「暇か貴様等!」

 帝国領王都、グーテンベルク。
 晴れ渡る空に天高く聳える厳かな王城の一室、将軍ルーデンドルフとその部下、帝国四翼のメンバーがくつろぐ談話室の扉をけたたましく蹴り開けその人物はやってきた。
 まさに青天の霹靂。突然の来訪にまずサッとドレスの裾を持ち上げ跪いたのはエーファだった。状況判断も素早ければ順応性も高い。
 こうべを垂れた彼女の麗しい金髪がうなじを滑る様を見て、ようやく残りの三人も弾かれたようにソファから立ち上がる。
 そしてオスヴァルト、ウルリヒにトニがエーファに従うように彼に跪いた。
 しばしの沈黙、それから低い声が四人の頭上に降る。

「苦しゅうない、面を上げよ」

 扉を蹴り開けた人物――皇帝・シュトルヒ一世は薄い唇の端を吊り上げ食えない笑みを浮かべた。
 一同がその言葉に従って顔を上げると、深い色のマントを颯爽と翻した彼が、其処に立っている。
 短い睫毛に縁取られたその奥で、双眸は老いる事無くぎらぎらとした光をたたえていた。
 従順な部下達を見下ろしたシュトルヒは、腕を組んで笑みを更に深くする。
 ああ、何だかいやな予感がする。この笑い方は大体ろくでもない事があるときのそれだ。
 エーファはシュトルヒの様子を見て強く不安を感じた。
 そして彼女の勘は、特に悪い事に対する勘は悉く当たるのだ。
 結構結構!威圧感のある独特の声が談話室に響き渡る。次いで投げられた言葉に、四翼一同は固まった。

「頭を下げるのは服従の証。つまり貴様等は全員余の相手をする暇を持て余しているということであるな?」
 
 はめられた、と云っても過言ではない。たちまち四人の顔に「やってしまった」という色が浮かぶ。
 それも別段強制されたという訳ではなく、自分たちの方から罠に掛かりに行ったようなもの故に反論も出来ない。
 日頃からシュトルヒは「自分が来たら跪け」とは強要したことがない。
 寧ろ彼本人の口からは「無駄な労力だからする必要はない」と云われている。
 そんな事はしなくても、忠誠心の有無は見れば分かると言うのだ。四翼だけではない、他の部下達にもそう言い渡していた。
 しかしそんな事を言われても、誰もがやすやす「はいわかりました」とその無礼を実行する事が出来るかと言えば、そうではない。
 本来王者に対して跪くのは常識だ。だから常識人の彼女はついつい反射で頭を下げ、他の四翼メンバーもついついそれに倣ってしまった訳である。
 因みに四翼達を率いる将軍ルーデンドルフはというと。
 一同が遠慮気味に目を遣るが、皇帝が来る前と依然変わらずソファでくつろいだまま、読んでいる医学書から顔も上げはしない。
 随分と熱中しているらしい。高く細い鼻筋を横切る眼鏡がずり落ちるのも構わず、伏し目がちの睫毛に抱かれた瞳は文字列をただひたすらに追っている。
 エーファが小声で「閣下!」と呼ぶと、そこでようやくルーデンドルフは本から目線を外す。
 そしてずれた眼鏡をかけ直しながら、顔を上げてエーファ達の方を見た。
 すかさずオスヴァルトが口パクで「助けて下さい閣下!」と云う。彼が一言「四翼はそんなに暇じゃない」という旨を皇帝に告げれば、きっと彼も諦めてくれる筈だ。
 しかしルーデンドルフは、糸のように目を細めたいつもの胡散臭い顔でにたりと笑うだけだった。
 彼の諧謔たる所以。
 ひどく楽しげな上司を見て、オスヴァルトは即座に助けを求める事を諦める。
 ああ、こりゃだめだ。
 ルーデンドルフは組んでいた細足を解くと本を閉じて立ち上がり、積んであった数冊の本を抱えてシュトルヒの方へと向き直る。そして

