「つーーーーかさぁ、まぁーーーーーーっじ聞いてよ聞いてっ良いからほら聞けってば。だってさどう考えたてこんなの超ありえなくね?この天上天下唯我独尊天下無敵のヴァルツァ様がだぜ?華麗にして大胆不敵で最強最悪にして最高なこの僕に限って!そんなの!例え天地がひっくり返っても大地が割れ海が裂け草木は朽ち果ててもだよ!絶対絶対ぜーっったいにあり得ないっつーのアァッ糞が死ね馬鹿!あ、ごめん死ねって言うのはリッヒテに対してじゃなくさ、まあこっちが寧ろ死にたい気分なんだけどね!そもそもこれ何て運命のイタズラ?勿論悪い意味でね!つか最悪だっつーの!運命の神?そんな奴はクソ食らえだ!!ぎったんぎったんにして地べたに叩き落としてやるついでにぶっ殺す!!!絶対ない、あり得ないよそんなの、アレだって勘違いだって、もしくはこれは夢だ。所謂悪夢って奴だ。ああぁあそ―――だよ僕は悪夢を見てるんだそうに違いないそれで確定!な!それだけなんだそうなんだろ?なぁそうなんだろ、僕の勘当たりだろそうだろ、頼むからさあ黙ってないで何とか云ってくれよリッヒテ!」
「はぁ、随分必死だね…君の御託は聞き飽きたよヴァルツァ。いい加減現実を受け入れな、みっともない」
ヴァルツァの饒舌極まりない言葉の最後に投げかけられた問いに対し無慈悲に言い放って、リッヒテがヴァルツァの細顎を掴む。
壁際に追いつめられたヴァルツァは懸命に足掻くが、強い力で押さえつけられ上から力をかけられている為太刀打ちは出来ない。
目の前の少年のそんな様子に隻眼を細め、リッヒテは空いた方の手に握っていたものをゆっくりと頭上へ掲げる。
彼が振りかざしたそれはヴァルツァには凶器以外の何者でもなかった。孔雀色の瞳が恐怖の色に震え上がる。
陽光を照り返すそれは勢い良く降り下ろされがっ!と鈍い音を立て銀色の己が身をヴァルツァの血で濡らした。
声にならない悲鳴がほとばしり、ヴァルツァはのたうち回る。
リッヒテはご愁傷と笑いながら手にしていた凶器ーー歯を抜くためのペンチからヴァルツァの穴が空いた歯を外し投げ捨てた。
[ 死 闘 ]
(虫歯抜くの嫌がるなんて意外だわ)
(つかリッヒテはお母さんか…)
「ああ、空には雲一つない。本当に良い天気だな。近くに砂浜でもあれば寝転がって昼寝でもしたい気分だ。
空も、海も、変わらずに美しい。青い色はどこまでも澄んでいて、吸い込まれてどこか遠くへ飛んで行けそうで。
何て広いんだろうな。見れば見るほど僕らは矮小でとるに足らない存在だ。
なぁ、こんなちっぽけな僕は何一つ満足に出来ないんだ。小さいんだよ、人間なんて。
知らない内に生まれてあっと言う間に死んでしまう。
こんな僕に出来ることなんてないし、そもそも悩む事自体の規模が小さすぎて馬鹿馬鹿しい。悩み無用だよ正に。
だからジョエル、」
「うるさいわよヴァルツァ。空は思いっきり曇りじゃない。どの辺りがどう良い天気なのかしら?
