第三十五話

あれから随分と時が経った。

俺はうちは一族の長として再び一族を束ね、千手一族と協定を結んだ。そして、俺と柱間の夢であった里作りに日々、力を注いでいた。まだ里は完全ではないが、俺や柱間が望んでいた世界に近付いていた。
また、俺と小夜の間に授かった子は日々成長し、小夜の腹はかなり大きくなり、臨月を迎えていた。家族が増える喜びと、夢に向かって日々働く喜びを味わえる俺は果報者だと思っていた。
そして今日も、俺は里作りに精を出し里中を巡っていた。
教育機関であるアカデミーの建設工事に立ち会っていたところに、部下が俺の元に慌しくやって来た。

「あの、マダラ様……奥様がお見えになっています。」
「なに? 小夜が?」

すると、小夜が加代と共に俺の元へとやって来た。小夜は大きな包みを抱えて、俺の元に駆け寄る。

「小夜! お前は身籠っているんだぞ! ふらふらと出歩くなと何度も言っただろう!」
「なによ、怒鳴らなくたっていいじゃない。 私は貴方のためにお弁当を届けに来たのよ?」
「……フン、弁当如きでこんな危険な場所に来るな。お前の身に何かあったら……」

俺は小夜の肩を抱き、工事現場から離れた場所へと向かっていた。小夜の身を思えば、この様な危険な場所よりも、近くにある建物の会議室の方が良いと思ったからだ。しかも、小夜の弁当をじっくりと堪能することができる。妻の弁当にひそかに胸を躍らせていると、いつの間にか会議室に着いており、オレは小夜を席に座らせると加代がオレに気を遣っているのか部屋の外で待っていると言って、小夜に一言告げて部屋から出て行った。


「なんだか加代に待たせて申し訳ないわ。もう一度部屋に…」
「いや、構わん。それよりお前の弁当が食いたい」

俺は小夜の言葉を遮る様に即座に答えると、小夜の隣に座り、弁当を手に取り蓋をとった。
艶やかに彩られた野菜に、オレの好物である稲荷寿司…これらを全て小夜が作ったのかと思うと、胸が熱くなった。

「……お前が作ったのか?」
「……ええ、女中さんに教わりながら作ってみたの……。」

オレは小夜が作った料理を始めて食べる喜びで自然と口元が緩んだ。

「……どうしたの? 食べないの?」
「お前が作ったのか、あまり期待はしていないが食べてやる。」
「それ、どういう意味よ!」

小夜をからかってやると、小夜は案の定怒ってオレから弁当を取り上げようとしたが、オレは早速稲荷寿司を食した。小夜はオレが食している姿を見ては不安気な表情を浮かべてオレを見つめる。

「どう? 美味しい?」
「……お前にしては、美味く作れている…美味い。」
「本当? 良かった……!」

小夜は満面の笑みを浮かべて、胸に手を当てるとほっと息を吐いていた。
正直なところ味は微妙だったが、小夜を見ていると無意識のうちに褒めたくなってしまったのだ。小夜が喜ぶ姿を見ていると無性に愛しく思え、弁当をどかし、思わず小夜の体を引き寄せた。腰に腕を回し逃れないように強く抱いていると、小夜は頬を染めて顔を見上げる。

「喜んでもらえてよかった…。また、作ろうかしら。」
「……毎日作ってくれ。」
「え、毎日…!そんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ!ふふ。」

小夜は口元に手を合わせて、小さく笑う。余りの愛らしさに抱きしめたくなるが、外の場である事を考え俺は手を引く。暫くの間、弁当を食しながら小夜と談笑をしていると、その空気を壊す様にいきなり会議室の扉が開かれる。

「……ここにいたのか!マダラ、今から大名達が集まる。早く支度をしておけ。」
「……ああ、分かった。今向かう。」

ーー扉間だ。
扉間は俺に告げた後、直ぐさま去って行った。
俺はあの一件以来、奴を許したわけではなかった。しかし、今は千手と手を組んでいるため、仕方なく仕事を共にしていた。隣にいる小夜は扉間に一礼をし、弁当を布で包み帰り支度を始める。

「マダラ、私は先に帰るわね。お仕事頑張ってね。」
「ああ。仕事が終われば、すぐ帰るからな。」
「ええ、分かったわ。」

小夜の手を取り、俺は加代に小夜を託し、会談に向かった。

***

大名達やうちは一族、千手一族や他の主要な一族の幹部が集まり、会談が始まった。
話題となっているのは、火影候補についてだった。
火影とは、この里の長の事だ。という事は、忍世界の頂点に立ち、この世を治めるという意味になる。そう思うと、俺は一族の繁栄の為にも長になるのは、自分であるべきなのではないかと考えていた。

「火影は千手柱間が良いかと思うてな…。」
「おお、私もそのように思っていた。お主が適任だ。」

ある大名が柱間を推薦すると、他の大名達も次々に同調し始める。周りを見渡せば、千手一族の者達や他の一族の者達も納得しているかのように頷いている。
ーー何故、柱間なのか。
俺は心の中で焦り始めていた。里の立役者は柱間でもあるが、俺でもある。里の者達は、俺ではなく、柱間を選ぶのか。