「では陛下、我輩は読書に勤しみます故退散いたします。お邪魔になりますので」

 とだけ告げると、部下に目もくれず、毛足の長い絨毯に革靴を滑らせ開け放たれた扉から出ていった。
 ただの一礼もよこさずに。
 本来無礼極まり無い行動に当たるが、シュトルヒは毛ほども気にせず「励むが善い」と痩身の背中に一言投げただけ。
 無情にも閉められた扉を見つめながら、皇帝と共に談話室に置き去りにされた四翼一同は恨みがましくこう思った。

「この裏切り者…!!」

 かくして四翼達は、好奇心と知識欲に溢れ返る知略の皇帝が飽きるまで盤遊戯やら弁論やらに付き合わされた。
 夜もとっぷり暮れて漸く解放された彼らはというと満身創痍で言葉も交わさず逃げるように各々自室へ帰っていったという。
 こんなことが月に二度、三度。
 そうして毎度付き合わされる部下達を見ながら「学習しない人たちですねえ」と扉越しに鼻で笑うのがルーデンドルフの密かな楽しみだと云うことは誰も知らない。



[勝ち組、負け組]

(全く、我輩を見習って欲しいものですね)











「はてさて、一体どうしたものでしょうねえ」
「あれ、どうかなさいましたか将軍閣下」
「ああ、その声はジョヴァンニ君ですか?」
「ええそうです。何か困ったことでも?」
「いえね、我輩の眼鏡がどこかへ行ってしまいまして」
「…ああ、そうですか」
「恐らく読書の為に書庫へ立ち寄った際置き忘れたのでしょうね。我輩ったらおドジさんなんですから」
「(激しく返答に困る…)そ、そうですかね?」
「ええそうですよ」
「将軍閣下は何事も抜かり無くソツなく完璧にこなす素晴らしいお方だと思いますが(仕事さえしてくれればな)」
「おや、いま何か副音声が」
「(やべ、聞こえてた)気のせいではないでしょうか。とにかく将軍閣下は素晴らしいお方です。そのようにご自分を蔑む言葉をおっしゃる必要など」
「ジョヴァンニ君はお世辞が上手いですねえ」
「(アンタの二枚舌には負けるけどな)いえ、世辞などでは」
「本当ですかぁ?」
「はい。自分は閣下を尊敬しております。兄や父のように、」
「そんなことより早く眼鏡を見つけないと」
「(人の話を聞けよ)……そうですね。あの、将軍閣下、」
「あれがないと我輩は何も見えないのですよ」
「いや、だから、」
「とりあえず書庫に行ってきます。君も探して下さい、わかりましたね?」
「……………閣下」
「何でしょう?」
「書庫には自分が行きますので、閣下は洗面所をお探しになると善いかと」
「ああ、云われてみれば洗顔の際に外しましたね」
「手の掛かる広い書庫は自分にお任せを」
「おや、ありがとうございます。では見つけたら知らせて下さい」

すたすたと、しかし時折壁にぶつかりながらルーデンドルフは洗面所へ向かう。
その背中を見送りながらジョヴァンニは大きな溜息を吐いた。

「書庫に置いてきた、ね…じゃあアンタの頭に乗ってるのは一体何だっつーの」

数分後。
洗面所の鏡で自分の姿を見たルーデンドルフは頭にちょこんと乗った小さな丸眼鏡を外し、無言で鼻の上にかけた。


[ まさかの、ミステイク ]


(直接云わなかったのも、ある種の優しさだったのか)










 


 足を踏まれている気がする。
 それも、目の前の少年に。

「い、いたたたた…」

 声に出して痛がってみたが、少年は我関せぬ風体でつんとすましている。
 こちらはブーツで、いくら向こうがローヒールとは言え、爪先を踏まれるのは流石に痛い。
 何か恨まれるような事でもしてしまったのだろうか。少年の俺を見る目は冷たい。

 すると俺の爪先を踏む小さな足がぐり、捻られた。
 俺の指の甲も一緒に捻られる。
 今度は思わず「痛い!」と叫んでしまった。
 少年がこちらを見る。不快な気分にさせただろうか。
 しかし痛い事に変わりはないのでそろそろ足をどけて欲しいのだ、切実に。
 そんな俺の気など露知らず、少年の足に込める力は徐々に強くなる。
 何か言わなければ。そう口を開きかけた時だった。

