それは小さな教会でのお話でございます。教会の周りは背の低い草原が広がっておりまして、村でも集落でもない――人気のないところに建っていたのでございます。
 そんな教会にある日、見知らぬ巡礼者が訪れたのでございます。

「やぁ、なんともちっぽけな教会ですね」

 巡礼者は教会の礼拝堂に入るなりそう言った。
 それもそのはず。教会は中身も外見の通り小さかったのだが、中には狭い礼拝堂くらいしかなかったのだ。おまけに壁は禿げ、砂埃をつけたステンドグラスは採光の役目を果たしておらず、日中でも教会内は薄暗かった。

「お祈りかな?」

 不意にしわがれた声が響き、巡礼者は肩を跳ね上げてパッと後ろを振り返った。こんな薄汚い小さな教会でございます。巡礼者は遠い昔に見捨てられた、誰もいない教会だと思っていたのでしょう。

 振り返った巡礼者の前にいたのは、黒い法衣をまとった一人の聖職者だった。それは背を丸め、真っ白な髪と髭を生やした老司祭。やせ細った腕には、禿げた木の杖を抱えていた。

「このような教会に、お祈りかな?」

 老司祭は巡礼者に近づき、もう一度確認するようにしわがれた声で尋ねてきた。

「あ……あぁ。お祈りというより、私は巡礼者でして、たまたまここを通りかかったんです」

 巡礼者は気まずそうに小さな声を出し、杖をつきながらゆっくりと巡礼者を抜かしていく老司祭をその目で追った。

 老司祭は立ち止まっている巡礼者を抜かすと、礼拝堂の祭壇まで進み出た。そして、体勢を崩しそうになりながらも杖で踏ん張り、回れ右をして巡礼者と向き合ったのでございます。
 杖をついたこの老司祭。足が悪いのか、ずっと片足を引きずっていたそうな。

「おぉ、おぉ、巡礼者の方か。こんなところまでお疲れだろうに……どうぞ休んでいってください」

 老司祭はそう言って微笑んだ。同時に、深いしわに優しそうな目が隠れた。

「いえいえ、私は先を急いでいます故、失礼させてもらいます」

「ほぉ、急いでいるとはしかし……どこへ向かうおつもりかな?」

「それは決まっての通り、ずっと東にある神が降り立った聖地ですよ」

 巡礼者はたいそう不思議そうな顔をしてそう答えたそうな。
 まぁ、無理もありませぬ。巡礼者というのは、普通各地に散らばる聖地やゆかりの地を巡るもの。わざわざ聞かなくとも、巡礼者と言えばたいていは行き先は決まっているものにございましたから。それも相手は聖職者の老司祭。巡礼者がどのようなものなのか、知らないはずはないのでございます。

「それはそれは。ではせめて、通りすがりついでにここで祈っていってはどうかな?」

 老司祭はしわに隠れていた目を覗かせた。
 巡礼者はといえば、とんでもないと言いたげに目を丸くし、一歩後へ下がってしまった。そして、豪華な金や宝石が散りばめられた聖堂でしかお祈りをしたことがないその巡礼者は、こう言ったそうだ。

「いえいえ、結構です。確かに私は巡礼者ですから旅の無事を祈りたいものですが、このような場所で祈っても神様が耳を傾けてくださるとは思いません。ここはあまりにも小さくて汚れている。天におられる神様の目には、ここは緑の草原に隠れて見えないのではないでしょうか?」

 巡礼者は当然のように言ったそうだ。ところが老司祭はそんな言葉に表情一つ変えず、ふっと笑って髭を揺らした。

「ほほぅ、そなたは面白いことをおっしゃる。確かにこの教会は旅人しか訪れないせいかどんどん廃れている。おまけに、この足の悪い老いぼれが管理人であるがために、白壁は禿げ、汚れていく一方だ」

 そこでいったん言葉を切り、老司祭は笑って隠れていた目を再び覗かせ、スッと細い視線で目の前の相手を見た。



[prev] [next]

聖地巡礼1
home
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -