花のつぼみ 第一章

あの方は、もう、この世にはいらっしゃらない。


私はイズナ様の墓の前で座り、何度も心の中で、そう呟きながら自分に言い聞かせていた。

イズナ様は私を最後まで愛して下さった。
数々のイズナ様との思い出は、私の大切な宝物。
その美しい日々を、私は一つ一つ思い出していた。


***


酷く寒い日だった。

私は当時十歳だったが、家が貧しかったため奉公に出され、吹雪の中、一人でうちはタジマ様の邸宅に向かっていた。
病気の祖母から貰った小さな御守りと数枚の着物が入った、小さな風呂敷を背負いながら、私は懸命に歩いていた。
目の前は大きな雪の粒が舞い、道が既に雪で積もっていて、中々思うように屋敷に辿り着けない。辺りは全く人の気配がなく、私は何度も引き返そうとしたが、家に帰ったとしても、父に怒鳴られて再び屋敷へと向かわされるのだろうと思ったので、私は引き返さず、先が見えなくても歩き続けていた。

―どの位歩いたのだろうか。
吹雪は時間が経つにつれて激しさを増し、私は何度も倒れてしまった。視界は次第にぼやけて、意識が遠退きそうだ。しかし、私は家にいる祖母を想って、重い体を起こし、前に進む。
この道を歩いていけば、必ず辿りつくはず。
私はそう心の中で呟き、それを信じながら、私は夜中中、歩き続けていた。

―天が私に味方をしてくださったのだろうか。
私が懸命に吹雪の中、雪道を歩いていると、次第に天気が良くなり、吹雪は止んでいた。そして、雲の間から太陽の光が射し込み、地上を照らし始めると、目の前には大きな屋敷がそびえ立っていた。
やっと見つけたと思い、私は門に描かれている家紋を見てみると、大きなうちわが描かれている。
ここで私は働くのかと、胸を高鳴らせながら、屋敷の正門を通ろうとした時、ある男の人に声をかけられた。

「おい、此処で何をしている」
「此処で働く事になった、加代です。あの……ここから入っても良いのですか?」
「奉公人か、此処からではなく、彼方の裏手から入れ」

男の人は親切に私を裏手まで案内してくれた。
本当に大きな御屋敷で少し驚く。
そして、私は男の人と共に裏手からあがり、奥へと案内された。すると、大きな台所から良い香りが立ち込めて、ご飯が炊ける匂いがした。そこには沢山の女中がひしめきあって、調理をしていた。

「おい、マツはいるか」

男の人がそう言った瞬間、ある女の人が私の目の前に現れた。私は顔を上げて見つめてみると、その女の人はとても厳めしい顔をしていた。

「あんたが加代かい?」
「は、はい。」
「なんとまぁ、小さな子だね。年はいくつだい?」
「十になります…」
「……ふん、そうかい。私はアンタを子供扱いなんかしないからね。」

マツさんは鼻で笑ったような顔をすると、私を連れて薄暗い廊下を歩き始めた。
大分歩いた所に、ある一つの部屋があった。マツさんは襖を開けると、私を部屋に誘導した。


「ここが私達が寝る場所だよ。それで……あんたの着物は……」

マツさんは棚から沢山の着物を出して、背が低い私に合う大きさの着物を選んでいた。

「うん、この大きさでいけるね。…さて、その着物をさっさと着て、タジマ様の所に挨拶に行かなくてはならないからね」

私は、その場でその着物に着替えると、マツさんと共にタジマ様の御部屋に向かった。
とても大きな御屋敷で、私は辺りを見ながら歩いていると、「じろじろ見るんじゃない」とマツさんに叱られてしまった。大分廊下を歩き部屋に着くと、マツさんは襖越しに「失礼致します」と言った。そして、部屋の内部から「入れ」と言う声が聞こえ、私はマツさんに連れられて、その部屋に入った。
各式が高く、非常に重厚な作りの部屋だった。妙に静かな空気が流れているからか、私は緊張してしまい、背筋をピンと張る。そして、俯かせ気味だった顔を徐々に上げ、うちは一族の頭領である、うちはタジマ様を見た。威厳に満ち溢れ、容易く声をかけられる雰囲気ではなかった。鋭い瞳で私を見つめていたので、私は余計に顔を俯かせてしまった。

「タジマ様、加代を連れて参りました。」
「加代と申します。宜しくお願い致します。」
私は深々と頭を下げた。
「奉公に来たからには、しっかりと働いてもらう。良いな」
タジマ様は落ち着きの払った口調で私に言った。
「はい、精一杯働かせて頂きます」

