「大変だよ村井!村長の身長が僕と同じくらいになっちゃったよ!!」
「は?」

珍しく朝から内海がいる、と思ったら最初に投げられた言葉は挨拶ではなくそれだった。
まさか。いやそんなまさか。内田と内海の身長差なんていったい幾つあると思ってんだ。
昨日も会ったけど相変わらず150中盤ぐらいの身長だった。そうだった筈だ。一晩でそんなに伸びてたまるか。

「いやいや、ないだろ」
「ほんとだってー!あんまりにも成長痛が酷いから今日は休むって」
「まじかよ」
「大丈夫かなぁ…」

内海は人の心配をする前に自分の心配をして欲しい…と思ったが今日は珍しくいつもの血が口元に見当たらない。
とはいえ油断は出来ないだろう。いつでもどこでもどんな状況でも吐血の可能性は有り得るのだ。
生徒会メンバーがティッシュなりハンカチなりを携えるようになった主な原因は彼である。
話がずれた。概ね何か言えない理由で休んでいるのだろう、診断書が下りてないということは病欠ではないのかもしれないし。
一体何があったんだか、さほど興味無さげに思っていると信じてない事が顔に出ていたらしい、内海がもう、と顔を顰めた。

「ほんとだよー、目線の高さもしっかり合ってたんだからね」
「あーはいはい」
「昨日飲ませた薬がまずかったかなぁ」
「何飲ませたんだ」
「あのね、最近趣味でちょっとした研究をしてて」

そこから内海の長い説明が始まった。ナントカに含まれるホニャララという成分が骨の成長に深く関わっていてそれを取り出してうんたらかんたら。成分名やらがよく分からなくて聞き流していたのだが、こんなに淀みなく説明されては流石に信憑性が出て来た。
内海は頭がいい。生物や化学の類も結構優秀だった筈だ。
白衣を着てマスクをつけフラスコを揺らす姿を想像したがサマになり過ぎていて違和感が無い。
まさか本当なのだろうか。まさか、いやそんな。

「…って訳で、多分それのせいで村長の身長が急に伸びちゃったんだと思うんだ」
「僕がなんだって?」

声に振り向くと、いつも通り自分たちよりも目線の低い内田が立っていた。良かった、やっぱり嘘だった。村井は安堵する。

「いくら村井でもそんなスケールでかい嘘に騙される訳ないじゃん」
「でもちょっと信じかけた顔してたよね」
「うっ…」
「もう少しバレない嘘考えたら?」
「村井は純粋だからこのぐらいでも信じるかなって。村長相手ならもっとえげつないの考えて来るよぉ」

にこやかな内海が怖い。内田は「ほっほーうそれはどういうことだ」とやや青筋を立てながら笑った。
こいつらこえーよな…村井が内心呆れていると内海が思い出したように手を叩いた。

「あっそういえば村長、三組の支倉君気をつけた方がいいよ。お前のこと襲うとか襲わないとか友達と話してて」
「はぁあ?ふっざけんなよくそあいっつやっぱ僕のことそういう目で見て」
「うっそー★」
「…うつみくーん?」
「わぁ村長こわい」

言って良い嘘と悪い嘘があるだろうがー!と憤慨する内田に内海がごめんごめんと笑った。
そうこうしている内に教室につく。また生徒会室でな、と手を振って村井は教室に入った。
今日は入学式の準備で、授業らしい授業は無い。
適当に教師の話を聞き流したらすぐに各担当の場所へ分かれて準備という流れだ。
さっさと終わらせて早く帰りてえな、と思いながら席に着く。その内教師が来るだろう。


「喜一、俺と付き合おうぜ」

文字に出来ないような音でコーヒーを噴いてしまった。目の前の佐々木は至って真面目な顔をしている。
え、やっぱりこいつそっち系だったの、え、うわーーーーどうしたらいいんだ教えてライフカード!!
と焦りまくっていると「やっぱ駄目か」とこれまた至極真剣な顔で手まで握って来るもんだからどうすればいいのか益々混乱してしまう。
一重瞼の奥で、茶色の瞳がこちらの瞳孔を見逃すものかと言わんばかりに見つめている。
こんな真剣な佐々木を未だかつて我々は目撃したことがあっただろうか、いやない。

「あー…その、悪い、お前はその、俺的には、あの、友達っていうか、あの」
「……くっ、」

苦し気な声が聞こえたものだから彷徨わせていた視線を佐々木に向けると机に突っ伏していた、何こいつ忙しない。
机に突っ伏して震えている様は少々恐怖だったが、終いには声を上げて笑い出したものだからようやくからかわれていたのだと理解した。うわこいつ殺す。

「むらいくんてばまっじめーーーーーwwww冗談だしwwwwwwwやべえwwwwwわろすwwwww」
「俺はお前のそういう所が本当に嫌いだ…!!」
「やだー怒った顔もそっそるぅーwwww真顔作って騙した甲斐あったぜ全くwwwwwww」