大体砂浜にたどり着く前に浅瀬で船が座礁するわ。
確かに空の青も海の青も澄み切って涼しげに誰の目にも平等に美しいわ。
けれど吸い込んでいったり遠くへ飛んで行けたりはしない。あり得ない。
ちっぽけなのはあんたの身長よ。悩みたくないなら行動しなさい」
どん、とジョエルがテーブルに置いたのはものすごく、ものすごく山盛りの椎茸が乗った皿だった。
本当に、どう見ても、椎茸だけだった。
とはいえこの無惨な皿も、最初から椎茸のみだったわけではない。
ほうれん草とかベーコンとか、船上にしては珍しいくらいに豊富な食材が盛ってあったのだ。
それをヴァルツァが、椎茸のみを器用に選り分けて残したのである。
「なんで、椎茸を、残すのよ!」
「ごちそうさま」
「あっコラ逃げんな待ちやがれ!」
ダッシュで椅子から飛び降りたヴァルツァの首根っこをむんずと掴むジョエル。
そのまま勢い良く引き戻され、鼻先がぶつかり合うぐらいの距離で睨まれる。
「残さず食べなさいよ」
「ん?可笑しいな。僕の目には椎茸なんて細菌植物は見えないけれど」
「皿見てあからさまに吐き真似してた奴が何言ってんの?」
「覚えてないなあ」
「ヴァルツァ?」
ジョエルが、にこりと笑う。
ヴァルツァは舌打ちした。この人はキレさせたら厄介だ。
仕方なく彼は席に戻った。フォークを握る。椎茸の山を見る目がすうっと細くなった。
ふーっ、長く息を吐きヴァルツァは皿を掴むと椎茸を一気に、毒を食らわば皿までと云わん勢いで流し込む。
喉が上下したのを確認したジョエルが、ヴァルツァの頭をよしよしと撫でた。
「やればできるじゃない」
「当然」
そう云いつつヴァルツァは涙目だった。
じゃあごちそうさま。律儀に手を合わせてヴァルツァはキッチンを出ていった。
可愛いところあるなあ。
思いながらジョエルは笑みをこぼした。
[ 我が子を見守る母のように ]
(あ、ジョエル。さっきヴァルツァが甲板の外に向かって何か吐いていたんだけれど)
(ヴァルツァァァァァァァ!!!)
ごくたまに、精神面がやられている彼に遭遇することがある。
そうなるともう本当に本当に面倒で例えばヴァルツァにうぜーとか笑いながら云われただけなのに眼帯ちぎれるくらいショック受けたり死んだように床に突っ伏して声もなく泣き続けたりする。
うぜー。
いつもは面倒見が良くて人当たりも良くてそりゃちょっとは問題点もあるけどそれは寧ろキレる方で。
こんなぴーぴー泣きまくる彼は平生ではまるっとお目にかかれない。
それが一度鬱ってしまうとこうだ。本気で鬱陶しい。
全く、どう精神面がやられたらこんな困ったちゃんになるんだか。神様は人間の作り方を間違えている。
天は二物を与えずとか云うけど実際彼は二物与えられてるしだからってでかいハンディつけてプラマイゼロっつー計算の仕方は良くないと思う訳よ。
赤で緑は相殺できないんだからそこんとこきちんと考えて不良品はひとつでも少なくすべきよね。
「もうダメだ、俺に生きている価値なんてない…!!」
ほら見ろ弊害思いっきり出てるじゃないの。何とかしなさいよ神様アンタの責任よ!
このしょうもない(というよりしょうもなくなった)目の前の男はアンタの気まぐれの犠牲者なんだからねふざけんなチクショー!!!
海に向かってそう叫んだ刹那、涙を華麗に振りまきながらリッヒテがハンドレールを乗り越え海に飛び込もうとした。
危ないと思ってリッヒテを羽交い締めにして止めておいた。
ほんと神様アンタさあ、さっさと何とかしてよねこのダメ男。
[ 所謂、愚痴 ]
(ていうかリッヒテが傷ついてるのってジョエルがずけずけ言ってるせいじゃね?)
(ロベルト、あれはジョエルがわざとやってんだよ。まぁ台所めちゃくちゃにしたリッヒテが悪い。)
(むしろ相手が悪かった気がする)
時々だが、出てきた家のことを考えることがある
私は何も云わずに家を去って、両親はさぞ心配しているだろう
また会えるのかな、なんて。
海賊になった娘になんか会いたくないだろうって頭ではわかっていても
この広い海で何の保証もなく生きる私がそんなこと考える意味なんてないと知っていても
どうしようもなく、あのタヴァンが恋しくなる時がある。
時々だが、出てきた家のことを考えることがある
俺は何も云わずに家を去って、両親はさぞ呆れているだろう
