第三話
宴会の二幕目が開かれた。
今では、最初にこの部屋に来たとき以上に酒気が漂っており、男達は酔いが酷くなったのか芸妓の体に密着したり、嫌らしい手付きで触れたりしている。
今まで酌をした経験は何度かあったが、やはりこういう場面には慣れなかった。舐めるように見定める目線を注がれても、どう対応すればよいのか分からない。
姉さん達は中心部にいる上役の相手をし、私はその周りにいる人々に酌をした。姉さん達が上手くあしらう様子を見て、私は横目で見習っていた。

「お前、中々可愛らしい顔をしているな。その様子からしてまだ新人か?」

ある一人の男に私は話しかけられた。

「……はい。まだ慣れていなくて…すみません……。」

やはり、不慣れだと気付かれたてしまったのかと思い、少し落ち込んでいると――

「…いや、その不慣れな所が気に入ってな。」
「………!」

その男は徐々に私に近づき、肩に手を置かれた。私は驚いてしまい、肩をきゅっと絞らせた。そして、その男は私の顎を持ち、親指で頬をゆっくりと撫でる。品定めをする様に、じっくりと、細く鋭い目で、私の顔を見つめる。

「……どうだ?今夜は……先客がいるか?」

とうとう誘われてしまった――
断ってはいけないと、楼主にきつく言われている。承諾しなければならないというのに、初めての事で上手く言葉が出なかった。

「……あっ…あの…それは…」
「なんだ?もしや、まだこのような事にも慣れていないのか?」

私が慌てる様子を見て、男は口角を上げる。
頭が回らない。何て申し上げれば良いのだろうか。断ってしまいたい。
心の片隅で拒絶する自分がいて、どもってしまう。
すると、その時だった――

「おい、先程舞をしていた女……オレに酌をしろ。」

マダラ様が私に酌をしろと仰られたのだった。
マダラ様は眉間を狭め、目を細くさせながら此方をじっと見つめている。隣にいる男は少し戸惑い初め、やはりマダラ様には逆らえないのか、身を引いた。
私は胸を撫で下ろし、ほっとした。立ち上がり、マダラ様の方へと歩み寄った。身体が勝手に導かれるようだった。
マダラ様のお側に着いた。威厳に満ち溢れた御姿を目の当たりにして少し緊張をするが、 マダラ様の隣に隙間をあけて座らせていただき、お酒がはいった徳利を持ちマダラ様の杯に注いだ。
マダラ様は、非常に整った顔立ちをしていた。
お酒を注ぐ度に、マダラ様の顔に見入ってしまう程に。
すき通った鼻、彫りの深い目元。少し厳めしい雰囲気であったが、それが逆に男らしさを際立たせていた。
姉さん達が言っていた通りで…とても素敵な方であった。

「……なんだ?」
「……あっ、いえ…」

いけない…あまりにも見入ってしまった。マダラ様が不審がられている。どう申し上げよう。

「……ふっ。……可愛い奴だ。」
「………。」

意外な言葉を仰られ私は少し驚くが、可愛いという言葉に胸が高鳴る。瞬きを何度もしてしまう程に、この状況に戸惑いを感じる。
こんな気持ちは初めて――。

「……名は…なんという?」
「……夕顔…です。」

本名ではなく、源氏名で伝えた。本当は自身の名を申し上げたい所だったが、仕事上、源氏名を伝えなければならなかった。
――なぜ、私は本当の名前を伝えることができないの?
その時私は現実に引き戻された。目の前で手を叩かれたような感覚。
今まで、こんな思いを抱いた事がない…これは…何だろうか。脳内が心臓の音で木霊する。

「……夕顔…か…。源氏名ではなく、本当の名を教えてくれ…。」

マダラ様は私に詰め寄る。とても顔が近く、自分でも顔が紅潮しているのは分かった。
ここまで整った顔立ちをした方に詰め寄られて、嬉しくない女はいるのだろうか。

「……すみません。…申し上げることはできません。決まりなので……」
「……そうか…残念だ」

マダラ様の少し悲しげな目元を見て、申し訳ない気持ちになった。ただ、私の名を知りたいと仰られ、私はその言葉に期待している自分がいた。
小さく、ぼそっと語るその声に、男らしさと艶を感じさせられた。私の目に映るマダラ様は何もかもが素敵だった。この胸の高まりは止まることを知らない。

「……この宴会が終わったら、オレの部屋に来い…二人だけで酒を酌み交わしたい」

思いも寄らない言葉をかけられ、私は頭が真っ白になった。

「…いいな?」
「…あ、……はい…!かしこまりました。」
「あと……この後も、オレの酌をし続けろ。ここから離れるな」
「……はい…」


―その時、気づいた。
私はこの方をお慕いしているのだと。

生まれてから経験したことのないこの感情に少し戸惑いつつも、私の心はマダラ様の事でいっぱいだった。

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