勝てた人はいないらしい。じゃあ、勝ってしまったら?目の前の幼いチャンピオンが、最強のトレーナーであったあいつに勝ってしまったら?
亡霊は一体、どうなるんだ?

姿の見えないレッドと、目の前のコトネの存在がその答えを明確に示していた。事実を事実として捉えるのをこんなに拒んだのはいつ以来だろう。いや、レッドが死んだと聞いた時より酷い。ああ、くそ。なんだよ。あんなきもち、わすれたままでよかったじゃんか。

あいつと再会出来た時みたいに、悲しいんだかなんだか分からないまま涙が溢れた。
あとで一人かじった姉お手製のクッキーは、甘いはずがしょっぱくてまた泣けた。

「おやすみ、レッド」

涙声を隠したくて、クッキーの欠片を飲み込んだらむせてしまった。どうしてくれるんだ、クソ亡霊め。

―――
タイトル→泳兵
BGM:雨を連れゆく
(100106)

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