テスト週間、か。

  
 いつもならばある放課後の部活もなく、担当教科のテストは早々に作り終えてしまっていよいよやる事が無い。
 校内は全面的に禁煙で手持ち無沙汰だし、もう帰っちまおうかななんて考えながら通りかかった教室、から
 自分を呼ぶ声がして、佐々木圭介は振り返った。

「せんせー、もう帰るん?」
「うわ、給料泥棒や」
「デートっすか!!」

 好き勝手言って来るのはすっかり見慣れたメンバー。
 北里、猫丸、吉田、奥田、岡部、涼木、茅野、杵豆。
 タイプの全く違う連中だが何が面白かったのかよくつるんでいる。そしてやたら絡まれる。酔っ払いかお前ら。
 暇つぶしにはまあ、良いかなと開けっ放しの戸をくぐる。
 誰が給料泥棒だオメーら。空いた椅子に腰を下ろし失礼な発言について咎める。

「ささせんテストつくらんの?」
「とっくの昔に作り終えたわ。小一時間でちょちょいのちょいしてやったわ」
「まじかよ、ってことは今後の授業内容ってもしかしてテストに出ぇひんの?」
「あ?進める予定のとこまでがっつりテスト問題に組み込んだが?」

 お前らの出来によっては習ってないとこがテストに出るかもなぁ?
 その言葉に、一斉に凍ったのは吉田、奥田、杵豆、茅野。英語の平均点以下ないし赤点常連組だ。
 杵豆は勉強ができない訳ではないのだが、何故か英語だけはいつも点が思わしくない。
 逆に茅野は次が赤点だと進級不可だった筈である。ひときわ顔が青い。

「お、おいぃふざけんな!!横暴やぞ!!!!」
「はぁん?お前らがきちんと予習復習やって授業に臨めばテスト当日までに余裕で終わる範囲だぞ、どこが横暴なんだ」
「く、くそーーーーー!!!!」
「職権乱用やろ…!」
「なぁきちさんこれやばいんとちゃう」
「くっそささせん呪ったろか」
「いやそれは吉田がベンキョー頑張れや」
 
 冷静にツッコミ返したのは北里。見かけ派手なのにかかわらず、勉強は良く出来る。
 国語だけはどうも苦手らしいが他は大体平均点の30点上ぐらいを行ってる秀才君だ。


「北里の言う通りだぞ吉田、がんばれがんばれ」


 あっはっはと他人事なので盛大に笑いながら「で?いまなにやってんの?」。
 と、涼木がプリントをぺら、と佐々木に見せた。現代国語らしい、内容にざっと目を通す。

「なに、現国こんなお遊びみてーなことしてんの?今」
「せやねん久松(現国教師)彼女と喧嘩したからって奴当たりやろこれ」
「なんという私情。ナニナニ、『恋は』のあとに続く言葉を考えろ…?イヤその前に考える事あるだろ久松」  
 このクソ忙しいテスト週間に、これ明日提出なんですよーと猫丸。笑顔だが、目が笑ってない。
 これは久松、テスト後に突然死でもするのではなかろうか。先にご冥福を祈っておこうと思った。
 しかし結構ねちっこい上にあの男どことなく自分に向ける視線がやらしかった事を思い出してやめる。
 こんな美少年に殺されるなら思い残す事も無かろう。
 あいつホモだぜとこの少年達に言うのはやめておいた。流石に可哀想だ、彼らが。  

