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ある夏の夜のことだった。
オレは湯浴みを済ませ、小夜の部屋に向かっていた。
誰にも邪魔をされる事のない、あの離れ家はオレにとって安らぎの場と言える。小夜と夜を共にして、何年も経っているが、足が遠退く事はなく、寧ろ戦がないときは毎日と言って良いほどに小夜の元に通いつめていた。今まで何人かの女と関係を持った事があったが、これ程まで夢中になった女はいなかった。小夜と出会い、一人の女を愛する事を知ったオレは今までにない幸せというものを感じていた。
オレは渡殿を渡り、小夜の部屋に着くと、襖を開いた。
すると、其処には……
……既に敷かれている布団の上には、小夜がいた。
蚊帳の中にいるからか、月の光に照らされる事によって、艶かしい雰囲気を醸し出し、思わず息を飲んでしまう。
「……マダラ様…」
オレは蚊帳をくぐり、小夜の近くに座る。
「……本を読んでいたのか。こんな暗い部屋で読むと、目が悪くなるぞ」
「すみません……つい…読んでしまって。あの……マダラ様、この字は何と読むのですか?」
「どれ、見せてみろ……」
オレは小夜を抱くようにして、体を密接させた。そして、小夜に字を教えてやると、暫くの間、小夜が本を読んでいる姿を見つめていた。
普段は髪を結い上げているが、今は髪をおろし、耳にかけている姿は誠に艶がある。
「……面白いか?」
「ええ。とても面白いです。読んでいて飽きません……」
「……そうか。小夜はオレと本、どちらが好きか?」
オレが悪戯心で小夜に問うと、小夜はきょとんとした様子でオレを見ていた。
「……そうですね……本の方が好き…かもしれませんね……」
「……なんだと?」
オレが小夜に詰め寄ると、小夜はオレの元から離れて、クスクスと笑っていた。
「嘘ですわ。」
「此奴め……オレをからかったな」
オレが小夜の元に近付くと、小夜は蚊帳をくぐって蚊帳の外に出た。オレは小夜の悪戯に乗ってやろうと、蚊帳の外に出て、小夜の後を追った。小夜は楽しそうに柱の影に隠れて、オレの方をちらりと見ていた。まるで子供の頃に戻ったように、オレと小夜は遊んでいた。
「早くお前を捕まえてやる。覚悟しておけ」
「フフ、鬼さん、早く捕まえて下さい……」
小夜は縁側に出ると、大きな柱の影に隠れて身を潜めていた。
オレは探しているような素振りを見せて、小夜の元に近付くと、小夜は更に身を小さくしてオレの様子を窺っていた。
「此処だな! 見つけたぞ、小夜…」
オレは柱に手を置き、小夜を逃がさぬよう腕の中に収めた。
「フフ、見つかってしまいましたね…」
「このオレに手間をかけさせた罪だ。今夜は容赦はせんぞ。」
「……許して下さらないのですか?」
「フン、謝罪の言葉はあとで十分聞いてやる」
オレは小夜を抱き上げると、蚊帳をくぐり、小夜と共に布団の中に入った。そして、近くにある小さな灯台の光を消し、部屋を暗くすると、早速小夜を抱こうと試みるが……
小夜は目をうとうとさせて、眠そうにしていた。
「フッ、まるで子供のようだな。」
「すみません、少し眠くて……」
「オレを前にして、居眠りを始める者はお前が初めてだ。」
オレは小夜を腕に抱きながら、頬を軽くつついていた。可愛らしい寝顔を見納めるのもたまには良いかと思い、今夜は小夜を抱く事がなく、朝まで心地よく眠ってしまった。
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蚊帳はやっぱり色気があるなぁ…と思い、またまた書いてしまいました。