第二十六話

……涙を沢山溜めた小夜は暫くの間、オレを見つめていた。

華奢な体を震わし、今にも倒れそうだ…


オレはただ突っ立ていることしか出来ず、目は見えているというのに視界は真っ暗だった。


………オレはイズナから目を奪ったのだ…


目の前でイズナが目をおさえながら倒れ込み、必死に苦しみを抑えていた。

オレは我に返って、イズナを支えようとすると…

小夜がイズナを支えたのだった。



「イズナさん!!」



イズナは小夜の体にもたれて、気を失っていた。
…オレはただ二人を見るだけで、何も出来ずにいた。

すると、小夜は憎しみがこもったような目付きでオレを睨み付け、イズナを抱き締める。



「……貴方がここまで最低な人だとは思ってもみなかったわ」



小夜はイズナを抱えながら部屋を出て、声を張り上げて助けを求めていた。
すると、小夜やイズナの周りには女中やうちはの者が集まり、屋敷中騒がしくなった…


……オレは二人に近寄ることが出来ずに、ただ部屋の中に引きこもっていた…


………イズナのもとに向かわなくてはいけないというのに、オレの心の中は混沌としていた。


廊下から足音が響き、女中が行き交っているのが分かった。医者を呼べと声を掛け合い、夜中だとは思えない程に騒がしい。


………暫く間オレは頭を抱えていたが、イズナの事が心配になり部屋を出た…


廊下を走っていると、途中で行き交う女中やうちはの者達が驚いた目でオレを見る。


オレは無視して、イズナの部屋に向かった。

………イズナ…無事でいろ…


イズナの部屋に着き襖に手を掛けると、いきなり襖が開かれた。


……その襖を開いたのは小夜で、オレを見ては怪訝な顔を浮かべていた。


「……ちょっと話したいことがあるわ」


「……今はお前に構っている暇はない、部屋に通らせろ」


「ふざけないでよ!誰のせいで、イズナさんがこんな目に遭わされたと思ってるの!?」



小夜はオレを突き飛ばし、部屋に入らせまいとする。
オレは立ち上がって小夜の腕を掴み、イズナの部屋から無理矢理、廊下へと引きずり出した。



「…退け」


「……ちょっと待ちなさいよ!」



オレは小夜を退かし、イズナの部屋に入る。

部屋の内部には爺と目に包帯を巻いたイズナが居た。


オレは小夜が部屋に入らないよう、襖を閉め続けた。



「……マダラ様……もしや…イズナ様の目を…」


「…ああ。……そうだ。」



爺は悲痛な顔をして、イズナの方を向いていた。
よく見るとイズナの顔は青白く、益々生気が失われているように感じた。


「……大量出血でしたので、今は気を失われています…あらゆる処置は致しましたので直に目が覚めると思います……」


「……そうか…」


「……ですが、油断は出来ません。……前の傷が化膿して、病がかなり進行しています…」


「……助かるんだろうな?」


「……分かりません…が、此れから毎日私がイズナ様を付きっきりで看病致しますので……少し様子を診てから、また診断致します…」


「……イズナを…宜しく頼む…金はいくらでも払う。だから、イズナを助けてやってくれ」



オレはそう言って、襖を開けて部屋を出る。

……すると、小夜が剣幕な表情でオレを睨み付けていた。



「少し話があるわ……」


「……奇遇だな、オレもだ」



オレは小夜の腕を掴み、廊下を歩き始める。



「痛いわ!……手を離して!」


「お前には少し説教が必要だ」


「……なんですって!?何をする気なの!?」


「………来い!!」



小夜は何度も抵抗してオレの手を引きはがそうとしていたが、そんなか弱い力などオレには何の効力を持たなかった。


暫く廊下を歩き、オレは襖に手を掛けて薄暗い部屋の中に小夜を無理矢理連れ込んだ。


その際、小夜を思いっきり畳の上に叩き落とした。



「きゃあっ!!……痛いわ!何をするの!」



小夜はオレを睨み付け、倒れた体を徐々に起こす。


オレはそれを阻止するかの如くに小夜の上に覆い被さり、小夜の顎を持ち上げる。



「……貴様はいつも口が過ぎるからな…妻らしい素振りを見せない…最低なのはお前だ、小夜」


「………自分の事は棚にあげるつもり?貴方はイズナさんに何をしたのか分かっているの?!…最低なのは貴方の方よ!…早く手を退かしなさいよ!」



小夜はオレの手を叩き、体を起こそうとするがオレは小夜の首を掴み阻止する。



「……お前はオレに従っていれば良い……貴様がでしゃばるな。」


「……私は…貴方の傀儡じゃないわ!……うぅっ…」


オレは小夜の首をより強く締めるが、小夜は目を細くして抵抗していた。



「……大体、お前は妻である自覚があるのか?オレではなく違う男を好いて…ふしだらな女だな」


「……ちがっ…う……」


「何だ?……フン…聞こえないな。……お前はオレの事など何も知ろうともせず、他の男に気を抜かす……オレがどんな想いでお前を……!」


「……うぅっ…」



小夜の顔はみるみるうちに青白くなり、オレの手を握っていた小夜の手に力がなくなる。



「……何も知らないお前がオレに指図をするな!」


「……離っ…し…て……」


オレは小夜の何もかもを壊したくなった。