「で、お前らこれに何いれたの?」
「思いつかないから居残ってるんですよ」

 困ったように岡部。まあ、困るだろうなこんな課題。
 下手な事書いてみんなの前で読み上げられてみろ、恥ずか死する生徒が続出するに違いない。

「こっぱずかしいこと書きたくねーもんなァ、でも国語ってそういう教科じゃね?今の自分が思う事書いとけば?」

 他人事かよ!と大ブーイングの生徒達にだって俺かんけーねーもん、と一笑。
 そう、どう喚こうとテストを受けるのも赤点をとるのも彼らなのだ。

「そこんとこどーなんだよ、お前ら的に恋って」

 正直、興味がある。今彼らの視線が交わる事無く交錯し合ったことに。
 不毛な連中だな…と思う。何が楽しくて男同士。
 佐々木は自分の弟を思い出した。彼が今通っているのは男子校だから、それならまだしも、ここは共学である。
 どういうことなんだよ…最近の高校生マジ未知数だわ。

 

「恋、」

   

 最初に発したのは猫丸だった。ちらり、と北里に視線が行く。彼は分かりやすい、北里の事が好きだと言うのが誰にでも伝わって来る。
 当の北里本人以外には。猫丸もそれは分かってるらしくすぐに苦しそうに口元を緩めて、プリントに視線を落とした。
 それをきっかけに、全員がプリントにシャーペンを走らせ始めた。集団での学習はこういうことがままある。
 踏み切れなかっただけで、皆何かしら考えていたのだろう。一カ所動けば、あとは芋づるだ。
 カリカリカリカリ、と黒鉛が紙を引っ掻く音。眠くなるんだよなーこれ、と欠伸を一つ。
 しかし真剣な彼らの、鼻が紙につきそうな位近い横顔は、とても良いと佐々木は思う。もう帰れない空間だ、帰る気もないが。
 かけた、とやはり最初に声を上げたのは猫丸。痛い位真っ直ぐで、泣ける。泣かないけど。
 そうして徐々にみんな上がりを告げていき、最後は北里がおわったー!と椅子を軋ませ背もたれに体を預けた。

「よし、じゃあ見せてみろ」
「はぁ!?」
「俺になら見せても恥ずかしくねーだろ?どうせお前らあとで何かいた〜?なんて言い合うんだからここで言っちまえ」
「ささせん卑怯!!!!」
「何とでも言えば良いさ、じゃあ猫丸」
「…『恋はいと成り難し』。」

 リップをきっちり塗った唇から零れた言葉は意外にもカタく、ああさっき北里に何か聞いてたのはこれかと佐々木は納得する。
 まあ、少なくともお前の恋はなぁ、苦笑しながらじゃあ次岡部、と振った。

「こ、『恋は魔法』。」

 これもまた彼らしい。何の必要があるのか常に抱えている黒魔術の本を見ながら思う。
 わからなくはないな、と返して吉田に振る。

「『恋は猛毒』。」

 なるほど盲目とかけたか。しかしこれは少し意外な結果だった。何かもっとこう、冷たい答えを想像していたのだが。
 すると吉田の視線が一瞬だけ猫丸と北里の方に向いた。噫、そういう。自分の事じゃなくてお隣の事な。
 思えば奥田とずっと一緒に居る彼に恋、片思いなんてあまり身近では、無いのだろう。じゃあ次茅野。

「『恋は届けるもの』っすかね。」

 バンドやってる奴の答えだな。この思いを歌にして届けちゃう感じか、と問えばうす、と照れたような返事。
 届けたい相手も居るみたいだし、というのは黙っておいて、次ーと涼木を指名する。

「えっと、『恋は青い鳥』。」

 ポエミーやん!と北里が笑う、多分賞讃しているんだろうが涼木は恥ずかしそうにすみません、と呟いた。
 幸せを運ぶ、と。確かに涼木は割といつも幸せそうにしているように思う。良い事だな、さて次杵豆。

「『恋は、災害』。」

 予測も回避も出来ない、と続ける。なるほど一理ある、まあでも運んで来るモノは悪い事ばかりじゃなかろう。
 すくなくとも今杵豆の表情は明るい。さてこうなるとあと二人がどうだろうか、と奥田を指名する。
 ぐ、と奥田は一瞬口ごもったが、観念したように息をついた。  

