中距離恋愛
佐藤くんとは、もやもやした関係を保っている。中学の卒業式で思い切って告白をした時に承諾を受けたはずなのに、そんな愛しの彼とは海堂野球部という厚い壁で離れてしまっている。一度来た手紙には、東京の諸島にある三倉島で三軍としてしごきを受ける毎日と書いてあった。
私もそれこそ同じ海堂高校に通っているものの、帰宅部と野球部でこんなにも差が開けてしまうのだ。高入生で肩身が狭い思いをしながら、佐藤くんの整った顔がしごきでぼろぼろに歪まないかも心配だった。
そんな鬱憤とした日々も今日でおさらば。という思いで、二軍が入る入り口にたつ。
「更にかっこよくなってたらどうしよう!」
「大丈夫だよ。きっと新しい女連れて帰ってくるくらいだよ。」
「最悪じゃんか!」
目の前にバスが止まる。KAIDOとかかれたドアが開き、ぞろぞろとおりてくる。
「あ、佐藤くん…!」
「ちょうかっこいいね。」
むっと友達を一瞬見る。しかし今はそんな事に捕らわれている暇はない、私は半年ぶり位の佐藤くんをじっと見つめる。しばらく一方通行な視線だったが、ふいに絡まる。私が小さく手を振ると、佐藤くんは周りを見渡してからこちらに向かってくる。
どうしよう
どうしよう
言いたい言葉とかいっぱいあったはずなのに、佐藤くんの眩しい位の白いシャツとか、長い足とか、整いすぎた全部でショートする。
「山田さん、久しぶり。」
「うん、うん!おかえり!」
「ここにくるのは初めてだけど。」
くしゃりと顔が綺麗に歪んだ。私はすっかり虜で、口は半開き。
「あ、ごみがついてる。」
佐藤くんは前屈みになる。耳元まできた頭からはシャンプーと汗がまざった匂いがして、腰がきゅっと痛くなる。不整な脈は間隔がどんどん短くなる私。
すっと耳にかかっていた髪が浮く。
「花子ちゃん可愛くなってて、言いたい事忘れちゃった。」
小さくかすれた適度に低い声、肩も強張る。だけど佐藤くんも私と同じ思いだったのと名前を呼ばれた事が嬉しくて、泣きそうになる。
「取れた。」
佐藤くんは指を挟んでみせるが、ごみを取る動作なんてなかったのだから、もちろんその指と指の間にごみは存在しない。私はやっとの思いでお礼をいってみると、秘密を隠す少年の様な顔で笑う佐藤くん。
「早く一緒に授業受けたいね。」
「うん、それじゃ!」
走っていく背中はすぐに遠くなる。さっきまで、すぐ近くにあった。待たされる時間は会えた時間より遥かに長いのに、なぜか寂しくはなかったのは私達には丁度いい距離感なんだろう。
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