臨也と静雄
来神時代
星がきれいな夜だった。深夜にコンビニまで付き合わされるというなんとも面倒な展開の中で、俺は何故か天敵であるはずのシズちゃんに告白なんてものをされてしまったのである。昨夜はあれから家に帰ってベッドに寝っころがっても、結局一睡もできずに朝を迎えた。
朝食を食べているときも、歯をみがいているときもそのことだけが脳内をぐるぐるとまわり続けていた。
話しかけてもぼうっとしていて、聞いているのか聞いていないのか分からない俺にいらいらしたのか朝から双子の襲撃を受けた。さいあくだ、いろんな意味で。
学校に向かっている最中もそのことが頭から離れなくて、気付いた時にはもう下駄箱で上履きに履き替えていた。
教室に向かう途中でドタチンにばったり会ったが、今日はいつものようにドタチンに抱き着いて甘えたりするような気分ではなかったので、「ドタチンおはよ」とだけ言うと、ドタチンは変なものでも見るかのような目でこちらを見てきた。なんだよ失礼な。
「ああ、おはよう。なんか今日は元気無いんだな。具合悪いのか?」
前言撤回。やっぱりドタチンあいしてる!でもごめんねドタチン、今日の俺のこの憂鬱はうまく説明できるものじゃないんだよ…。
なんて口には出さずに心の中だけで呟きながら、「そう?夏バテかな」とだけ言っておいた。
ドタチンはまだ腑に落ちないような顔をしていたけれど、俺が言う気が無いのを察してくれたらしく、それ以上はもう何も言ってこなかった。
ほら、これだからドタチンはもう…だいすき!!
教室に着くと、既に新羅は到着しており机につっぷしていた。
「新羅、おはよ。そろそろ起きたら?」
「うーん臨也か。それに門田も。おはよう」
「はよ。岸谷お前隈酷いけど大丈夫か」
「いやー、昨日セルティと喧嘩しちゃってさ…といってもセルティが一方的に機嫌を損ねちゃって、それを宥めてたら朝になっちゃった…」
「あー…その、なんつーか、おつかれ」
「いや!こんな眠気、昨日のセルティの可愛さに比べればどうってこと…ない…」
言いながらも新羅は再び机に突っ伏した。もう今日の新羅はダメだ。多分昼休みまではこの調子だろう。
「まあ今日は実技系とくにないし、昼になったらこいつも起きるだろ」
「そうだね」
「そういや静雄は?もうチャイム鳴るけど遅刻か?」
ドタチンの言葉の通り、教室にシズちゃんの姿はなかった。あの長身に金髪を見つけられられないはずはない。
俺は教室に入った瞬間、無意識にシズちゃんの姿を探していたのだ。それがまたどうしようもなく嫌だったし、その気を紛らわせてくれた新羅に感謝の念すら感じた(当人は寝ているだけだが)。
しかしシズちゃんが遅刻とは。基本的にシズちゃんは変なところで真面目だ。俺が朝からシズちゃんの元へチンピラをけしかけたりしなければ、きちんと遅刻もせずに学校へ来る。今日の俺はそんなことをしている余裕はなかったから、シズちゃんがまだ登校してきていないのは変だ。あのシズちゃんが風邪なんてひくとは思えないし、ここは寝坊とでもみるのが妥当だろう。
だけど、もしかしたら。俺はもう一つの可能性を考えずにはいられなかった。
(昨日、俺に告白なんてものをしちゃったから恥ずかしくて来れないとか?)
もしそうならいつもシズちゃんと殺し合いをしているこの俺が、シズちゃんの弱みを握っていることになる。それは俺にとって、とても面白く有利で、喜ぶべきことなのに、俺の中にはそんな感情は全く湧いてこなかった。大嫌いなシズちゃんに告白なんてものをされるなんて、全身に鳥肌がたつくらい気持ち悪い、とかそういうんでもなく。俺はただ、次にシズちゃんに会うときにどんな顔をして会えばいいのかなんて、そんな馬鹿みたいなことばかりが脳内を駆け巡って、恥ずかしいことにそれ以外のことは考えられなくなってしまっていたのだ。
*
結果的には、シズちゃんは俺への告白のせいで学校をサボったとかそんなんじゃなかった。やはり最初の予想通り寝坊してしまったらしい。目覚まし時計をセットし忘れたそうだ。二限が始まってすぐ、シズちゃんが息を切らしながら教室に駆け込んできたときは、ほんの少しだけがっかりしてしまった。やっぱり俺への告白のせいではなかったのだ、と。そしてそんなことを一瞬でも思ってしまった自分を張り倒してやりたくなった。
昼休み、まだ眠そうな新羅を連れて、俺とシズちゃんとドタチンはそれぞれ弁当だったり惣菜パンだったりを持って、屋上へ向かった。その際も視界の端に入ったシズちゃんはいつもと変わらない様子だった。俺はシズちゃんを視界から追い出すために、目の前のドタチンの背中だけを見ていた。
屋上に着いて弁当を広げ始めるとようやく、自らの弁当にはセルティからの愛が詰まってるんだ!とかなんとか言いながら新羅が目を覚ました。どうやらセルティお手製らしい弁当を一口食べた途端、新羅はいつもの新羅に戻り、うるさいくらいにセルティへの愛を語り出した。いつもはこの上なくうざい新羅の長ったらしい話だが、むしろ今は有難かった。俺は新羅の話に耳を傾け、適当に相槌をうちながらゼリー飲料を飲み干した。夏の暑さに、額を汗が伝うのを感じた。
そんな俺たちの背後では胡坐をかいたシズちゃんとドタチンがぽつぽつと会話をしつつ弁当を食べていた。出来るだけそちらを見ないように、話を聞かないようにすればするほど、意識はそちらへ持って行かれてしまう。それはもう俺の意識ではどうにも出来ない。
「それうまそうだな」
「ん、食うか?」
「いいのか。じゃあ一切れくれ」
そんな他愛もない会話をしている二人が、俺は急に羨ましくなった。
今日のシズちゃんは、いつもより俺に構ってこない。勿論それはイラついたり殺意が湧いたり、という類のものだが、今日はそれがない。どうしてだろうと考えたがそれは簡単なことだった。俺がシズちゃんを避けているのだ。俺がシズちゃんに近づきさえしなければ、俺がシズちゃんがイラつくような言葉をかけなければ、シズちゃんがキレて暴れることは格段に少なくなる。そんなのは当然のことで、俺だって分かりきっていたはずなのに、それをきちんと認識した途端、俺は胸の奥がぎゅうと締め付けられるかのような感覚に陥った。
俺とシズちゃんの距離は遠い。昨夜はあんなに近くにいたのに。いつもならすぐに喧嘩になってしまうけれど、深夜という魔法のおかげかもしれない。そして俺は、それが間違いなく不快ではなかった。あの平和島静雄のすぐ隣にいることが不快ではなかったのだ。寧ろ俺は…。
その答えに辿り着くまで、然程時間はかからなかった。しかしそれはどうしても俺には受け入れがたいものであった。どうにかここから逃れられないものかと、頭を巡らせてみたが、結局同じ地点に戻ってきてしまった。俺は心底深いため息をひとつついた。
なんだよ今更、俺にどうしろっていうんだ…。あの時咄嗟に何の言葉も返せなかった俺に、いまさら。
(シズちゃんのことが、すきだなんて)
ほんとうに、ばかみたいだ。
―――
タイトル→mutti
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