私は頭を上げて、大きな声で溌溂と答えた。
病気の祖母や貧しく暮らしている家族の為に、この屋敷で精一杯に働くのだと心の中で誓った。
その時、いきなり部屋の襖が開かれたので、私は驚いて肩をびくりと震わせた。襖の方へと顔を向けると、一人の少年が部屋に入って来た。

「父上! 修行を見てください! 早く火遁の術を…」

私はその少年と目が合った。

その少年はタジマ様のご子息なのだと思い、頭を下げて挨拶をした。すると、私の肩に手を置かれたので私は驚き、ふと顔を上げてみた。

「そんなに頭を下げないでよ。君の名前は…?」
「…加代…と申します。」
「オレの名前はうちはイズナ。宜しくね!」

その時のイズナ様は、眩しい位の笑みを私に浮かべていた。男の子とは思えぬ程に、白い肌と美しく艶やかな髪を持っていた。そして、今まで私が見てきた同じ位の年齢の少年の中でも一際、美しく端正な顔立ちをしていた。私は呆然とイズナ様の顔を見つめていたので、イズナ様が不思議そうな表情を浮かべ、頭を傾げていた。

「どうしたの?オレの顔に何か付いてる?」
「あっ…すみません!何も無いです!本当にすみません!」
私は慌てて、手を沢山振って誤魔化していた。
「ふふ、そんなに謝らないで。君、何歳なの?」
「…十歳です!」
「そうなんだ!オレと同い年だね!」

イズナ様は口を大きく開けて、嬉しそうな表情を浮かべていた。私もその笑顔に引き寄せられるように、自然と笑みを浮かべた。
その時、マツさんは私の頭を叩き、「気安くイズナ様に話すんじゃない」と叱った。私は謝ると、顔を俯かせ、膝の上に乗せていた手を強く握った。

「マツさん、そんなに加代を叱らないであげて!オレが話しかけたんだからさ」
「イズナ様、この者は女中見習いです。初めから躾をしておかねば、図に乗ります」
「そんな…オレと同い年だから、話し相手になって欲しかったのに…」
イズナ様は悲しそうな瞳で私を見た。
「イズナ、マツの言う通りだ。お前は女中に気を抜かさず、修行に集中しなさい」

タジマ様はイズナ様に告げると、イズナ様はあまり納得していないような表情を浮かべ、眉間に皺を寄せていた。

「分かりました、父上…兄さんと修行をしに行ってきます…」
「ああ」

やはり一族の長である父には逆らえぬのか、イズナ様は渋々受け入れていた。そして、悲しげな表情で私を見つめた後、名残り惜しそうに部屋から去って行った。
私もイズナ様と同じ思いだった。同い年の子がいて、話し相手になれると嬉しかったが、私とは身分が違う。私は、イズナ様の話し相手になどなれないのだ。

「それでは加代、今日から精一杯働け、良いな。」
「はい、かしこまりました。精一杯、勤めさせていただきます。」
「この歳で、良い返事ができる賢い娘のようだな。良い奉公人を選んだな、マツ」

私はタジマ様に褒められ、とても嬉しかった。そして、マツさんと共に深々と頭を下げて礼をした後、部屋から去った。廊下を歩いていると、マツさんが私の方へと振り返り、「タジマ様に褒められたからと言って、図に乗るんじゃないよ。あんな事できて当たり前なんだからね」と告げられた。私は「はい」と大きな声で返事をした。


その日から、私はマツさんから大量の仕事を覚えさせられた。朝四時には起床し、炊事場に井戸から水を運び、朝の食事の準備を手伝う。昼間は川の冷たい水で多量の洗濯物を洗う。それが終わると、屋敷の廊下を拭いたり、掃除をした。それらの仕事を終えた頃には夕方になり、夕御飯の支度を行いつつ、顔や手を炭で真っ黒にさせながら風呂場の薪を炊いた。夕御飯が終わると、夜なべをしていた。就寝は既に日をまたいだ時だった。こうして、初めの一週間は慣れない環境の下で仕事を覚え、時間内にこなしていく事に必死だった。

