「というわけでバレンタインですよお兄さん方。」

 今日も今日とて生徒会室でダラダラしていた所へ、紙袋片手にやって来たのは内田。
 知ってる、と死んだような声で返したのは村井。脇には、脇と言うにはいささか収まり切らぬ量の贈り物が山になっている。
 この日だけは村井も女子にモテる己を呪いたくなる。口に入れたら即死の毒薬を笑顔で渡されるとなってはたまったものではない。
 一方、もう一人の”モテる男子”内海はというと、無言でそれらを消化して行く作業にすでに取りかかっていた。
 口の端にこびりついているのはチョコレートだと思いたい。

「ってあれ、一番喜びそうな奴らがいないじゃん」

 お誕生日席にあたるホワイトボードを背にした席と、応接室から借りパクしてきたソファは空席である。
 いつもなら黒い長髪も麗しい会長がお誕生日席、金髪の態度の悪い会計がソファを根城にだらけている筈なのだが。

「くろちゃんは呼び出されてるよ、しょごーきは何も聞いてないけど」
「あいつどうせ吉田さんからチョコレートでも貰ってんだろクソっ」
「はいはい村井悪態つかない。とりあえずリョウにはこれね、んで村井はこっち」

 溜め息まじりに諌めて、紙袋から取り出したそれらを二人に手渡す。
 可愛らしいラッピングこそされていないが、製菓会社の謀略とも言われるこの菓子作りイベントには内田もしっかり参加しているらしい。
 村井のは甘く無い奴だから食えたら食って、と言いながら引き続き紙袋をごそごそやる内田。
 結構量が入っているようだ、中をさばくる手の脇から、包装されたものが一つ転がり落ちる。咄嗟に伸ばした村井の手がキャッチ。

「って、内田も貰ってんのか」
「イヤちげーよ、ちがくないけど。よく見ろ」

 身長然としない、どちらかというと大人びた横顔の鼻筋に皺が寄る。ひっくり返してみると、差出人の名前があった。
 あー…、と返答し難そうな声を出す村井。覗き込んだ内海も苦笑していた。男子生徒からのものだ。
 もしかしてその紙袋ん中って、と言いかける村井を「みなまでいうな」と内田が遮る。その肩は震えていた。
 相変わらず男子から人気な副会長様である。ここに佐々木が居ようものならば容赦なくネタにされていただろう。

「遅くなった」

 低い声とともに戸が開く。秋雨だ。いつものスクールバッグの他に、手提げを一つ提げていた。村井の表情が曇る。
 何処行ってたの?とリョウが問うと鞄を下ろす秋雨の手が止まった。ぐり、と顔がこちらを向き、じっと目がこちらを見つめる。正直怖い。
 しかしその背後からは何故だか花でも舞い散りそうな幸せオーラがほわほわと飛んでいた。

「きいてくれ」

 荷物を置き、改まってこちらに向き直る秋雨の目は非常に真剣だ。
 何も知らない女子がこの顔の秋雨を見たら何人かは凛々しさに心を射抜かれるかもしれない。
 しかしこの時点で内田、内海、村井は何となく察しがついていた。


「蟹江君から、クッキーを、貰った」


 やっぱりかー!と満場一致の心の声。表情こそ真剣であるが、口元がさっきからピヨっている。にやつくのを抑えているらしい。
 これはクッキーを貰っただけじゃないな…試しに内田が「三国君には?」と聞く。村井がぱっと耳を塞いだ。

「三国君?ああ俺の目の前で蟹江君が手ずから三国君に渡しているのをばっちり目撃したともマジ蟹江君大天使乙!!調理部で作ったんだ〜なんて恥じらい気味の可愛らしい笑顔にお花飛ばしながら言ってたけどアレは確実に三国君に自分の手作りクッキーを渡したいが為の口実に違いないなんだよ照れんなよ天使かよああ既に天使だった、三国君だって伊達に彼氏じゃないしそんな事お見通しに決まってんだろ爽やかに笑ってサンキュ、とか言いやがって蟹江君もそこで嬉しそうに微笑んじゃってあああああああバカップルめええええええリア充まじぱねえっす末永く爆発し続けろところで結婚式はいつですか式には呼べよすきだーーーーーーーーーー!!!!!!」

 一息で言い切って机に突っ伏す。村井が耳を塞いでいた手を外した。目の前でBL展開されて相当テンションが上がっているようだ。
 むしろ蟹江君にクッキーを貰ったことよりそっちに興奮している気がする。やっぱりな、という顔の内田と内海。
 村井がおそるおそる「なあ、吉田さんからは?」と聞くと、秋雨はのそ、と顔をあげた。

「んああ?美琴から?貰ったがどうかしたのか」

 その時の村井の凄まじい表情と、壁の一枚ぐらい呆気なく叩き割れそうな程に握られた拳は一生忘れないだろう、と内田は思った。
 唇を噛み締め過ぎて血が噴き出しているが、何と声をかけたら良いか判らないのでどうにもしてやれない。
 秋雨は手提げを漁り、一人分にしてはやや大きい箱を引き摺り出した。そしてほら、と座り込んで項垂れる村井の方に差し出す。
 何だよ見せつけてんじゃねーよ…と押し殺したような声で言う村井に「ああ、お前食えないのか」と秋雨は呟く。
 その手は箱を持ったまま内田の方へと差し出された。箱を受け取って内田は納得する。

「皆で食えってよ」
「わー!ホワイトデー何かお返ししなきゃ」
「村井歯ぎしりしてる場合じゃねーぞ、起きないと僕らで食べちゃうけど良いのか、チーズケーキ」

 がばっ!!

