それ以上でも、以下でもない。
「変身すんだよ」
厚めの、色の濃い唇をもたつかせる事も無く、至極当然のように言う。
流行ものを扱う雑誌を片手に、変わらないのはそうだな、机上に佇むミルクティーぐらいか。
まだ飲んでるんだ。懐かしさに目を細める俺に美味いもんは変わらねえしなとストローを銜えて言う。
綺麗に色を抜いた金髪は日に透けて、それもあの頃とは随分変わってしまったものの一つ。
長い癖毛の黒髪を持て余し気味に揺らしていたのはもう記憶の彼方だ。
左耳にも、いつの間にかピアスが二つあいていた。敬愛するアーティストの真似だ。
俺もその人は知っている、中学の頃から好きだったもんな。
ピアスは真似てもドラムはやらないんだな、と言えばだって金ねーもんとだけ返って来た。
高校では生徒会執行部の一員として活躍し様々な所から金を搾取していると聞いたが横領はしていないらしくて安心する。
流石にそう言う、ちょっと犯罪みたいな事はな、して欲しくないっていうか。
久々に再会したらまさかのヤンキーになっていたから、少し心配だったんだ。いやぶっちゃけかなり心配だった。
あの頃のまま白く細い腕で、無いとは思うが喧嘩などしていないかと。無免許運転とか、カツアゲとか。
会ったその場で捲し立てるように聞いたが、流すようにしてねーよ漫画の読み過ぎ、としか言われなくて。
「金髪も、ピアスも、香水もワックスもブレスも、俺のキャラを確立させて飾り立ててくれるなら何だっていい。
これは威嚇だ。そんでもって威厳?難しい事はわかんねえな。まあ今はヤンキーと思われてるから、それらしく振る舞う訳。
当面の目標は女っぽいとかゆーイメージ消すのと、いじめられないよーにするのと」
ぺらぺらと。ちゃらい服が並ぶ雑誌をそう熱心にでも無くめくりながら。
型に自分をはめ込んで、その中から一番好むものを選ぶ。飽きたら変えればいい。
個性は使い捨てだ、彼にとって。他人から見える「佐々木裕介」が彼の全てを構成する。そこに自分は無い。
何度も比べて申し訳ないが、俺が知っている中学生の頃とは随分変わった。
癖の強い、もたついた長い黒髪をばっさり切って、金髪になって。
年中長袖で痣だらけの体を隠していたけれど、今は袖捲りも普通にしている。
少し肌もやけたように思う。健康的な白さに戻ったと言うか。
鞄も制服も、あの頃のようにズタズタに裂かれて泥まみれになっているものなど一つもなかった。
虐められる事は無くなったよ。彼はそう言った。
同級生にも後輩にも恵まれているようだし。その証拠に、高校に上がってから俺にはあまり構ってくれなくなった。
かなり寂しいものもあるが、それでもこうして会って、何でも無い話をする時間は時々とってくれる。
白い指が紙面を辿る。今度一緒に買い物に行かないか、と提案してみた。
趣味は違えど、一緒に服屋巡りもたまには良いだろう。覚えてたら良いよ、早めに連絡しろと返された。
噫そうだな、偉そうな所は相変わらずだ。
他人の目を気にするくせに、下手に出るのは苦手で。物言いがふざけてて、高圧的で。
思い返せば中学時代、彼も俺も虐められっ子みたいなもんで、まあ彼の方が断然酷い事をされていた訳だが。
その時も彼は俺に対して高圧的で、うーん。何で今友達なのか自分でもよく分からない。
というか、友達だと思われてるだろうか。飽き性の彼について行ける自信は正直、無いのだが。
「裕介」
「ん、」
「お前俺の事なんだと思ってる」
「憂さ晴らし、暇つぶし。」
即答。イカン流石にこれは泣くぞ。
いや、友達だと返してくれるなんて思ってないけど、それでも期待はしていた、のに。
うつむいた俺の前髪を掴んで、顔を上げさせられる。嫌でも裕介と目が合う。
うわあ、ヤンキーだヤンキーが居る。
「友達って言って欲しかったんだろ?だから言ってやんね。何でお前の要望聞かなきゃいけねえの。
大体俺が何て答えようとお前は結局俺が好きだろ?」
あ、友人的な意味でな。
付け加えて前髪を掴む手をぱ、と開く。するりと前髪が自分の額に掛かる。
言われた意味をゆっくり咀嚼して。そして。
全部見透かされているような気がして、静かに照れた。
「誰の願望でも聞いてやるよ。仰せのままに変わってやるよ。
誰が何て言ったって正直どうでも良いんだ。上っ面しか見てないだろ、どうせ。
だからお前望みは一つだって聞いてやらない。」
「はは、詭弁。あとはしょりすぎて意味わかんね」
「こないだ読んだのが森見だったからな」
「それはそれは」
わかったよ。
他人がどれだけお前の派手な見た目に、言動に騙されても
俺は静かにそれを眺めてれば良いんだろ。
知らない間に、ミルクティーは空になっていた。