「おやライヘンバッハ選帝候殿。もうおいででしたか」

 聞き慣れた声が気まずい無言を纏った応接室に飛び込んで来る。
 苦手な筈の彼の声に、救いの光を見出したのは彼との邂逅以来初めての事だった。

「クラウゼヴィッツ将軍閣下…!!」

 細く長身な身にオフホワイトのブラウスとダークグレーのベスト、鴉色のボトムスを繊細な作りのロングブーツに納め、スカーフは深い緑に同色の糸できめ細かな刺繍がなされている。
 俺は服装の事は侍女に任せきりでよくわからないが、それでも品の良い彼のセンスは何となく感じ取っていた。
 本人と同じ、落ち着いた雰囲気が彼の周りにある全てに漂っているような。
 苦手ではあるけれど、将軍閣下のそういった所は尊敬しているのだ。
 将軍は小さな丸眼鏡越しに俺の足を踏んでいる少年を見る。
 少年の足はもう全くと云って良い程力が入っていなかった。

「ニコライ君、足をどけて差し上げなさい。
 選帝候殿が困っているじゃあないですか」

 そう将軍が云うと漸く俺の足は解放された。
 今すぐにでも痛む足をさすりたい所だが、弁えて我慢する。
 少年は変わらずの無表情でこちらを見た。

「申し訳ありませんライヘンバッハ選帝候殿、この子はまだ仕事に出して日が浅いのです。
 ご無礼をお許し頂きたい」
「いや構いませんよ。こんなに幼いと言うのに、将軍閣下に仕えているなんて、さぞ優秀なのでしょう」

 本心だ。見るからにまだ幼い少年は、それでも身のこなしは随分落ち着いている。大人びているというか。
 俺の足を踏んだのはよく理由がわからないが、許せる範囲の悪戯なので目くじらを立てる程でもない。
 しゃがんで目線を合わせ、

「アルバート・ライヘンバッハだ。初めまして、ニコライくん」

 改めて挨拶をした。
 するとニコライ少年はにこ、と笑った。

 笑った、のだ。

 年相応の笑顔に、足の痛みも遙か未開の地アムルカ辺りに吹き飛んでしまった。
 ようやく心を開いてくれた。その事に一人静かに感激する。
 子犬のように柔らかな茶髪を撫でてやり、ひとしきり和んだところで将軍閣下から「ではそろそろ本題に入りましょうか」と声がかかる。
 俺はニコライ君に手を振って、給仕の仕事を終えたニコライ君は応接室を出ていった。

「良い子ですね」
「ええ、立派に仕事もこなしてくれますからね」

 ほがらかな調子で無事に調印も済み、俺は気分良くライヘンバッハ領へと帰還した。
今日は実に良い日だったと思いながら。

[要するに子供は最強という話]

(お疲れ様ですニコライ君、良い笑顔でしたよ)
(ありがとうございます閣下。あの選帝候くたばればいいのに)











 血に染まった身を血に染まった大地に擲っても、何も変わらない。
 ただ白い頬に泥汚れが一つ二つ、それだけだ。
 あちこちで持ち主の居なくなったマスケットが銃口から細く煙を上げている。
 一つ、また一つと消え入るそれは持ち主と同じさまで。
 倒れ伏す兵士たちは皆雨土に薄汚れている。

