第八話
ーー朝になった。
障子から漏れ出る日の光がきらきらと部屋を照らしている。私はうっすらと重い目蓋を開け、身体を少し伸ばした。冷たい冬の空気に触れている肩が少し震える。ふわっと欠伸をして、隣でまだ眠っているマダラ様に密接した。心臓の音が肌を通して伝わってくる。あたたかく、優しいぬくもり。
じっと見つめていると、マダラ様がゆっくりと目を覚まし始めた。眠そうに目を細めて、天井をぼんやりと見つめている。

「おはようございます、マダラ様…。」
「……小夜 …。」

マダラ様は私をゆっくりと抱きしめ、私の手首を持ち、親指でなぞった。

「……細い、な…。」
「……そうですか…?」

ああ、と言ってマダラ様は心配そうに眉間に皺を寄せた。

「……小夜…お前は何故、芸妓になった?」

マダラ様は私の頬を撫で、髪を耳にかける。

「……何故…そのような事を……?」
「………お前の過去が知りたい。」


あまり芳しくない内容だったので少し悩んだが、マダラ様に全てを知ってほしいという思いに駆られて、申し上げることに決めた。

――私は、幼い頃に母を亡くしていた。

父は忍だったが、あまりにも家が貧しいため、忍をやめ、新たな仕事に就いたが、上手く軌道に乗らず、小作として働くことしか出来なかった。
働き手は幼い私と兄と姉と父だけだったので、毎月納める米の量に満たすことは出来ず、しかも、母が死んでから、借金は増えるばかりだった。その頃、父もかなり弱って寝たきり状態になり、ますます生活が苦しくなる一方だった。そんな時に、姉が出稼ぎをするようになったのだ。毎月沢山の仕送りがくるものだから、生活が潤うようになった。
長男は当たり前だという顔をしていたが、父が悲しそうな顔をしては、すまない、すまないと言っては泣いていた。幼い私には姉がどんな仕事をしていたのか分からなくて、父が泣いている理由がよく分からなかった。
しばらくすると、姉が家に帰って来たのだ。
姉は不治の病にかかっていた。そんな姉を見て、兄は邪魔だと言い張って寝たきりの父や幼かった私の言うことなど聞いてもくれなかった。私は兄に構わず、懸命に世話をしたが、一向に姉は弱っていくばかりだった。

最後に姉は言った。
私のようになってはいけないと。

家のためだけにすべてを捨てた姉が本当に可哀想で、何のためにこの世に生きているのか私には分からなくなった。
姉の死後、父は更に容態が悪化して手におえない状態になり、最後まで私達に謝り続けながら、死んでいった。
家には私と兄だけが残り、貧しい生活が続いた。兄は私のことを穀潰しだと言うばかりで、まともな食事を与えず、ひたすら私を働かせ続けた。
そんなある日、兄が私を梅川屋に連れて行った。
兄は今日からお前の住む場所だと言って、私を置いて去って行ってしまった。その日から私は梅川屋に働くことになり、あの時は分からなかったが、結局は私も姉と同じ道を歩んでいるのだと、悟った。
沢山働いて借金を返し、ここから出ていきたいと、あの楼に勤めてから心に堅く誓ったのだ。



私はマダラ様に全てのことを申し上げると、マダラ様は私を抱き寄せて頬に僅かに滴り落ちた涙を拭った。

「……そうか…。小夜……大変だったな…」
「……長々と話してしまい、申し訳ございません。」
「……いや、お前の事をより知ることができた。小夜、お前は一人じゃない……オレがいるのだと肝に命じておけ。」

マダラ様は私を強く抱きしめた。思いも寄らない御言葉に私は涙が自然に溢れ出る。

「……はい…。……マダラ様…」

私はマダラ様に身を委ね、かすれそうな声で返事をした。

「……オレも母がいない。幼い頃に亡くしている。お前と同じだ。」

優しい声で、私に視線を合わせながら、マダラ様は言った。しかし、その瞳の奥には哀しい思いが込められているようで少し揺らいでいた。

「だが、今のオレにはお前がいる……寂しくはない。」
「……マダラ様、私も…貴方様が側にいて下さるだけで十分でございます。」

私はやっと、マダラ様に想いを告げる事ができた。
互いの存在を確かめ合う様に、私たちは再び口付けを交わす。
お慕いしている方に愛される事がこれ程まで胸を高鳴らせるとは思いも寄らなかった。このままずっと、この愛おしい時間を過ごす事が出来ればと、身体の奥底に眠る心が叫んでいた。



マダラ様の元を去る時刻へと近付いていた。
私は身体を起こし、着物を着て身だしなみを整えていた。傍らでまだ寝床にいるマダラ様は肘をつきながら私をじっと見つめている。

「……もう行くのか?」

マダラ様は少し悲しげな声で私に尋ねる。

「…はい。もう時間なので…」
「……そうか…」

わずかに影を落としたマダラ様の顔。私は目を背けた。私も同じ気持ちだった。マダラ様と離れたくはなかった。ずっとこのままマダラ様の元にいたい。しかし、私はこの場から立ち去らねばならないのだ。気持ちを押し殺して。
マダラ様は立ち上がると、近くにある棚を開けて何かを探していた。

「……小夜、これを受け取れ。」

その簪は綺麗な曲線の模様が描かれており、桜の花弁ときらきらと光る金箔が散りばめられ、とても美しかった。

「……綺麗な簪…このような物を私に…よいのですか?」

私は顔を見上げてマダラ様を見つめた。

「…ああ。それはオレの母がつけていたものだ。お前に似合うと思ってな…。」
「ありがとうございます。大切に使います…!」

私は嬉しくなり、大切に手の内にある簪を眺めて胸の中に入れようとした時、マダラ様は私の手を取り、ゆっくりと抜く。そして、結い上げた私の髪にそっと刺した。

「よく似合っている。」

私はその言葉を聞いてとても嬉しくなり、唇の端を少し緩める。

「今度、こちらに来た時はそれをつけていろ。」
「……はい…!」

マダラ様は私に微笑みかけて、また私を抱き寄せる。

「……小夜、心配だ…。お前を俺の元に置いておきたい所だ。」

マダラ様が強く抱きしめる度に、私の胸は悲しさで胸が苦しくなった。私もマダラ様のお側にいたかった。また他の所で知らぬ男達を前に舞って、好色な目で見られる事を想像しては、吐きそうになる。望んで就いたわけではない仕事に、何故私は苦しめられているのか。

「……では……達者でな…小夜…。」
「……はい…。この度はありがとうございました…。」

マダラ様は名残惜しそうに私をゆっくりと引き離す。私はマダラ様にその場で一礼をし、この部屋を出て姉さん達のいる部屋に向かった。自然と涙が溢れでる。
今度、いつお会いできるか分からない。これで最後なのかもしれない。マダラ様の少し切なそうな顔が頭から離れられない。
ーー嗚呼、胸が苦しい。
部屋の前に着いた途端に、私は身体の中から込み上げてくる嗚咽を殺しながら、すすり泣いていた。
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