きみへの応援
「寿也がくじけそうになったら、私がトランペットではげましてあげるから!」
小学校の頃、横浜リトルで年上に混ざりスタメンとして活躍する寿也に試合中にでも私は何かしてあげたいと思っていた。夏休みにみた甲子園のブラスバンドに感動して、音で寿也を応援する事が私の夢になっていた。
中学にあがる時に寿也は違う地区に引っ越しをしてしまった。何の連絡も無く、私は嫌われたと思いながらも1人 吹奏楽部に入った。
「マーチングを他校で、ですか?」
「すぐ近くの中学の吹奏楽部にな是非きて演奏してほしいと言われたんだ。それで、山田にはその打ち合わせを頼みたいんだが…。」
「はい、大丈夫です。」
そう言われて、私は友ノ浦中学に行くことになった。電車で一駅程度の距離で、当日も楽器を運ぶ手間に関しては安心だ。校門の前まで行けば友ノ浦の吹奏楽部の部長が出迎えに来てくれていた。軽い挨拶を済ませて打ち合わせをする。
「ありがとうございました!」
「また当日お願いします!」
私は帰ろうと思ったが、ふと当日にマーチングで使う校庭を確認しようと思い立つ。音楽室ですぐ別れて、今わたしは1人、全く違う制服がうろうろしていると やはり好奇の目に晒されて恥ずかしい思いでいっぱいになる。
やっとの思いで階段を降りて、校庭が見えてくる。校舎は部活動で活気が溢れていて、なんだかすっかり冒険気分になってしまう。うきうきと足を進めていると校庭とは少し外れた所からよく聞き慣れた金属音と掛け声が聞こえてくる。
「野球部あるんだ…。」
死角で姿こそ見えなくても、それが野球だという事はよくわかった。しばらく聞いていると、寿也の事を思い出して寂しくなる。校庭のチェックは止めて、大人しく帰る事にした。
それから二週間、しばらく恥ずかしいマーチングにならない様に吹奏楽部は毎日練習を重ねた。当日 楽器をトラックに乗せてから、私達も友ノ浦中学に向かった。
「今日は1日よろしくお願いします!」
「こちらこそマーチング楽しみにしています!」
マーチングの前にパートごとに楽器を吹きながら団欒の時間を設けてもらった。トランペットの私も指定されたパートの場所に行き、挨拶をする。これは見知らぬ人の前で発表よりも少し仲良くなった方がみんなもやりやすいと思って、時間を作ってもらったのだ。話も盛り上がる様になって、軽いお昼を食べて校庭に移動する。そしてマーチングの前にみんなで輪を組んだ。マーチングは良い出来だった。多少のぶれがあっても、二週間で詰め込んだにしてはよくできたと思う。
「野球部の応援とか行くの?」
「全然!でも今年は行けそう。」
「強いんだー…。」
自由時間に友ノ浦の子と話す。
「同じ学年に凄い上手な人がいて、野球部のキャプテンで成績優秀みたいな。」
「超人的だね!」
「本当にそう!顔もいいから、あれは友ノ浦のアイドルだよー。」
「それは会ってみたい!」
あははと笑い合う。軽いノリで彼女は今も練習中だから見に行ってみないかと誘われて、前置きの評価から私も三つ返事くらいで頷く。在校生が居ると、学校は迷わなくて済むと思いながら私は後ろから着いていった。
「野球部はここ。」
「おー盛ん盛ん。」
「佐藤くんはー…。」
「佐藤っていうの?」
「あ、そうそう。あれいないな。」
私もフェンス越しから、野球部を見る。顔がハンサム顔がハンサムと頭の中でぐるぐる考えながら探すが少し遠くでやってる上にその他の特徴を知らない私に見つける事は無理そうだ。
「僕に用事?」
そうすると後ろから声が掛かる。
「あ、佐藤くん!」
「寿也!」
「あ、花子ちゃん!」
気まずいと思ったのも束の間、寿也の目は純粋に再開を喜んでいて私は2年間も勘違いをおこしていたようだった。
「知り合いなの?」
「うん!」
「なんで友ノ浦に?」
「それはこっちの台詞だよ!」
「あ…そっか、部活5時まであるんだけど校門で待っててくれないかな。」
私は寿也が真面目な顔で言うものだから、野球場に入る寿也に何も聞けなかった。だけど、私がトランペットを頑張ってきた意味がようやくきちんとしてきて、特に深くは考えなかった。
陽が傾き始めた頃に顧問の先生に事情を話したら渋々承諾してくれて、私はみんなを見送り1人 友ノ浦の校門で寿也を待つ。部活終わりで疲れてるだろうと炭酸を買っといた。
5時過ぎになり、色々な部活も終わった様で校門も人がちらほら出始める。寿也は部長だと聞いた、もしかしたら長引くかもしれないのかなと疑問を抱き始めた時
「よかった。」
寿也はシャツを乱しながら走ってきた。
私は地面に置いていた荷物とトランペットを持ち、息が少しあがっている野球少年に炭酸を渡した。
どちらからともなく歩き始めれば、私は小学生の放課後を思い出していた。その時も今みたいに夕方で会話が無くても居心地がよかった。私はそれを言おうと横にいる寿也を見ると、思い出に重なる様に顔立ちの変わった寿也がいた。
小学校を卒業するまで同じ位の身長で、どっちの方が高いかで話し合ったりしたのに今では頭2つ分くらい違う。私は少しだけ後ろに下がってみれば、寿也の広い背中に自然に胸がしまっていった。少し離れた距離を走って元に戻すと、優しい声でどうしたのと聞かれる。上手い言い訳も見当たらず、靴下を直してたなんてソックタッチをベタベタにするのにそう言って笑った。
寿也が話したい事があるんだ、と寂れた公園のベンチに促す。
「今、祖父母の家にいるんだ。」
「うん。」
「家族は何処か分からない。」
「…うん。」
それから続きはなかった。私は静かな間ずっとどういう意味か考えていたけれど、現状と照らし合わせても 寿也に遭ったその出来事は決して良い意味では無いという事しか分からなかった。
「私は…、寿也がいない間」
「…ん?」
「いつか寿也にまた会えて、このトランペットで応援出来る日を楽しみに、ずっと練習してたんだ。」
「あ…。」
寿也は覚えていてくれたのだろうか、ベンチに座ってから初めて寿也の方を向けば、その口元はゆったりと弧をえがいていて嬉しくなる。
「吹いてもいい?」
頷くのを確認して、トランペットを準備する。公園は広いのに全部2人だけの世界の様に時間はゆっくりとしていた。私は寿也の少し距離を置いた目の前に立ち、口をつける。小学校を卒業する前に私が寿也に合っていると思って、ずっと練習してきた曲を初めて人に聞かせる。そう思うと指が震えてくる。大きく息を吸って、目を閉じる。最初の音を鳴らせば、後は自然に指が紡いでいくのだ。
吹いている間に私は考えていた。小学校の頃と寿也は見た目から何もかも変わった。私の知らない所で、よく分からないけれど寿也が口が止まる程に嫌な事もあった。だけど小学校の時からずっと野球を続けている寿也、それは変わっていなかった。だから応援出来ると短絡的に思ったが、私が応援で吹いている相手は野球のプレイヤーの佐藤寿也でない様な気がした。
「…ありがとう。」
吹き終わって、息を切らしながら寿也にそう言えば 小さく首を振った。
「これからも寿也の為に、吹き続けてもいいかな?」
「そしたら僕はずっとグラウンドにいるよ。」
「グラウンドにいなくてもいい!」
「え。」
「私はグラウンドにいない寿也でも、応援したい。」
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