ある日、私は洗濯をし終え、マツさんに確認をしてもらうと、汚れが落ちていない箇所が見つかり、こっ酷く叱られ時があった。「何をしているんだい!」と大声で周りの女中達がいる中叱られ、洗った洗濯物を私の身体に当たるように投げ飛ばされた。私は必死に謝り、散らばった洗い物を回収し、再び洗いに行った。
歩いていると、私は次第に溢れ出る涙を堪えるのに必死だった。決して怠けているわけでもなく、必死に仕事をこなしていたので、報われない日々に精神的に疲弊していた。
家に帰りたいと、何度心の中で叫んだろうか。
優しい祖母や母の温もりに触れたい。幼い兄弟達と遊びたい。
私は川岸に着くと、腕に力が無くなり、洗濯物を入れていた桶を落とした。そして、膝を折り、その場に立ちすくんだ。
水面に映る自身の姿を見ると、酷く疲労していた。目の下に隈を作り、少し痩せたような気がする。
私は堪えていた涙が勝手に溢れ出した。
泣いても、今の私には頼る人がいないのだ。
家族がいない所で、私は必死に働かなければならない。
頭の中で分かっていても、辛い現実に向き合いたくないと思ってしまう。

この川に身を任せば、家族の元に辿りつく事ができるのだろうか――。
ふと、私がそう思っていた時だった。

「あれ…?加代じゃないか!おーい!」

背後からイズナ様の声が聞こえたので、私は涙を拭き取り、勢いよく振り向いた。川沿いの堤防にイズナ様とマダラ様が立っていた。そして、イズナ様が手を振って、私の元に駆け寄って来たので、私は立ち上がり、一礼をした。

「どうしたの?こんな所で。」

私は泣きべそをかいた顔を見られたくはなかったので、顔を俯かせていた。イズナ様は頭を傾げ、私の顔を見ようとする。

「洗濯物をしていたんです…あ、あの…イズナさまは修行をしていたのですか?」

私は誤魔化すように、別の話題を振った。

「うん、そうだよ!兄さんと一緒に修行をしていたんだ!」
「そうなんですね…!お疲れ様です」
私は頭を下げた。
「加代…少し元気がないみたいだけど、大丈夫?お仕事大変なの?」

イズナ様は顔を近付け、私の顔をまじまじと見つめた。私は顔を見られたくなかったので、少し俯かせたまま、徐々に後退していく。

「いえ…!大変ではないです…!むしろ、お仕事をいただけて、嬉しいです」
「加代…ちょっと顔を見せて」

その時、イズナ様の手がすっと伸びると、私の頬に触れた。私は驚いて思わず顔を上げると、イズナ様が不安そうな瞳で私を見つめていた。

「加代…泣いていたの?」

イズナ様は人差し指で涙の跡をなぞった。私は何故か、今まで溜めていた涙が再び溢れ出すと、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

「加代、やっぱり辛かったんだね…何かあったんだね…」

イズナ様は私の背中を摩ってくれた。イズナ様の優しさに私は勝手に甘えてしまい、大きな声で泣いた。
思う存分泣き、次第に落ち着きを取り戻し始めると、私は手で涙を拭った。

「こんなお見苦しい所を見せてしまって、申し訳ございません」

私はイズナ様に一礼をすると、イズナ様は私の両肩を握った。

「二人だけの時は、そんなに固くならないで。オレは加代の事、友達だと思っているから。」

イズナ様は布を取り出すと、私の頬を優しく拭った。

「そ、そんな…私は女中ですから…」

内心ではイズナ様に「友達」だと言われ嬉しかったが、マツさんに教わった事を思い出し、そう言った。

「オレは女中とかそんなの気にしないよ!加代はオレの大事な友達だから!」

イズナ様は私の両手を握った。
その瞬間、私は急に顔が赤くなり、戸惑ってしまった。

「ふふ!加代、顔が赤いよ!タコみたいだ!」
「だって…イズナさまが急に握るから…!」

イズナ様は大きく口を開き、笑っていた。
その時の笑顔は、私が初めてイズナ様と会った時と変わらず、太陽のように眩しく、今の私の心に光をもたらしてくれた。
この笑顔で、私は救われた気がした。
私達は互いに大きな声で笑っていると、マダラ様が堤防から降りて来て、私達の元にやって来た。

「マダラさま」

私はマダラ様に一礼をした。
顔を見上げてマダラ様の顔を見ると、少し苛立っている様子だった。

「イズナ、早く帰るぞ。いつまでオレを待たせている気だ」
「ごめんね!兄さん。オレ、もう少し加代と話していたいんだ。待たせてしまって申し訳ないんだけど、先に帰ってて!」
「なに?オレを待たせた上に、先に帰れだと?」

マダラ様は私に視線を変え、睨んでいた。私は居た堪れなくなり、顔を俯かせてしまった。

「ごめんね、兄さん…もう少し加代と話していたいんだ。」

イズナ様は眉を下げながら、上目遣いにマダラ様を見つめた。マダラ様はイズナ様の嘆願する姿を見て、溜息をつく。

「分かったよ。ただし、夕食までには帰ってくるんだぞ。」

マダラ様は渋々承諾をすると、私達に背を向け、目に見えぬ速さでその場から立ち去った。
イズナ様は「さて!」と言い、手をぱちんと胸元で叩くと、私の隣にある大量の洗濯物が入った桶を持ち始めた。