「『恋は、可能性』。」

 変化球、とも思ったが彼にとってはきっと恋なんてきっかけに、過ぎない。さっきから吉田を見てるのがばればれだ。
 これは完全に本人にもバレていて、ガタっという音と痛ッという声が同時にあがった。蹴られたか…
 ラブラブかよーーーー羨ましいなくそ、なんてちょっと妬きつつも、最後に1番予測の出来ない北里に振った。
 が、何故かすごく、渋る。だってみんなこんな真面目に書いてるとかうわーうわーなんて言い出して。
 しびれを切らした吉田がプリントを破り散らす勢いで引き摺り出した。
   

「恋は、」


 そこで、吉田がぴたりと停止する。何が書いてあったのだろう、一同が注目する中吉田はゆっくりその場に崩れ落ち。
 爆笑。それはもうこの上ないでかい声で。
 きちさん、なんて奥田が声をかけてもそれは全く止まらず、床を転げ回る勢いで笑うもんだからこいつ死ぬんじゃないかと誰もが心配になった。
 北里だけはむずっとした顔でクッソまじきちだクッソ!!!とほざいているが。猫丸が机に放られた北里のプリントを手に取った。

   

   

   

   

『恋はいつでもバーニング』

   

   

   

   

 やっぱり全員崩れ落ちた。この手のボケには強いボケ潰しの涼木でさえも、口に何か含んでいたら噴き出す勢いで。
 佐々木もさすがに耐えれず机に突っ伏した。駄目だ、こいつ、勉強はできるくせに阿呆の申し子だ、やばいこれは。


「ちょwwwwwバーニングwwwwwちょwwwwwwwwwあかんwwwww」
「りむくんwwwwwwwwしかもいつでもwwwwwwwwwくっそwwwwwwww」
「あかんクソワロタ」
「きちだ真顔やないかwwwww気が済んだんか」
「内心まだまだ大爆笑や」
「きちだァ!!おま、クッソ、おまえ!!!!」
「じゃかあしいわバーニング」
「言うなや!!!!!!!!」
「これはwwwwwww確実にwwwwwwwwあかんパターンwwwwwwww」
「もうおまえこれで行けやwwwwwww授業で爆笑狙えるでwwwwwwwww」
「北里君wwwwwwwwふ、ふはははwwwwwwww」
「あかん瑠騎君言葉に成ってへんwwwwwwwwwwwww」
「いやー北里お前すげえわぶふっ、先生感服だわ」
「ささせんまで!!!!笑いこらえてんのが何か虚しいからやめてや!!!!!」
「ぶっはwwwwwwじゃあ笑うwwwwwwまじ北里wwwwwwwBURNINGwwwwwwww」
「無駄に良い発音辞めぇ!!!!!!」


 げらげらと騒々しい声の合唱が暫く続いたが、何とかその場はお開きになった。
 とりあえず全員プリントも埋まったのでいそいそと帰り支度を始め、教室をあとにする。
 当日頑張れよーと笑い気味に言ってやれば北里に睨まれた。鈍いどころか阿呆のこいつが愛されるのはまあ至極当然だろう。

   

   

   

      

「恋、な」

   

   

 まぼろし、うたかた、まやかし。
 ろくな言い回しが無い。教室の戸締まりを確認して廊下に出ると、窓の向こうに一人、見知った顔の人物がいた。
 しかし、声はかけない。まっすぐ歩いて行くその横顔の、すっと通った鼻筋と、きりりと結ばれた口元を見送った。
 色素の薄い、華奢な、手首を、腕を、首を。変態か俺は、と叱咤したって、綺麗なものには惹かれるし、眺め続けていたいと思う。

   

 まぼろしも、うたかたも、まやかしも

   

 それは恋じゃなく、彼につけるべき称号。

   

   

   

   

【 たそがれ 】

 

    

   

  

(手に入れたいけれど)
(触れた瞬間、溶けて消えてしまいそうだ)

   

      
   
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