面倒ごとに巻き込まれるのはもう毎度の事なんですが。
 
「これ定例遅れるんじゃね」
「アー風紀の連中また小煩ぇぞ。ていうか誰だよ」
「僕に聞くなよ」
「お前のファンじゃねぇのかよ」
「同じ質問返すわ」

 六限が終わり、月に一度開かれる各委員会の定例会議へと向かう中庭。
 現行生徒会の副会長である内田と、書記の村井は囲まれていた。
 誰もが手に手に鈍器を持ち、ナイフなんて物騒なものを握っているものも居る。
 またかよ、と呆れた顔をしたのは内田。
 どこの誰かなどわからないが、目的はわからなくもない。何かと敵の多い自分たちだ。
 囲まれてそのまま喧嘩に雪崩れ込む事など珍しい話でも何でも無い。ただ相手が多いと面倒というだけで。
(そもそもサシで挑まれた事など一度だって無いのだが。弱者は群れるとかいう何処かの漫画を思い出す)
 最短記録目指しますかね。なんてつまらない提案を飲み込んで、抱えていた段ボールを脇に下ろした。
 定例会議で使うプロジェクターが入っているので、これだけは大事の無いように扱っておきたい。
 ただでさえ、やれ備品を壊した、やれ部外者を怪我させたと生徒会の仕事とは全く関係ない所で諭吉に羽が生えるのだから。
 ――と内田は思ったが、そういえば自分たちには最高に理不尽な汚れ屋会計がいるのだった。まぁそれはさておき。
 二人を囲む連中に一瞥をくれる。厄介な事に上級生も居た。まったく、受験勉強でもしていろ暇人め。
 
「僕と村井に用事、ってことでいいのかな?」
「まぁ、生徒会なら誰でもいいな」
「へえ、無差別はよくないね」

 品行方正に着こなしたブレザーのボタンをひとつ、ふたつと外しながら、内田は右の口端だけを挑発的に歪めた。
 規定の範囲内に十分留まる大人しい黒髪をした少年、それが内田村長の外側だ。
 しかし中身を暴けばそれだけではない。それが現れている箇所を挙げるならば、両耳を穿つピアスとこの笑みだろう。
 ついでに隣の村井は既にアップも終わっている状態だ。そもそも彼は常時臨戦態勢と言っても過言ではない。
 見かけ通りの、いわゆる”ヤンキー”。当人曰く「卒業した」そうだが、とてもじゃないがそうは見えない。
 因みに村井自身は努力しているようだが、売られた喧嘩は選り好みなく買っているのであまり大差は無さそうだ。
 丸腰の二人を見て、リーダー格と思しき男子生徒はにや、と嫌な笑みを浮かべた。

「安心しろ、こんだけ人数いるけど一人ずつ、順番に、相手してやる」
「それはフェアなつもりかな?偉そうに言えた義理じゃなくね」

 ナイフを握った手を見ながらそう返すと、馬鹿にした様な笑いをまた返される。
 刃物に警戒しているととられたようだ、冗談じゃない。
 舌打ちする内田の向こうで、村井が特に構わないといったていで、