「イズナさま!お止め下さい!私の仕事ですから…!」
「オレも手伝うよ!こんなに沢山の洗濯物、大変でしょ?」

イズナ様は服の袖をまくり、洗い始めようとしたので私は慌ててしまった。

「イズナさま、本当に大丈夫ですから…!」
「まあまあ、オレに任せて!」

イズナ様は私の肩に手を置いて宥めると、洗濯板を持ち洗い始めた。私は膝を折ってしゃがみながら、イズナ様が洗っている姿を見つめていた。
――とても優しいひと。私はここで働けて良かった…。一生この屋敷で働いて、イズナさまを支えていきたい…。
私は一所懸命に洗うイズナ様を隣で見ながら、心の中で強く思った。


私達は交代をしながら全ての洗い物を終えると、うちはの屋敷に戻った。
イズナ様は私が疲れてはいけないと言って、私の代わりに、洗濯物が入った桶を持ってくれた。優しい気遣いに私は嬉しく思ったが、洗濯の手伝いをさせた上に桶まで持たせてしまい、申し訳なく思っていた。何度も謝り、桶を持つと言ったが、イズナ様はその度に「大丈夫だよ。こんなに重い物を女の子に持たせられないよ」と言って、待ってくれた。

屋敷が着いた頃には、日が暮れ始め、空が紫色に染まっていた。
イズナ様は女中が使用する裏口まで、私をわざわざ送ってくれた。

「イズナさま、本当に本当に…ありがとうございます!感謝しきれません。」

私はイズナ様から桶を受け取ると、深々と頭を下げ、礼をした。

「そんな大した事してないよ!友達が困ってるんだから、助けるのは当たり前だよ!」

イズナ様は笑みを浮かべ、頭を掻いていた。

「加代、またお話ししようね!オレ、今まで兄弟しか話す相手がいなくて、君みたいな同じ年の子と話せて楽しいんだ」

―― 私と話せて楽しい…。

私はその言葉を聞いて、何故か顔が少しずつ赤くなっていった。

「オレ達、身長も同じ位だしね!ほら!」

イズナ様は私に近付き、背比べをした。あまりにも顔が近いので、胸がどきっとしてしまい、瞬きをした。

「まあ、大きくなったら、すぐに加代の身長を越してしまうだろうけど!」
イズナ様は手を腰に当て、自慢気な表情を浮かべた。
「そんな!私もイズナさまに負けない位、大きくなります!」
私も張り合うように、背伸びをした。
「ふふ!オレも負けないぞ!」

私達は互いに大きな口を開けて、時間を忘れて笑っていた。こんなに笑ったのは、いつ以来だろうか。イズナ様と話す事で、疲れた心が次第に癒されていく。そして、再び頑張ろうと心から思えたのだった。

「あ、もうこんな時間か…」

日が暮れてしまい、辺りが暗くなり、屋敷の灯籠に灯りがつき始めると、イズナ様が呟いた。

「そうですね…あ、そろそろ夕食の時間ですし、早めにお戻りにならないと…!」
「そうだね!兄さんに叱られてしまうね」

「へへっ」と舌を少し出しながら、お茶目に笑うイズナ様を見て、私は少し笑みを浮かべた。

「じゃあ、オレはそろそろ戻るよ。加代、じゃあね!お休みなさい!」
「イズナさま、お休みなさい…!」

イズナ様が手を振り、去っていく姿を最後まで見届けながら、私も手を振っていた。
そして、私は樽を持って、晴れ晴れとした気持ちで炊事場へと向かった。


***


この屋敷で働いてから、ちょうど半年が過ぎようとしていた。
私は大分仕事にも慣れ、休みなく毎日働いていた。
時たま、屋敷の掃除をしているとイズナ様に出会い、その度に私に話しかけてくれたので、忙しい日々の中でも、イズナ様との会話が唯一の楽しみとなっていた。
こうして、私はマツさんに叱られながらも、イズナ様がいるだけで、私は疲れる事なく仕事に勤しむことができた。
分け隔てなく優しく接して下さるイズナ様の優しさに、何度救われただろうか。
いつか、この恩義に報いることができればと思った。

