恋人(仮)になる


大学の講義が終わり、コンビニで肉まんとカップラーメンを買い込み、あのオンボロアパートへ帰っている途中のことだった。

下の階に住んでいるイズナさんが沢山の女子に囲まれている所を目撃した。その女の子達は、チョコレートが入った袋を持ってキャッキャッ言っている。イズナさんも、爽やかなスマイルを女の子達に向けて愛想よくしている姿を見て、これはモテるなと私は納得していた。



「じゃあ、オレは少し用事があるから…また今度ね」

「ええ〜!! もっとイズナ先生とお話ししてたいのに〜」



イズナさんは爽やかに女子達に手を振り、あのオンボロアパートへと向かった。女子達はイズナさんの後ろ姿を見終えると、イズナさんの話で盛り上がりながら帰っていった。私はその女子達が去った後に、アパートに戻ると、イズナさんが階段に座り、缶コーヒーを飲みながら溜め息をついていた。



「……はぁ…女子って、なんであんなに騒ぐんだろ。勘弁してくれよ」



イズナさんは私の存在に気付いていないのか、独り言を呟きながらコーヒーを飲む。モテる男は大変だなぁと思いながら、私はそっとイズナさんの元に近付いた。



「こんにちは! イズナさん」



私がイズナさんの前に現れると、イズナさんは驚いてコーヒーを吹き出しそうだったが、やっぱりイケメンだから必死に堪えていた。



「……絢香さん! いたんですか!?」


「はい。イズナさんも大変ですね。お兄さんはあんなにお気楽者なのに。」

「オレの独り言…聞いてました?」


「…はい。モテる男は大変だなと思いました。」



イズナさんはハァと大きく溜め息をつくと、傍らに置いてある沢山のチョコレートを見て、「いります? オレ、チョコレート嫌いなんですよね」とあっさり言った。



「えっ! 申し訳ないですよ!! 折角あの女の子達作ったのに…」


「遠慮しなくても良いですよ。毎年もらって、うんざりしているんで。」



イズナさんは、ニコッと笑いながら私に差し出した。その姿を見て、イズナさんは意外と腹黒い人なのかもしれないなと思った。

すると、上からドアが開く音がして見上げてみると、マダラさんがドカドカと歩きながら階段を降りてきた。



「お前達、何をしている? 吉崎、貴様…イズナをたぶらかしていたのか?」

「はぁ!? 会って早々、変な事言わないでくださいよ!」


「兄さん! これ、いる? また女の子から沢山貰っちゃって…」


「ほう…チョコレートか。食っても構わんが。」



「食料がないから、くれ」って素直に言えばいいのに格好つけながら話すマダラさんを横目に見ながら、私はイズナさんの横に座った。



「わぁ…沢山チョコレートありますね。」


「フン、まぁ…オレ程ではないが、イズナは女にモテる」


「イズナさんは恋人とかいないんですか?(マダラは無視)」


「いませんよ。だから寄り付くんですかね?」


「そうかもしれませんよ。」


「じゃあ、なってくれます?」


「……は?」


「仮でいいんで、一日だけオレの恋人になってくれませんか?」


「ええええぇぇっ!?!?」


私は驚いて、手すりに後頭部をぶつけた。いやいや、まさかのまさかですか。ていうか、なぜそうなる!?
イズナさんのぶっ飛んだ発想に、戸惑っていると


「そんな事は絶対に許さん!! イズナ、こんな貧相な女を恋人にするのか?! もっと、マシな女がいるだろうが!」


「仕方ないでしょ、兄さん。明日なんて特に酷いんだからさ。」



と、私の悪口を交えながら二人は口論をしていた。(悪かったな貧相な女で!)
――そういえば、明日はバレンタインか。
私はふと思い出して、今年は扉間さんにあげようと胸を踊らせていた。



「……ということで、一日だけ、お願いしてもいいですか?」



ニコォッ!と笑みを浮かべながら、イズナさんはクルッと此方を向いてお願いしてきた。イズナさんの後ろには、ムスッとして仁王立ちしたマダラさんが此方を睨んでいたけど。

……うぅっ眩しい!これが、イズナスマイルというやつか。これで多くの女の子を手玉にしてきたのだろうけど、私はその手には乗らんぞ!



「いやっ、でも、申し訳ないですよ!私みたいなのがをイズナさんの恋人になんか…」


「……絢香さん、扉間の写真……とか欲しくないですか?」


……えっ…今、なんと?

「……この前、あいつの写真を処分しようと思って、燃えるゴミの日に出そうとしたんですけど。」


「是非、頂きたいです。」

「交渉成立ですね。」



と、いう事で私は扉間さんの写真を得るために、一日だけイズナさんの恋人(仮)になったのでした。


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