「俺は火影には向いていない。向いているのは、マダラの方だ。俺はマダラを推薦する。」

柱間は大名達の会話に割り込む様に、そう告げた。その瞬間、冷たい空気が流れるように、場の空気が変わった。眉間に皺を寄せて疑うような表情で、大名達や千手や他の一族の者達までもが俺を見つめる。
これ程里に尽くしていながら、この様な屈辱を何故味わうのか。俺は居た堪れなくなり、目線を逸らした。
「火影の件に関しては、後日、投票を持って決めたいと思う。」と扉間が告げると、大名達は納得をし、忍一族の幹部と大名達の投票で民主的に決める事になった。そして会談は終わり、屋敷に戻ろうとしていると、背後から小夜の父が俺に話しかけに来た。

「マダラ殿、先程はすまぬな。外戚としてそなたの肩を持ちたかったが、柱間殿を推薦する大名達が思っていた以上に多くての。」
「……いや、大丈夫です。俺は結果を待ちます。」
「……そうか、そうか。で、娘に子が出来たそうな。」

小夜の父は扇子を開き、目を細めながら、にやりと笑う。

「ええ。今は臨月を迎えております。」
「ほほ、それはそれは良かった。そなたとは仲が悪いと聞いていたから、子は出来ぬと思っておったが…。それなら、我が一族は安泰だ。」

この父親は我が一族との繋がりが欲しいのだろう。小夜や俺の事など、どうでも良いのだ。嫌らしく笑う目から、俺は色々と察する。小夜の状態を聞いて、小夜の父親は満足気に他の大名達と共に去って行く。俺は再び帰ろうとしていた時、柱間が背後から俺の肩を持ち、俺を呼び止めた。

「マダラ…!先程の事は気にするな。俺は何としてでもお前を火影にする。」

振り向くと、柱間は申し訳なさそうに俺を見る。その姿を見て、俺は無性に腹が立った。

「……何をふざけた事を言っている。火影はお前が決める事ではない。同情をするな!」
「しかし……!」

柱間は俺の前に立ち、何かを言いたそうにしていたが、俺は柱間の手を払い、その場を離れた。奴にまで同情をされたくはなかった。まるで全ての忍一族が俺の味方ではないという言い方に聞こえた。しかし、俺にはまだ一族が残っている。一族の者達は、きっと俺に票を入れてくれるだろうと期待を抱いていた。俺は何としてでも、火影になりたいと思っていた。

***

オレは屋敷に戻り、自分の部屋に暫くの間引き篭もっていた。一族の事を考えると、先程の会談の事が頭から離れなかった。もし、火影が柱間に選ばれたとしたら、うちははどのようになってしまうのだろうか。衰退の一途を辿るのではないだろうか。
俺は薄暗い部屋の中で、灯籠の光を見つめていると、襖越しから小夜の声が聞こえた。

「マダラ……。入ってもいい…?」
「ああ、入れ。」

小夜は部屋に入ると、俺の隣に座る。

「マダラ……どうしたの?何か悩み事があるなら、言ってちょうだい。」
小夜は俺の手を握る。
「…大丈夫だ。お前は何も考えず、子を産む事に専念しておけ。」

そう告げると、小夜は俺の手をとり悲し気な表情を浮かべる。

「嘘よ。マダラ、何かあったのね?本当の事を言って!」

俺は思わず、小夜を抱き締めた。不安な気持ちを抱かせたくはなかった。愛しているが故に、弱っている姿を見せたくはなかった。

「大丈夫だと言っているだろう?俺を信じろ…」

俺は身を離すと、小夜の頬に手の甲を当てる。小夜の美しく透き通った瞳は少し揺らいでいる。小夜は頬に触れている俺の手を握った。

「マダラ…貴方の事がたまに不安になるわ。」
「…どういう事だ?」

小夜は目元を震わせながら、ぽつりと呟いた。

「マダラが遠い所に行ってしまうような気がしてならないの…。」

俺はそんな訳がないだろうと、笑いながら小夜に告げた。愛しい妻や子を残していく事などできる筈がない。今の俺には、小夜と子がいるのだ。
小夜はオレの胸元に手を添えて、甘えるようにオレにすがりついていた。こんなに幼い小夜が母親になれるのかと思ったが、可愛らしい仕草にオレはより妻を愛しく思えた。

「まったく、これから母になるとは考えられんな。」
「マダラ、愛しているわ。どんな時も一緒よ…。」

小夜は俺の着物を握りしめながら、軽くオレに口付けをすると、愛おしそうにオレを見つめた。こんな表情をオレに向ける事は初めてだった。昔は、怒った表情をオレに向け、嫌いだと言っていたものだったが……。

「子がいなければ、今すぐにでも寝所にお前を連れて行く所だ。」

俺は小夜の腰に手を回し、耳元で囁いた。

「…まあ、マダラったら…。」

小夜の耳は色付き始め、俺から顔を背ける。俺は小夜の長い髪を耳にかけ、頬に手を添えて此方に顔を向けさせる。

「小夜、どんな事があろうとも俺の事を信じてくれ……。」
「ええ、分かっているわ……。」

俺と小夜は互いの目を見つめ合い、顔を徐々に近づけていた時ーー小夜は急に腹を押さえ、苦しそうにし始めた。姿勢が崩れ、俺に身を預ける。

「痛いっ…!!ああっ……」

小夜は腹を押さえながらうずくまると、次第に畳に液体が流れ始める。ーー破水が始まったようだ。

「小夜…!しっかりしろ!今すぐに医者を呼んでくる!」

陣痛が始まった小夜を抱えながら、俺は部屋から飛び出した。


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