 アルバートは戦禍の余韻を残すかのように生ぬるい風に髪を遊ばせながら、雨で柔らかく湿った土の上で拳を固く握りしめた。
 ぎし、と歯の奥が鳴る。

 大変な戦だった。
 悪天候、それにより足場は悪く、兵士は転倒し、弾丸の軌道を悉く外した。
 それに視界も悪かった。

 互いに苦戦するところはあった。しかしアルバートらライヘンバッハ領軍は勝ったのだ。
 でも本当にそれだけ、なのだろうか。
 アルバートの頬を透明の涙が滑り落ちる。

 勝とうと負けようと、彼らのマスケットは容赦なく人の命を奪うのだ。
 敵は倒した、しかし味方も死んだのだ。
 生き残った負傷者は先に領地へ帰らせた。アルバート自身はほぼ無傷だ。
 生き残った自分を責めることはしない。自分が領主として必要とされている自覚はあるからだ。
 されど自分の領主としての力量不足をアルバートは問わずには居られなかった。
 いち兵士として戦うことはできる。武功の数ならば自信はあるのだ。
 しかし先頭に立ち、ほかの兵士を指示しながら進むことに関して自信があるか問えば彼は首を横に振るに違いない。
 そもそも戦ではなく、もっと穏便に話をつける方法があったはずだ。
 何故未然に防げなかったのだろうか、アルバートは唇を噛む。
 頬を滑り落ちた涙が一粒、土にぽつりと消えた。

 この涙が。
 立ち上がり、頬に跳ねた泥を拭いながらライヘンバッハは思う。
 返り血にまみれた視界が涙で歪んでいた。

 この涙がいずれ雨となり、辺り一面の爛れた大地が、美しい花で一杯になればいい。

 天を仰ぐ。雨は止み、雲の隙間から青空が覗いた。
 血でぬるつく槍を握り直す。
 いつまでもここで立ち止まっていることはできないが、せめて少しの間だけ。
 アルバートは目を伏せ、続く言葉を紡いだ。
 さすれば、この涙こそが君に送る、

[ 弔いの華 ]

(若い領主はただ涙する)
(いつかの永久の平和を願って)














 誰かこの胸に罰の刃を突き立てて
 罪深い魂を消し去っては呉れないか


 ああ、俺は泣いてばかりだ。
 呟いた声が、暗い部屋に溶け込んで、消える。
 嫌な汗が滲む感覚で、目が覚めた。

 今日も、眠れない。
 また、眠れない。

 戦場で見た惨劇が、聞いた断末魔が、心をずたずたに引き裂くように何度も何度も脳内を、傷つけながら巡っていく。
 ベッドに倒れ込んで、呻いた。
 言葉にならない悲鳴を、小さく漏らす吐息に混ぜ込むようにして、ひたすらに息をし続けた。
 そうしなければ、息をする事に意識を向けなければ、苦しさで死んでしまう気がした。

 あの時下した命令が、あの時振り下ろした焔槍が、あの時振り絞った気力が、一体どれだけの人間の命を奪ったのか。
 数えていく内にきっと気が触れる。
 数えずとも、もうこれほどに狂いそうだというのに。
 喉を掻き毟っても、狂おしい激情に終わりは来ない。

 戦いの場ではそんな事は感じなかった。
 一種の高揚状態か何なのか、ひたすらに敵の心臓を貫き、引き裂いた。
 がむしゃらに駆け抜け、一刻も早い幕引き、自分達の勝利による幕引きを願った。
 自分の身を、領土を、守るための前進。
 進む事しか知らない切っ先が奪ったものはあまりにも多く、肩に負うには重すぎて。
 軍馬の隊列が引き連れるものは、死。
 奪い、奪われたものは何にも代えられないものだと言うのに。

 押し潰すように脳裏に浮かんでくる、死に際の蚊の鳴くような声に胸を圧迫されながら、どうしようもなくなって、訳の分からぬ叫び声をあげた。
 胸の内に抱えた重石を、声と一緒に吐き出すように。
 喉を引き裂くように、声かどうかもわからぬ割れた音が部屋を支配する。
 意味があっても無意味でも、そうしていなければ壊れてしまうだろう。
 逃げるようにのたうち回って、叫びをあげ、ただ哀願した。

 恐らくこれから先もずっと、見知らぬ誰かの命を幾千も奪い、背負わなければならないだろう。
 それでも課せられた道を、アルバートは放り出すことはできない。
 背負う覚悟が出来るその日まで、あとどれだけ苦しむのだろう。
 背負う覚悟が出来たところで、一体どこまで耐えられるだろう。

「殺してくれ…」

 部屋に霧散していく弱々しい声は、


[ 懺悔 ]


