デリオと臨也
「今日からしばらく留守にするから」
「……はい?」
いつも通り可愛い可愛い俺の(自称)折原さんにべたべたしようとしていると、突然爆弾を投下された。
「ちょっと頼まれた仕事が厄介でね。遠出しなきゃならないから、その間は留守番よろしく」
もう準備は済んでいるとでも言うように、大き目のカートをデスクの下から引きずり出す折原さんを前にして、俺は一体どんな行動をとるのが正解なのでしょう。
「えっ、それってどのくらい……」
「一週間くらいかな」
「一週間も!?」
「うるさい」
折原さんはデスクに乗っていたノートパソコンを畳んでカートに入れると、それをガラガラと引きながら玄関へ向かおうとするもんだから、俺は折原さんを追いながら異論を唱え続けた。
「だって!一週間も折原さんに会えないなんて、俺折原さん不足で死んじまう…」
「家事は何とかなると思うけど、一応波江には来るように頼んでおいたから」
「折原さんってば!聞いてる!?」
確実に俺の話を聞いていないであろう折原さんは玄関のドアを開けると、こちらを振り向いた。
「じゃあね、デリオ。いってきます」
「……いってらっしゃい」
がちゃり、という無機質な音をたててドアが閉まったところで俺はようやく我に返った。いや、だって折原さんが俺にいってきますって!!なんか新婚さんみてえ!…とか言ってる場合じゃなくてだな。
とりあえず波江さんが来るのを待って、色々と聞いてみよう。そんで出来るだけ折原さんが早く帰ってくるようにしてって頼んでみよう。よし。
「無理よ」
折原さんのことを聞いた時点で即答された。どうやら俺の次の言葉が分かっているらしい。なんなんだこの人は、超能力者か?
「どうせあなたのことだから、臨也を早く呼び戻してほしいとか言うんでしょうけど、生憎今回は大事な取引だから切り上げて帰ることはないそうよ。延びることはあってもね」
波江さんならどうにかしてくれるんじゃないかなんて、期待していた俺が馬鹿だった。しかも知りたくもなかった特典付きだ。なんだ延びることはあるって!!一週間でも死にそうだってのに、それ以上延びたりしたら、確実に俺は天に召される(つっても俺はアンドロイドだから実際そんなことはない訳だけど)。
嫌な予感はした。だからとにかく俺は、折原さんが一週間で帰ってきてくれることだけを切に祈った。七夕でもないのに笹を買ってきて短冊を吊るしたりもした。
結果だけ述べると、約束の一週間を過ぎても折原さんは帰ってこなかった。波江さんに聞いてみても「そこまでは聞いていないわ」と言うだけで、書類整理を終えるとさっさと帰ってしまった。
俺はそわそわしながらも、折原さんは仕事上予定が狂うということもよくあるのだからと自分に言い聞かせた。しかし次の日も、その次の日も折原さんは帰ってこなかった。
俺は折原さんに電話をしようと試みたが、よく考えたら俺は折原さんの携帯番号なんてものを知らなかった。仕方がないので波江さんに教えてもらい、電話をかけてみたが留守番電話サービスに繋がるばかりで、俺の望む折原さんの声を聞くことはできなかった。
俺はいよいよ心配になってきた。同じく折原さんの事務所内にいる波江さんはといえば、上司が連絡もなしに帰ってこないというのに何の変化も見られなかった。それについて問いかけてみたが、波江さんにとっては弟以外は心底どうでもいいらしい。もし折原さんがどこかで野垂れ死んでいるとしても、それはそれ、彼女には全く関係のないことであるという。
あの折原さんに対してどうでもいいとか思えてしまうあたり、波江さんと俺は絶対に相容れない価値観を持っているのだと再確認させられた。それと共に、確実にライバルになり得ないことにすこしだけ安堵した。
しかし今の俺には折原さんがいかに素晴らしいかを語っている余裕はなかった。
特に波江さんのその辺で野垂れ死んでいる、という発言を聞いてからは、今まで以上に折原さんが心配で仕方なくなった。
折原さんは情報屋という仕事上、ヤクザや裏取引に関わるという危ない橋を渡っているらしい。今回もそっち方面の依頼であった可能性は高い。それに何らかの形で巻き込まれ、帰れなくなっているのでは?どこかに監禁でもされているのかもしれない。
俺の脳内ではそんな単語たちがぐるぐるとまわっていた。
どうにもこうにも我慢出来なくなった俺は、ただがむしゃらに新宿の駅に向かって飛び出していた。