また会えるのだろうか、なんて。
海賊になっちまった息子になんか会いたくないだろうって頭ではわかっていても
この広い海で命の保証もなく生きる俺がそんなこと考える意味なんてないと知っていても
どうしようもなく、あの屋敷が恋しくなる時がある。
「で、船長副船長揃ってホームシックかい?」
「「すみません…」」
甲板でめそめそしていたレイチェルと見張り台で目を腫らしていたロベルトをつまみ上げ、船室に連れてきたリッヒテは盛大に溜息をついた。
家が恋しい気持ちは分かる。泣きたくなる気持ちも否定はしない。
でもそれならそうと伝えてくれたら良かったのに。
何もしてやれないが、話を聞いてやることで少しくらいの気晴らしにならなれる。
それをこの二人ときたら。
「だってリッヒテに迷惑かかるわ…」
「俺は一人でいたい気分だっただけだ」
リッヒテはまたもや溜息を吐いた。
やっぱりこの二人にトランプ海賊団のツートップにするのはまずかったのではないだろうか。
ヴァルツァの判断はほぼ間違ったことがない。だけど彼には常識が欠けている。
ヴァルツァの普通は世の青少年の普通と食い違う。
親もなく、鳥籠の中でいたぶられ、世界を羨んだヴァルツァに郷愁の念だとかは存在しない。
自由だけを求めて逃げるように突っ走ってきたヴァルツァに、暖かい家庭と平和な日常を手放すことがどれほど大きな代償となったのかなどわかりはしない。
ロベルトも、レイチェルも、至極平凡な日常を生きる人間だったのだ。
半分位は自発的に出てきたとはいえ、彼らの心境は見知らぬ海への希望だけではないはず。
俺ももっと早く気づくべきだったな。リッヒテが溜息をつくと、何故だか二人の肩がびくりと跳ねた。
「…ん?なんだい?」
怪訝そうな顔をすれば二人は俯いてごめんなさいと呟いた。
何故また謝られたのか、よくわからない。謝られるようなことを云っただろうか。
どうして謝るんだ。しおれる二人に出来るだけ優しく訊いた。
「…だって、呆れたんだろ」
「しょうもないって、思ったんでしょう」
「…」
どれだけ後ろ向きに考えてるんだこの子等。リッヒテはまた溜息をつこうとして飲み込んだ。
また誤解されてはたまらない。
「あのね…俺たちと君たちとじゃ境遇が違うんだから、考え方も違って当然だろう?
俺もヴァルツァも血の繋がった家族がないからホームシックなんてならないだけで、君たちは普通なんだよ
こんな俺だって、帰りたい場所がないわけでもないしね」
ふと彼の脳裏に朧月の顔が浮かぶ。もう彼女は帰らぬ人だけど、彼女と過ごしたあの小屋のような家屋は、今でも時折思い出す。
顔も体も痣だらけになって寝ころんだ床の冷たさや、ぼろの布団の匂いも、思い出すだけで泣きそうになるときがあるのだ。
「大丈夫、何の保証もなく飛び出してきたけど、きちんと自分の意志で二人ともこの船に乗ったじゃないか」
レイチェルとロベルトの頭を撫でてやればロベルトは照れくさそうにいいよ、と言って、レイチェルは小さくはにかむ。
何だか弟と妹ができたみたいだ、とリッヒテもまた二人の反応に笑顔を返したのだった。
[ まるでお兄ちゃん ]
(頼りになって、優しくて)
(いつだって陰から支えてくれるんだ)
音にならない言葉を
いつだって紡いでいる。
白目を剥くような衝撃。爪を立てる背中が、痛んだ。
抉り合って、かじり合って。この海よりも深いところに溺れたくて、探る。
月の美しい夜だ。
波がゆるりと船を踊らせ、その穏やかな目眩に身を任せて倒れ込んだのが、始まり。
突いて、喘いで、静寂を犯す吐息。睫毛の震える眦に口づけようとして、躊躇う。
愛しているけれど、一度だって告げたことはない。
唇さえ触れない、もっと深い部分が繋がっていても、形だけの話だ。
つまり、そういう関係性。俺は傷だらけのジョエルの肩を掴んだ。
「…平気か?」
「手加減しないで」
まっすぐに、翠の瞳。駄目だ、この目に俺は滅法弱い。
誰もいない静かな見張り台で、窮屈さを満喫しながらもう一度彼女を組み敷いた。
その気になれば、理性なんて簡単にぶち破ってしまえるだろう。
けれど、俺はどうしようもなくジョエルに惚れていて、肝心の向こうはどうなのかわからなくて。
合意とは言え微妙な関係が出来上がってる以上、どうもどこかしら冷めてしまう。