「めんどくせえからいっぺんにかかって来りゃあ良いだろ」

 と発した。それを受けて内田が身の丈に合わぬ豪快な笑いを飛ばす。
 本当に強がりでも何でも無い顔をして言うものだから、相手の方もカチンときたようで。

「…はっ、そいつは負けた時の言い訳に苦労しねぇだろうな」
「お前らが負けた時の言い訳が無くなるだけだよ」

 言うが早いか、内田の室内履きが地面を強く蹴った。正面にいた生徒のネクタイを掴み、もう片手で顎に強烈なアッパー。
 それが開始の合図と言わんばかりに、張りつめていた緊張の糸があちこちで切れる。
 あんまり狭い所で乱闘沙汰は御免被りたいのだが、始まってしまってから言える文句でもないので黙っておいた。
 両側からの攻撃をそれぞれいなし、足をかけて互いの額を激突させる。
 ちら、と視線を泳がせると、少し向こうに紛うと無き修羅が暴れているのが確認出来た。
 鋭い蹴りと重い殴打で次々相手を叩きのめして行く村井にはもう拍手以外に送れるものが無い。
 これは彼一人でも充分だったような気がする。喧嘩に於いて背を分ける事は多いが、村井だけは敵に回したくない。
 いや、訂正。生徒会の連中はどいつもこいつも敵に回したくない。脳裏を過る秋雨に、内田はかぶりを振った。
 あの洗脳系極めた様なスキル持ってる奴も大概相手にしたくない。普通に怖い。
 内海もあれでいて好青年の一言では片付かない部分があるし、佐々木は何かと面倒だ。扱いが。メンヘラ女子か。
 などと考えている間に、片がついてしまった。昼下がりの中庭に立っているのは内田と村井の二人だけである。

「えっ早くね」
「骨の無い奴らだ」

 不服そうに呟く村井の頬にしっかり返り血が飛んでいるのも何だか見慣れてしまった。
 村井君ってかっこいいよね〜とか噂してる女子達に一連の修羅然とした姿を是非見せてやりたい。
 でも多分何だかんだ賞讃されてしまうだろうからイケメンという奴は何をしても得な存在である。
 内田の視線に気付いたのか村井は手の甲で頬を雑に拭い、時計を見て笑う。
 
「まぁでもこれ定例間に合いそうじゃね」
「馬鹿言えもう始まってるわ、いい加減開始時間覚えろ」
「おっふ」

 急ぐぞ、と内田は転がってる連中を掻き分けてプロジェクターの箱を引っ張り出し、そこで重大な事に気付いた。

「し、死んでる……」

 そう、箱が原型の半分留まっているかどうかと言うくらいにひしゃげ、箱の隙間から割れたレンズが零れているのである。
 恐る恐る蓋を開けて覗き込んでみると、上部は散々に亀裂が走っていた。
 投影部分はもう目も当てられないほどに壊れている。
 内田は魂の抜けた様な顔で、力無くその場にへたり込んだ。
 自分の責任だという事と、これ弁償額一体いくらになるんだろうという絶望感に顔面蒼白状態である。
 バイト入れる日増やさなきゃな、とか親になんて言おう、とかいう事ばかりが脳内をぐるぐると泳ぐ。
 隣で一緒に覗き込んでいた村井が、不意に「あ、」と声をあげた。

「………悪い内田、それやったの多分俺だわ」
「え、」
「その段ボールの上に一人投げ飛ばしてこう、叩き付けた記憶が」
「…おっふ」

「お二人さん何してんの」

 と、何とも言えない空気が流れる所に、突然背後から声がかかった。
 振り向けばよく見慣れた金髪が、ファイルを小脇に立っている。

「裕介」
「よー村長、顔色悪いけど大丈夫か」
「えっあっうん、大丈夫ではないかな」
「まじかよー何で俺呼ばなかったんだよー」
「誰が好んで足手まといわざわざ呼ぶんだよ」

 ひっでぇ、と笑う佐々木は御存知の通り見かけ倒しヤンキーである。喧嘩はからっきしだ。
 なのに何故か喧嘩と聞くと参加したがるし、いざやらせてみれば良い迷惑なので最近マゾじゃねーかという疑惑もあがりつつある。

「俺アレじゃん一騎当千的な、勝てる勝てる」
「お前もとうとう国語力が死んだの?」
「喜一と同レベルみたいな言い方やめてくんない?」
「その基準は俺なのかよ」
「日本語できなすぎて異星人かと思った」
「よーし表出ろ」
「もう出てる」

 言いながら佐々木の視線はプロジェクターの方へ移り、それから得心いったという顔になる。
 相変わらず日焼けを嫌う腕がすいと伸びて、箱に触れた。それからふーん、と気の無い声をあげ、

「で、誰がやったわけ」
「俺」
「そーじゃなくて、」

 申し訳無さそうな顔の村井に佐々木はアタマわりーこと言ってんなよ、と言わんばかりの顔をする。
 それからマゼンタのスライドを取り出して、いつもの嘲笑めいた笑みを口の端にひっかけた。

「誰がやったってことにしとけばいいわけ」

 




 [ 汚れ仕事 ]





「ていうか定例どうした」
「秋雨が居ないからまだ始まってない」
「あのやろう」



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