この痛みが生きている証だと。


 きっと後頭部を殴られた、撫でると気持ち瘤が出来ている。
 アタマ変形したらどうすんだよ、とブツブツ云いながら村井は立ち上がった。
 月が出ているのが、廃工場の壊れた屋根の下からでも見える。
 ああもうこんな時間か、徒労。
 溜め息をついて、服についた砂埃を払い。

「力量差はわかったろ、もう仕掛けてくんなよめんどくせえ」

 死屍累々。地獄絵図のそこに幕引きの言葉をかけて、踵を返した。
 まあ、誰も聞いていないだろうが。
 鞄を拾い上げて、廃工場を後にする。もう一度見上げた月は、どこか赤い。

 人を狂わせる、とか言うやつか。

 かりかりと後頭部の、こぶのない場所を掻く。
 上げた腕から、一気に全身まで迸る倦怠感。このまま道にぶっ倒れて寝てしまえそうだ。
 それはまずいだろ、と流石に弁え、重い足を引きずって帰路につく。
 中学時代はそれなりにわるいこともしていたし、今更とはいえ仕返しに来る奴が居るのは仕方が無い事だ。諦めていた。
 自分が何か言った所で、どうにもならない事は分かっている。徒労だ、それこそ。
 腕を下ろしがてら、見る。抉れているのか、傷口が何かその、グロい。
 だらだらと血が流れ続け、白いシャツを汚して行く。そもそも喧嘩の間に随分汚れたから買い替えは確実なのだが。
 特に意味もなく、見つめた。聞こえる自分の鼓動、流れる血。神経をつつくのは。

 痛みが生きている最大の証明だと聞いた事がある。

 マゾヒスティックな人生論だな、と鼻で笑ったものの。
 首にかけられたロープが少しずつ絞まるような、感覚。
 濁り切った目が、笑う。この目を、村井は知っていた。
 徒労徒労と、逃げ回るようにそう言って、思って。

 ならば早く飛び込めば良かったのに。飛び込む先まで確り知っていて、俺は。

「引き摺りまくり、とか。わらうじゃねーの」

 もう一度、見上げる。月は文字通り雲隠れしてしまっていた。
 変わり続ける雲の形を、その向こうから照らしながら。

 忘れない。
 飢えた、あの時間も、いまも。
 吊り上がる口の端。

「良いよ、また狂っても」

 並ぶ歯列が惜しげなく晒され。
 歌うように呟くその表情を、誰が見たのやら。
 はははっ、と乾いた笑いを無情に飛ばすその足取りは、軽い。
 雲の間をくぐって、再び月が顔を出した。











無様な虫が頭から、潰れてく。
潰すのは、俺だ。
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