きっともう伝えることはないだろう。
伝えることで傷つけたりしたくない。
彼女が良いなら俺はこれで構わない。
彼女を肯定するだけの存在。
それが、ジョエルが俺に求める全てだから。
それ以上でも以下でも、きっと傷つけてしまう。
床に手をつこうとして、掌に柔らかい感触。
気付いた時には、ジョエルの白い腹に置いた掌に、半分以上体重をかけていた。
ジョエルの口が大きく開かれ、噎せる。慌てて手をどけ、助け起こす。
体を折り曲げて、涙目で咳き込むジョエルの背中を撫でながら、そこにある痛ましい傷跡に指先が触れた。
彼女はこんなに強く、脆くて。
傷つきながらもしなやかに立ち上がり、それでも時折耐えきれずにくずおれそうになって。
醜いと。
体以上に心を傷つけて泣きさざめく彼女を愛したいと思った。
己を構成するあらゆるものを負い目にして、足を引きずるように生きる彼女を、今度は俺が救う番だと。
それを、ようやく思い出した。
噎せ込んだジョエルの唇を、同じもので静かに塞ぐ。
見開かれる瞳を感じながらも、ひっそりと気持ちを紡いだ。
誰にも聞かせたくないんだ。
空気にすら触れさせたくないんだ。
だから。
沈黙。
どのくらい経過したかなんて、きっとお互いにわかっていない。
ゆっくり、唇を離す。
「…リッヒテ…?」
「治ったね、咳。じゃあもう一回付き合って貰うよ」
言いたいことはあるだろうけど、それを全部押し込めるように狭い中に入り込む。
気付いてないだろう?俺の真意なんか。
まだ今はそれで良いよ。
にしてもかなわないなあ、絶対伝えないつもりでいたんだけどなあ。
裏も表もない笑顔で迎えて、華奢な肩を抱きしめた。
[ 君が可愛いのがいけない ]
(傷ついた分だけ、俺が何度だって受け止めてあげる)
(こんなに優しくなれる相手は、世界中できっと君にだけ。)
キスもハグもして良いし、してあげる。
そこに心はないけれど。
随分と、細い指だなぁと思う。僕だって指は細い方だ。でも、色は僕の方が白いな。
化粧で粉っぽい頬に、キスをした。薔薇色の頬は驚くほど冷たい。
「ロザリー」
深い深い青い瞳。深海を覗いているような。ヴァルツァ、と柔らかな唇が紡ぐ音は旋律だった。
キスして、と言われるままに唇を塞ぐ。シオン・ノーレの甘い香りがする。
繋いだ手から、指から、冷たさを交換するだけの関係。
僕の方が10も年下なのに、君は何が楽しいんだろうね。
以前そう尋ねたら、同じだから安心すると言われた。
なるほど。自分の分身みたいに見える訳だ。
まぁ、僕も彼女のことは嫌いじゃない。
最高に脳味噌とろけて病んでる人だけど。
安心するのは僕も同じで。
閉じた瞼の向こう側にいる誰かを、きっと二人とも期待してるんだ。
白い肌を伝って、指を踊らせながら、下へ。
擽ったそうに身を捩る、その薄い腹を撫でた。
彼女のここには、まだ宿っていない。
重く醜いものだけが詰まる、ただのにんげんのからだ。
今ここをナイフで裂いて中身を引きずり出した所で、大した面白味もなくいつも通り終わるだろう。
まぁ、やったらリッヒテとジョエルにブチ殺されるから、しないけど。
滑稽だなあと、足を撫で上げる。二本の足の付け根、の間にある場所に触れて。
笑いかける残像。声が聞こえる。
溺れながら、内側から犯す。
僕と同じ年の他の連中には、知らない奴もいるらしい。
僕だって知ったのは海に出てからだ。
出る前から知っていたのは人間の底抜けに醜い心ぐらいで。
ねえ、どこを触れば良い?
どうすればあの声で鳴いてくれるの?
少しずつ、試すように。存外慎重派なんだ、僕はね。
柔らかい。そして温かい、でも僕じゃない、異物を。
単に生殖行動の果てにあるだけ、その筈の両手は、やけに神聖に見えた。
「ヴァルツァって、」
ほんとうに、子供ね。と。
歪められた唇が楽しそうに紡ぐ。
そうだよ。そうなんですよ。
僕はまだ子供なんだから。
打算もないし計画性もないし楽しければそれで良くていつだって残虐な笑みを浮かべてるんだ。
でもそれはロザリー、君も同じだよ。
あぁああ、楽しい。
キスもハグもして良いし、してあげる。
お望みならばいくらでも。
そこに心がないでしょう、だって?
まさか、好奇心で一杯だよ。
[ 年頃 ]
(限界ぎりぎりを泳いでいく)
(それが、たまらなく、クるんだ)