こんな事をすれば小夜からますます嫌われるというのに、そう思えば思うほど小夜の全てをこの手に掛けてしまえば良いと思った…


すると小夜は目に涙を溜めて、オレの方を向く。



「……な…んで…イズナさんに……あんな…事を?」

「……お前に…何が分かる…貴様に言っても無駄だ」

「……貴方の…そういう所が……嫌いなのよっ……!」


「……なんだと…?」



小夜は涙を滴らせながら、オレを睨み付ける。
オレはその言葉を聞いて一瞬力を緩めると、小夜はその隙を狙ったかのようにオレの元から少し離れた。



「……ごほっ!ごほっ…」

「……逃がさんぞ」



オレは小夜の体を引き寄せて、しっかりと抱き締める。

するとオレの腕の中で、小夜は気持ち悪そうに口を手で押さえていた。



「…お願いだから…離……れて…うぅっ…」


「小夜!?……おい、しっかりしろ!」


「………うぅっ…」



小夜はオレの腕を振りほどき、襖を開けて素早く廊下へと出ていった。
オレは心配になり、小夜の後を追う。

すると、小夜は外にある水飲み場で吐いていた。一度だけではなく何度も吐いて、苦しそうにしていた。



「……小夜……大丈夫か?」


「……。」



オレは小夜の背後に近寄ると、小夜はオレの方へと素早く振り向き、怒りを露にした。



「全部、貴方のせいよ!!散々苦しめておいて、今更慰めなんて無用よ!」


「……苦しめる?……ならば、此方とて同じだ。……オレは今までお前に何度傷付けられたか」


「何よ!私が何時、貴方を苦しめたのよ?!大体、貴方は私の事なんて何とも思ってないんでしょ?」



……小夜はオレの気持ちを知らないのか?

……オレはお前に何度も好いていると伝え、ことごとく今まで裏切られたのだ…



……それが分からないというのか…?



オレは小夜の鈍感さにほとほと愛想が尽きた。
此れから先、小夜に何度好いていると伝えたとしても無駄だと悟った。


やはり、他の男を好いている女が自分に振り向く事など有り得ないのだ…



「……そうか…お前は本当に何も知らないな。…お前には愛想が尽きた。」


「……何よ……私だって…」


「……フン…もういい。お前とは今後一切関わらない。…離縁も考えておく。それで良いだろう?お前にとっても」


「……。」



オレは小夜を残して、自室へと帰って行った。
小夜の事は頭から消すように何度も次の戦に向けて作戦を考えていた…


……だが、脳裏に浮かぶのは小夜の愛らしい笑顔ばかりだった。


…オレが鷹狩りに連れていくと約束した時の嬉しそうな顔や…いつもころころと変わった少し怒った表情…



そして何より……山でオレが花を渡した時の喜びに満ちた笑顔…



……嗚呼、何故忘れられないのか…



オレが頭を抱えていると、襖越しに加代が訪ねて来た。



「……マダラ様、少しお話があるのですが…」


「……入れ」


「失礼します」



加代は襖を開けて静かに部屋に入った。
すると、加代は真剣な面持ちでオレを見つめる。


「マダラ様、どうか小夜様と和解して下さいませ」

「……お前が口出しする事ではない」


「いいえ、このままだと小夜様は…」


「……なんだ?…フン…お前に言ったら驚くかもしれんがな、あいつはオレではなくイズナが好きなんだ」



オレが加代にそう言うと、少し驚いた顔をしていたが加代は透かさず話続ける。



「……最初はそうだったかもしれません。…ですが、小夜様はマダラ様をお慕いしております。」


「……何を根拠に言っている…オレは小夜と別れる…先程、そう決めたのだ」


「……それは…マダラ様が本当に望まれている事なのでしょうか?」



加代はオレを真っ直ぐに見つめていた。

その目には優しさがこもっている…。

……加代は…何もかも知っているのだろう…


そう思うと、オレの口から今までの思いがすらすらと出てきたのだ。



「……オレは…小夜を愛している…自分でも分からない位にな。…何故……小夜はオレに振り向かない……?」



「……マダラ様…今は耐えて下さいませ。…小夜様はいずれ気付かれます。……時の流れが長く感じるかもしれません…ですが、小夜様を信じて…お待ちになって下さい。…マダラ様の想いは必ず小夜様に届きます。」



加代の言葉を聞いた時、オレは啓示を受けたように感じた…


……障子の方へと目線を変えると、日が昇り始めたのか部屋に日の光が差し込んでいた。



……小夜はオレを好いているのだろうか…?

心の中でオレは葛藤しつつ、何度も考え直すが…加代の顔を見ていると、小夜と…もう一度和解しようと自然に思えたのだった。


オレは加代に礼を言った。
加代に諭されていなければ、今頃オレは小夜と…決別したままでいただろう…

オレが加代に礼を言った後、加代は頭を下げて静かに部屋から去っていった。



……小夜…お前は本当に…オレを好いているのか?

……加代の言うとおりに、信じていいのか?



……いいや、お前を信じよう…オレはお前を愛している…



オレは立ち上がり、小夜の部屋へと向かった。


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