吹き渡る弥生の風が、赤子をくるむ柔らかく軽い布を奪い去ろうとした。
抱える男が気付いて、それの端を掴んで引く。袴の裾もまた、風に奪われるようにはためく。
夜闇と肌寒い風の下に晒されたその顔は、頬の赤い、まだ産まれたばかりの子だった。
そして実にしあわせそうな、ごく平凡な子だった。
その子を抱える男の顔は険しい。それでも彼は願っていた。この赤子の、幸福を。
その為に今からこの子とは、別れを告げねばならない。そうしてもう、二度と会うことはないだろう。

じきに迎えが来る。今度こそ、風ではないものが布ごとこの子を奪って行くのだ。


酷く顔色の悪い女の、口の端をただ赤い血が流れていた。
良かった、無事に産まれて。慰め程度の言葉ではあるものの、安堵を含んだ声だった。
柔らかく小さな手が、血の気も失せかけた女の、母の指を掴む。
この子もまた自分と同じものを背負っている。いつか話さなければならない時が、来るだろう。
それまでは、どうか、どうか。

激しく泣き出した赤ん坊の声に口元をほころばせながら、女の意識は落ちて行く。



三日月が刈り取ってしまった夜空が、そのままこの子供の背中に落ちて来たようだった。
子供を産むためではない、死ぬために己の腹を切り裂いた。二度とかえることの、ないように。
それでも子供は生まれ落ちてしまった、あとは自分が死ぬ、それだけだ。
闇を飲む漆黒、この色は彼と同じ色。腹から血と羊水を流したまま、女は我が子を見下ろした。
産声もあげない、静かな赤ん坊だった。自分と同じ、やせ細って、白い体をしている。
見たこともない遠い昔、おとぎ話のような存在をふと思い出した。
闇を祓い続けた、闇。我らの英雄。彼の、先祖。そして、この子供の。
可哀想に。女の白い唇は乾いてひび割れ、漏れ出した声も同じだった。色のない、乾いた声。

「貴方もまた、私と同じ。同じよ、―――」

意識が白濁していく。招け、混沌を。裁かれよ、その身を、その存在を。
この子供には、絶望と恐怖しか与えられないだろう。私と同じように。可哀想な、私の子供。
世界を呪う魔女のように唇を歪めて、絶命した。瞳に宿る深い青緑は、消えた。





その小さな手が掴むものは 果たして。









 
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