第三十三話
眼前には雲一つない青空があった。
柱間との死闘の末、オレは初めて地に背中をつけ、その時、オレは負けたのだと改めて感じた。
オレは全ての力を出しきり、既に立ち上がることさえ出来なかった。
柱間はオレを見つめ、その傍にいた扉間がオレを見下ろす。
「マダラ…終わりだ」
「待て、扉間……」
扉間がオレに刀を突き付けようとした瞬間、柱間は阻止した。
「……何故だ兄者!? 今がチャンスだろ…?!」
「手出しは許さん」
扉間は柱間から僅かに退く。
「フン……いっそ…一思いに殺れ……柱間」
オレは柱間に殺られるなら、別に構わないと思ったのだ。
忍の頂点を極め、オレが初めて認めた忍である柱間に殺されるなら、うちはの長として真っ当な死をとげたと言えるだろう。
「お前にやられるなら……本望だ」
「かっこつけても無駄ぞ。長であるお前を殺れば…お前を慕う若いうちはの者がまた暴れだす」
オレを慕う者……か…。
お前にはやはり分からないようだな、柱間。
オレには……もう、そんな奴はいない。守る者もいない……
―その時、ふと小夜を思い出した。
小夜は…何を考えているのかは分からんが、この前……オレに「愛している」と初めて告げた。
その時、オレは激しく動揺し、まさか、小夜がオレにそのような想いがあるとは思わなかった。だが、いきなりあのような事を言われ、オレは中々信じられなかった。それもあってか、オレは……小夜に酷い事をしてしまった。しかし、オレは……心の奥底で…
小夜を愛していた。
様々な女を抱き、戦に明け暮れようとも…どんなに忘れようと試みても……小夜を忘れる事など出来なかった。
今更、己の気持ちに素直になっても遅いが……最期になって妻を思い出すとは…忍として我ながらに呆れてしまうな……。
「もう……そんな芯のある奴はいない。……うちはには」
「いや、必ず居る…また…昔みたいに水切りできないか? 一緒に…」
「…そりゃ無理ってもんだぜ…オレとお前はもう同じじゃない……今のオレにはもう……兄弟は一人もいない。それに……お前らを信用できない」
「どうすれば…信用してもらえる?」
「……腑を見せ合えるとすりゃ…今、弟を殺すか…己が自害して見せるか。それで相子だ…そうすればお前ら一族を信用してやる」
オレは柱間に究極の選択を突き付けた。
命をかけて守りたい者を守るか…それとも己を守るか……
オレは奴の心を知りたかった。
「弟を殺すか自害しろだと!? ふざけたこと言ってんじゃねーぞこの…」
騒ぎたてる部下に柱間は歯止めをかけると、扉間が奴に問いかける。
「言っていることが無茶苦茶だ! どうするんだ兄者!? …このオレを殺すのか?」
「…………。」
「それともこんな奴の戯言の為に死ぬのか? バカバカしい…耳を貸すな兄者!」
「…………。」
柱間は深く考えているようだった。
奴の周りにいる者たちはオレを殺すようにと急かしているが、奴にはある考えがあるように見えた。
すると、柱間は立ち上がり笑みを浮かべる。
「ありがとう、マダラ……お前はやはり情の深い奴だ。」
「……!」
「いいか扉間……オレの最後の言葉として、しっかり心に刻め。オレの命に代える言葉だ。一族の者も同様だ。オレの死後、決してマダラを殺すな。今後、うちはと千手は争うことを許さぬ。」
柱間は鎧を外し、クナイを持つ。
「皆の父とまだ見ぬ孫達に誓え……さらばだ……」
……その時、柱間は涙を流した。
その涙を通して、オレはかつて柱間と水切りをした時の事を思い出した。
‥‥…一つの小石が川面に反射するように何度か跳ねて、向こうの川岸に到達する‥‥…
その瞬間、
オレは柱間の手を握った。
「…………。」
「もういい……お前の腑は見えた」
柱間が扉間を命をかけてでも守りたいと思う気持ちは、かつてオレがイズナを思う気持ちと重なって見えた。
家族に対する思い……それは、今でもオレの中に潜む小夜への想いが思い起こさせてくれたのかもしれない。
―こうして、オレは柱間と手を組むことに決めたのだった。
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