(ぷつりと切れてしまいそうな細い細い線を)
(今ここで断ち切った方が楽になれる気がした)















「つまりこの状況を打破すべきであると思うのだ」
「なるほど、確かに良い刃だな。職人の技量が伺える」
「余の国に手を出すものは誰であろうと許さぬ」
「そうだな、余もこの美しい刃に傷を付ける輩は許せんな」

「…おい売女、あれは会話が成立しているのか?」
「成立してるように見えるなら眼球を取り替えた方がいいわよたぶれ頭」

 悪態なんだか会話なんだかよくわからないやり取りをするユーグランド王国女王アガサ・ドロシー・クロフォードとファイランス王国国王シルヴェストル・ヴァランタン・シャプドレーヌ。
 その視線の先にあるのは諸王四人の内の年輩組で、若輩二人に比べれば遙かに仲の良い二人であった。
 ジェーモン帝国皇帝シュトルヒ・ヴィンツェンツ・エッゲブレヒトとスパルオング王国第一王子アマデオ・セレスティノ・カルバハル。
 盤上の支配者と至高の偏屈は噛み合わない会話を微妙に噛み合わせながら織りなし笑っていた。

 正直傍目から見ればだいぶ奇妙だが本人たちが良いなら外野が口を出す隙などあるはずもなく。
 いつもはアガサとシルヴェストルの激しくも不毛な口論に呆れているのだが、若手二人が大人しいならそれはそれで、こんどは年輩二人がオーバーヒートしたらしい。
 椅子が飛んでくる大喧嘩でないだけましではあるが、聞いてるこっちが微妙に気持ち悪くなる、そんな噛み合わせの会話だった。

 国馬鹿のシュトルヒと刃物馬鹿のアマデオ、二人揃えば向かうところ敵無しのコンビと化す彼らの、最強たるゆえんはこの余すところ無く遺憾無く発揮される馬鹿さ加減にもある。
 普通に、普通に切れ者であるが、それ以前に変人であるという事実が主に噛み合わない会話を生み出す原因であろう。
 ツッコむ所が満載過ぎるなサービスかサービスなのかこの野郎、と思いながらシルヴェストルは議題に話を戻そうと試みた。
 その試みに関してはアガサの聞くも恐ろしき放送禁止用語が時折気まぐれに飛んだりしたためその全貌は晒せないが、兎に角シルヴェストルは善戦した。
 相手は盤上の支配者たるシュトルヒに、至高の偏屈アマデオだ。
 弁論の結果など目に見えてはいるが、とにかく説得に全力を注ぎ、そして説き伏せることが出来なかった。

 嗚呼、体力がいるな…と思いつつも、自分がいつも年上二人の体力を削ぎながらアガサと口汚く罵り合っている事実にはついぞ気づくこともなく。
 うなだれるシルヴェストルにアガサがとどめのように「貴様もう帰れ。糞の役にも立たぬゴミが」と見下げた。
 シルヴェストルは顔を上げる。
 金髪も麗しいが口は最高に悪い若き女王を睨みつけ、「貴様は何もしていないくせに、この罵るしか能の無い雌豚め」と罵り返して見せた。
 アガサの眉が吊り上がる。
 貴様もういっぺん言ってみろ、とアガサが息巻けば、シルヴェストルも負けじと、貴様の造りの悪い耳には届かんらしいな、と鼻で笑って見せた。

 静かに睨み合う二人。
 今日は運悪く二人を止める二人がいない。
 いないというよりは、語り合いから意識が帰ってこない。
 しかしこいつはまずいという事態に扉の外の警護兵は気づいてはくれなかった。

 怒号。罵声。次いで盛大に机がひっくり返る音。
 飛び交う椅子と燭台すら視界に入れず、相変わらずにずれたまま語り合う二人は、その後日暮れまで弁論を止めなかった。
 最早若輩二人の喧嘩に巻き込まれない為の手段である"何があっても総スルー"さえ、二人の喧嘩の火種となってしまった事に内心盛大な舌打ちをかましながら。

[ 裏 目 ]

(やっぱり今回も駄目だったよ)




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