忍の世界の詳しい事情は知らないが、ここ最近、戦が多くなり始め、イズナ様は十歳を迎えているからか、タジマ様や他の御兄弟と共に戦に赴いていた。
私はイズナ様が戦に出る度に、胸が締め付けられる思いがした。
仕事を終える度に、私は神社に行き、イズナ様の為に祈った。
イズナ様が屋敷に傷を負う事なく、無事に帰って来て下さるだけで、私は嬉しかった。
屋敷の柱から、こっそりイズナ様が御帰還する姿を見ては、私はイズナ様の元に駆け寄りたった。しかし、私は女中という身分から、そのような事はできない。陰ながらに、見守るしかなかった。


ある日のことだった。
ここ最近、とある一族との戦が激化し、その戦でタジマ様の御子息が亡くなられた。
生き残っているのはマダラ様とイズナ様のみとなってしまった。
その一報が入り、屋敷中、悲しみに暮れていた。
葬式を行う暇もなく、次の日には、また戦に駆り出される。容赦の無い、残酷な日々が続く。私はますます不安な毎日を過ごしていた。イズナ様やマダラ様は表情を変える事なく、戦に出ていた。私はそんなイズナ様を見て、心配になっていた。泣き出してしまいたい気持ちを隠し、ずっと耐えているのではないかと。

夜になり、私は仕事を終えると、喉が渇いたので水を飲みに外に出ていた。
今夜はとても月が綺麗だった。満天の星空が広がっている。
その時、裏口を開ける音がしたので、私は音を立てずに近づいた。すると、小さな影が見えたので、私は後をついて行った。
影をよく見てみると、その正体はイズナ様だった。
何故、こんな夜中にイズナ様は屋敷を出たのだろうか。
私は心配になり、イズナ様の後を追った。
イズナ様は屋敷から少し離れた、山の中へと歩いて行った。険しい山道を通り、切り開かれた丘に出た。
そこは、この辺りの集落を見渡せる程の景色が広がっていた。イズナ様は丘に座り、寝転がった。私はその様子を近くの木に隠れて、見つめていた。

「加代、出ておいで」

その時、イズナ様に呼ばれ、私は肩をビクッと振るわせると、返事をして、イズナ様の元に駆け寄った。

「すみません…イズナさま。こっそり後を追ってしまって」
「いいよ、別に」

イズナ様はぽつりと呟くと、私はその隣に座り、満天に広がる星空を見つめていた。

「とても綺麗な場所ですね」
「でしょ…辛い時には、ここによく来ているんだ」

――やはり、御兄弟が亡くなられて辛いのかしら。

私はイズナ様の横顔をこっそり垣間見ると、イズナ様の頬にきらめく何かが伝っていた。イズナ様は、すっと身体を起こすと、私から顔を背けて涙を拭っていた。

「イズナさま…」

私はその姿を見て、かつての自分を思い出した。
貧しさ故に、兄弟が幼くして亡くなった時に悲しんだ日々を。
イズナ様から何も聞いていないが、泣いている理由が私には分かった。
そして、過去の自分と重ね、その苦しみを少しでも分かち合う事が出来ればと、私はイズナ様を後ろから抱き締めた。

「加代…」
「何も仰らなくても、私には分かります…悲しい時はこうしていれば、少しでも心が安らぐから…」
「……加代、オレ、やっぱり、兄弟が亡くなるのは辛いよ」

イズナ様はすすり泣くと、私の手を握りしめた。

「やっぱり、オレが弱いからいけないんだ…」
「そんな事はないです…イズナさま、自分を責めないで…お願いですから…」

イズナ様を私はより強く抱き締めると、私は少し涙をこぼした。イズナ様の背中から、深い悲しみが身に染みて感じられたのだった。
 
「加代、ありがとう…」

イズナ様は泣きやむと、私の手を取り、ゆっくりと私の方へと振り向いた。

「君はやっぱり、優しいね…友達になれて良かったと思ってるよ」

イズナ様は涙を拭いとると、いつもと同じように笑みを浮かべた。

「イズナさま…私も貴方様と友達になれて良かったです」

私もその笑顔に呼応するように、口元に笑みを浮かべた。
イズナ様は再び、野原を背にして大の字にして寝転がった。

「加代も寝転がりなよ!」

イズナ様に言われ、私は同じように寝転がると、この世を包み込むような星空が目の前に広がり、私は思わず感嘆の声を上げた。

「わぁ、とても綺麗…!」
「でしょ?あと、こうしていれば、涙が零れなくて済むしね…」

私は顔をイズナ様の方へと向き、手を握った。

「…私はイズナ様のお側にいますから。辛い時はまた呼んでください」
「…加代…ありがとう…」

私達は互いに顔を見合わせた。
私がにっこりと笑うと、イズナ様も同じように笑顔を浮かべる。

私達はその晩、この星空の下で一夜を過ごし、互いの絆を深めていた。


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