けたたましく笑う佐々木に沸々と怒りが沸き始めてそろそろこいつくびり殺しても咎められないような気すらしてきた。
それにしても何だって今日はこんなに皆人をからかっているのか。
いや日頃からこんな感じと言えばこんな感じだが、今日のは一段と手が込んでいる。

「おや、ヤンキー組お早い」

そう言って内田と内海が入って来た。笑いが未だ止まらぬ様子で佐々木は「ちょwwきいてwwこいつwwww」と村井を指差した。
「何言って騙したの」と薄ら笑いで内田が問えば「告ったら真面目に慌てやがった」と息も絶え絶えな返事。
ふ、と内海がそれに小さく噴き出した。そんなにおかしいか。普通取り乱す所だろ。

「裕介の演技力なんて小指の甘皮ほども無いと思っていたのに」
「俺頑張ったことね?すげくね?暫く笑うわー」
「やだなーネタにしちゃ駄目じゃん、くろちゃん本気なら本気だって伝えないとー」

笑顔で内海が爆弾投下。村井は再び固まった。恐る恐る佐々木を見ると決まりの悪そうな顔をしている。

「やーだってそれはまあ、な?断られるの目に見てるのにそんな真面目にはさ、言えねーじゃん?」

えっ。
滝のような冷や汗。内田まで「ここまで来たらもう勇気出せよー」などと付き添いの女子みたいなことを言っている。
え、なにこれ、マジな感じですか、え。

「まぁ嘘だけどね?」
「って嘘かよ!!!!!!やめろよ内海も内田もしれっと言うの!!!!!!くそ!!!」
「お前らいると信憑性増すわーまじ面白いわーwwwww」

ソファの上で笑い転げる佐々木。これは何かしら盛大に復讐をしてやらねば気が済まなくなって来た。
芝居は得意じゃないが、これはこのまま流れに乗れば行けるかもしれない。
ちょっと、慌てさせてやるだけだ。それだけ。席を立って、ソファの方まで歩いて行った。

「お前ふざけんのもいい加減にしろよ」
「あ?」
「人をさんざ弄びやがって、思い知れ」

頭の中で段取りは組んである。ソファに寝転んだままの佐々木の肩を掴んだ。
重い瞼、目が軽く見開かれるのを見続けながら顔を近づけーーーーーー



「あらあら、お邪魔だったかしら」

そこで計算外の声がした。ばっ!とドアの方を見ると声の主である吉田と秋雨が呆然と立っている。
振り返ると内田と内海もソファから距離を取っていた。
恐る恐る佐々木を見下ろすと、顔がドン引きしていることを雄弁に物語っている。
秋雨が口を開いた

「人の好みにとやかくは言わんが佐々木が良いのかお前、悪趣味だな」
「ちげーよ!!」
「やっぱこれそういう感じか」
「あのさ違うっていってんじゃねえか」
「そうみたいだね〜」
「人の話を聞け!」
「村井、童貞やめるってよ」
「桐島みたいに言うのやめてくれる!!?」
「ていうか喜一肩痛いからどけよ」

舌打ちまじりに言われて手を離す。完全に周囲は敵だった。くそ、アウェーかくそ!!
孤軍奮闘ぶりに泣きたくなる。ていうか吉田さんに誤解されたことにもう死んでしまいたい気分だった。

「ていうか吉田さんは何か用だったの?」
「え?や、あの、あっくんに呼ばれて、その…」

何だか非常に照れた様子である。それからおずおずと左手を上げた。薬指に光るものがある。

「高校卒業してからになるけど、その、結婚しようって」




「なぁ、村井死んでない?」
「息はしてるみたいよ」
「白目向いちゃってまあ、イケメンが台無しだな」
「ていうか準備さぼっちゃってるけど大丈夫かな」
「磯尾達を派遣しておいたからその辺は抜かりねーよ」
「流石すぎる」

気絶してはや三十分が断つが、村井が目覚める様子は無い。
相当ショックだったのだろう。吉田が薬指から玩具の指輪を外して苦笑いした。

「やりすぎちゃったかしら」
「まぁこのぐらい構わんだろう。真相を話せば立ち直る」
「しっかし今日がエイプリルフールだって全然気付いてなかったね」
「騙しがいがあると言うか何と言うか…ていうか村井は裕介に何やるつもりだったんだ」
「多分ヘッドバット。あいつ完全に殺る目してた」

吉田さん達が来てくれて助かったわーとへらへら笑いながら佐々木が言った。
あのまま食らってたら今気絶していたのは自分の方だったろう。

「まぁもう昼も過ぎたことだし、起きたらネタばらししてやろうね…」
「そうだな。ドンマイ村井」

苦笑まじりに内田が一枚の紙をゴミ箱に突っ込む。
そこには几帳面な線で引かれたあみだくじと、名前の部分に赤く○をつけられた村井の名前があったとさ。







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