第二十五話

あの日以来、小夜とオレの間に会話がなくなった。


オレは日々、視力を回復させるためにあらゆる手段を用いて邁進していたが、一向に良くならなかった。

イズナの様子を伺いたいものだがこの目では伺うことすらできず、況して重症であるイズナに心配をかけてしまう……。


………嗚呼…どうすれば…目が治るのだ…?



オレは縁側に座り、夜風に当たっていた。

……夏も終わりを迎えようとしていた。

鈴虫や蟋蟀の音が耳に響き、今のオレの心を和ませる……


すると、近くに誰かが忍び寄るのを感じて耳をそばだてる。



「……誰だ…」


「兄さん、オレだよ。」


「……イズナか」



イズナはオレの隣に座り、黙り込んでいた。

オレが視力を失っていることはイズナも知っていたのだろう……

二人の間に沈黙が訪れ、虫の音だけが聞こえる。

……そんな沈黙を断ち切るかのように、イズナは急に話し始める。



「……兄さん、視力戻らないんでしょ?」


「……やはり知っていたか」


「……爺から聞いたんだ」

「……そうか」



オレは小夜がイズナに話していたのだと思っていたから意外だった。



「……兄さんも聞いてるでしょ?……オレの事も…」

「……少し…な…」


「……やっぱり…姉さんから聞いた?」


「……いいや、オレも爺から聞いていた」



オレは微動だにせず、イズナと会話をしていた。
扉間にやられてから、イズナの傷は日に日に化膿して今では立ち上がる事すら辛いと聞いていた…
……オレが無力の余りに重症であるイズナに心配をかけさせて…しかも、小夜に八つ当たりをしてしまったオレは…本当に情けない男だと痛恨した。



「………すまない…イズナ…オレが無力なばかりに」

「……何を言ってるの…兄さん……無力なのはオレだよ……兄さんを支えなくちゃいけないのに…オレは…」



只ですら重症なイズナをオレのせいでこんな所に来させてしまったのかと思うと、オレは辛くなってしまった…


………そんな時だった。

オレが頭を項垂れて悩んでいると、イズナがオレに話し掛ける。




「兄さん、オレの目をあげるよ」




思わぬ言葉にオレの体は固まってしまった。

余りの衝撃に中々言葉が見つからない……



「もうこの体は治らない事ぐらい…オレは知ってるよ。自分の体だしね…」

「……イズナ…お前は…何を言っている…」


「……オレは一族の足を引っ張りたくないんだ…」


「……。」



……一族…確かに、オレは何としてでも守らなくてはいけないものだ…


だが、イズナの目を犠牲にしたくない…

イズナはオレの…唯一無二の…弟だ

イズナから目を奪えば、何が残るというのだ……?

オレはあの時から誓ったんだ…弟を守ると。



「……オレはお前を必ずまもる…だから…」


「……兄さんは一族の長なんだよ。うちはの皆を…守らなくちゃいけないんだ。」


「そうだが、かと言って…お前から目を奪うなど…!」



すると、イズナはオレの手に触れた。

イズナの手は熱がこもっていて、その熱がオレの手に伝わる




「兄さん、お願いだ。一族を…みんなを…守るために、オレは兄さんの力になりたいんだ。」




イズナが真剣に訴えた目でオレに伝えている事が盲目のオレにでも分かった。


そして、オレの手をとり部屋へと誘導する。



「………さぁ、兄さん…オレの目を移植して」


「だが、やはりオレには…!」



「兄さん!!兄さんは一族の長なんだよ!」



イズナは初めてオレに叱った。

オレの手を握りしめて、覚悟を決めてたのが分かった。

…オレは自然と頬に涙が伝った。

……嗚呼…すまない、イズナ…



…………オレを許してくれ…!



オレは手探りでイズナの瞼に触れようとすると、イズナがオレの手首を持ちしっかりと掴む。



「……ここだよ、兄さん」


イズナはオレの指を瞼に触れさせ、手首から手を離す。




「許せ…」




オレは覚悟を決め、イズナから目を奪った。


イズナは一切叫び声を出さず、すべてを承知したかのように目を差し出したのだ。

オレは自らの目を取り出し、イズナの目を移植する。



……ゆっくりと目を開けると、目の前には…



血にまみれたイズナと…


涙を沢山溜めた…小夜がいた。




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