 最後の一言に空を切る勢いで上体を起こす村井。とんだ運動神経である。
 レースの飾りを施された紙に包まれた小さなチーズケーキが、人数分入っていた。眠たげだった目が輝く。
 よかったねえ、と呟く内海の口の端には血。おい、全くよく無いけど大丈夫か。

 それからお茶でも淹れて食べるか、という内田の提案により、テーブルに白い布がかけられた。
 ケトルの水が沸くのを待ちながら棚にあった紙皿とプラスチックフォークを並べる。
 そういや裕介まだ来ないな、と内田がティーバッグの入った紙コップにお湯を注いでいると、ようやく重い音と一緒に戸が開かれた。

「さーせーん」

 緩い声でそう言って佐々木が入って来た。が、問題は彼の荷物だ。
 それどうしたの、という内海の言葉に佐々木は今にも中身が溢れそうな右手の紙袋と、然るべき量が入っているらしき左手の紙袋二つを見た。
「こっちはパシリから」と中身の溢れそうな(というか置いたら溢れた)紙袋をソファに下ろす。
 ちらりと見えるだけでもゴデ○バ、マ○ー、帝国○テル、モ○ゾフ、エコ○ル、ロ○ズなど様々だ。スタバの期間限定フラペチーノも入っている。
 いやそれは早く飲めよ。

「んでこっちは俺からね、」と左手の紙袋のうち一つをテーブルに置く。
佐々木は料理をさせると台所が爆発するが菓子作りだけは何故か上手いのだ。お前も作って来たのか、と秋雨がそれを開けると。

「ジャーン!ユウスケプレゼーンツ、季節のフルーツタルトォー!」

 苺を中心にベリー系がそれはもうこれでもかと盛りつけられたフルーツタルトが登場した。村井が安堵の溜息を漏らす。
 果物は安全圏だ。しかしそれを見て佐々木はにや、と平生の憎たらしい笑みを浮かべる。あ、嫌な予感。

「ちなみにベースはカスタードな!」

 ピシィッ。村井が石化する音が聞こえたような気がした。
 オマエひっでーな…と内田が紅茶を淹れた紙コップを手渡すと、すかさずどこから出したのかガムシロをぶち込んで佐々木はドヤァ、と笑った。

「今日はイケメン撲滅イベントだからな!」
「主旨ちげーし俺しか撲滅されてなくね…」
「リョウは撲滅なんてしたらうっかり逝っちゃいそーだからな」
「それは頷ける」

 えー僕そんなにひ弱に見えるの?とリョウは少々不満げだがその前に口の端から滴る決して苺ジャムとかでは無い何かを拭いてから言って欲しい。

「まあまあそう落ち込むなよ喜一君、ここにあるタルト5つの内一つはカスタードの所がクリームチーズだから」
「なん…だと…」

 目を見開き顔を上げる。佐々木は紅茶を飲みながら机に寄りかかった。
 因みに他の三人はそんな茶番を無視して吉田のチーズケーキを食べにかかっている。

「救済策。俺ちょう優しくない?」
「そうだな(流し)で、どれだ」
「自分で当てろ」
「あぁ?」
「元ヤン怖いんだけどやめてくれる」
「ちっ…」

 くろちゃんも現ヤンだし変わらないよねというリョウの呟きは聞き流す。
 村井は箱のフチを掴み、ぐっと顔を近づけた。そして5つ並んだ中の、一番小振りなものをつまむ。

「これ、だな?」
「正解ーつかお前の鼻はどーなってんの、怖いわ」
「ぃよっしゃあ!」
「聞いてないしね。じゃあ残り適当に食って」

 ソファにどかっと座り込んで佐々木ももごもご食べ始める。
 タルトを齧りながら村井が「ホワイトデーとか何返せば良いんだ」と聞いた。律儀である。
 咀嚼していたのをごきゅっと飲み込んで、村井の脇に積まれたそれを指差した。

「ホワイトデーとかぜってえ忘れるし、食わねえなら処分するからそれちょーだい」
「…良いのかお前それで」
「喜一が良いなら。俺女子の手作りとか食べたこと無いから興味ある」

 さらっと悲しい発言を混ぜ込んで来たが、確かにこのまま持っていても食べれないのは目に見えている。
 じゃあ頼む、と大きな袋を佐々木に手渡した。おもっ、と受け取った佐々木が思わず呟く。

「それがイケメンの背負う罪の重さなんだよ佐々木」
「そーそー、村井は一生その十字架を背負って行くんだよくろちゃん、ついでに僕のもちょっと貰って」
「…なんか悪いことしたな喜一、来年からは普通に作るわ」
「意味が分からんぞ」
「裕介、」

 秋雨が食べていた手を止めて、自分の分のチーズケーキを差し出す。は、と怪訝そうな顔の佐々木に

「俺も覚えていられる自信が無いからこれで良しにしておいてくれ」
「え、いいのかよお前」
「別に良い。作る段階で死ぬ程味見させられたし、帰っても多分残党が俺を待っている」

 じゃあ遠慮なく、という佐々木の向こうで、村井が静かに死んだ。



 
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