ICカードを押し付けるようにしてJRの改札を抜け、山手線のホームへの階段を駆け降りたところで俺は足を遅め、息を整えた。と同時に、ここにいることの無意味さを痛感した。折原さんが新宿駅から電車を使ってどこかへ行ったのは確かだ。しかしそれがJRであり、しかも山手線であるなんて確信はどこにもないのだ。俺はただじっとしていることが出来なくて、折原さんのことを好きになればなるほど何もしないでいるなんてことは出来なくて。だからこそ、今だってただじっと留守番を続けていることはできなかった。
それなのに、いざ動いてみればそこには何の根拠もない。これじゃあ一体何がしたいんだか分からねえ。
「…あー……、くそ」
ホームは学生や仕事を終えたサラリーマンなど大勢の人で溢れ返っていた。俺にも何人かの肩がぶつかり、そのまま人の流れに巻き込まれて車内に乗り込んでしまいそうだったが、急いで逆流したお蔭でそうはならずに済んだ(周囲には不快そうな視線を向けられたが)。
人ごみから少し外れ、ホームの端にある柱に寄りかかって、ため息をひとつついた。手の甲で額の汗を拭ったが、拭い損ねた汗が目に入ってしみた。
少しばかり遠くに視線をやれば、たくさんの人、人、人。俺が求めてるのはあの人たった一人だけだってのに、その姿なんてどこにも見えやしない。
俺じゃあなくてあの人がホストみてえな恰好をすりゃあいいんだ、そうしたら目立って見つけられるかもしれない。
探しに来たのは俺だってのに、こんなんなりたくて来た訳じゃねえのに。心配で、だけどどうすりゃいいのか分からなくて俯いた。
「……折原さん」
ぽろり。俺の大好きなあの人の名前がごった返すホームにこぼれた。と同時に、視界が見慣れた黒に染まった。
「なにしてるの」
「へ」
ぽかん、とした表情で固まっている俺を訝しむかのように、眉間に皺を寄せた折原さんが立っていた。
「俺は確か留守番してるように言ったと思うけど」
最早俺の耳には折原さんの言葉は聞こえていなかった。
目の前に折原さんがいる。何ともなさそうだ、よかった。会いたかった。
そんなことばかりが胸中を支配して、気付いたときには俺は自分より小さな折原さんを抱きしめていた。折原さんの匂いだ。
目を閉じて幸せに包まれながら、そっと重ねた唇の熱でようやく俺は我に返った。
急いで抱きしめていた両腕を離したが、折原さんは俺を見つめたまま何も言わない。
切羽詰まった俺は、最早何を言ったらいいのか分からなくなってしまった。じわりと視界が滲んだが、それをぐっと堪えて一言、「どうしよう、」とだけ呟いた。
「俺、折原さんになんかあったんじゃないかって思って……それで」
「なにも考えずに走ってきたって?それからどうするつもりだったの」
う、と言葉に詰まった俺を見ると、折原さんはため息をついた。
「ばかだね」
「……だって、しょうがねえだろ」
俺はその先の言葉を止める術を持っていなかった。いつも好きだ好きだと言う俺はうざったいのかもしんねえけど、そんな俺を傍に置いといてくれる折原さんのことが、俺は本当に好きで、好きで好きでたまらなくて、だから。
「あんたのことが、どうしようもなく好きなんだよ……」
手のひらで真っ赤な上に泣きそうな顔をどうにか隠そうとしてみたが、多分折原さんには見えているんだろう。くそ、恥ずかしい……。
折原さんは何も言わなかった。こんな顔見られたくはなかったけれど、折原さんがどうしても気になって、指の隙間から覗いてみた。
折原さんの表情は、俺が予想していたものとは全く違った。目を大きく開いてぱちぱち、と瞬きをした後、ちいさく笑ったのだ。
てっきりまた流されるんだと思っていた。どうでもいいとでも言うようにため息でもつかれるんだと。それなのに折原さんは笑った、笑ってくれた。
あんたのそんな顔が見られただけで、俺は……。
「なまいき」
顔にあてていた手のひらが引っ張られたと思ったら、次の瞬間には閉じられた長い睫が目の前にあった。唇に触れたやわらかいものが一体なんなのか、俺には理解が出来なかった。
それから数秒後、何が起こったのか理解した俺の顔は、先程とは比べ物にならないくらい真っ赤になった。
(折原さんまじえろい!!)
―――
タイトル→ジューン
デリ臨は『駅のホームでフレンチキスをした後涙を堪えながら「どうしよう」と言います。 http://shindanmaker.com/93189
某botちゃんたち可愛すぎます
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