(未)



少し離れた席に背中を私に向ける様に座っている清水くんは、きっと世界で一番素敵だ。聖秀には恋をする事は諦めるつもりで入学したのに、まさかこんな人がいるなんて誤算どころの騒ぎではない。夏服に切り替わった事もあって、清水くんの白いシャツ姿に頭がくらくらしてしまう。私は自分の熱をもった頬を押さえて、板書きの続きを書く。

お昼休み、席が近い事もあり仲良くなった子たちと机を囲む。それぞれお弁当を開いて、身内話に華を咲かせる。

「花子ちゃん、可愛いから彼氏いるでしょう?」
「えっ。」
「?」
「…彼氏も好きな人も中学時代いなくって。」

うん、とひとり寂しく頷く。正直要領の悪い私は聖秀の制服を着たいがままにそれまでの青春を棒に振ってしまったと思う。そう思えば、清水君が好きな事も話せていない私は本当に勉強漬けでつまらない奴だなと思う。いくら清水君が今まで華のなかった私の初恋と言っても、私はずっと変わっていなくて きっと清水くんにはクラスメートの一人位にしか思われていないんだろう。

そんなことを考えて、私は放課後ドラッグストアにいた。安直な考えで、髪の毛を染める事が変わる事につながったのだ。

シャイニーブラウン、
ストロベリー…?

全く聞き覚えのない色名に、白黒する。


「全然、分からない。」

横に目線を動かしていくと、ひとつ見覚えのある色につく。それは清水くんの髪だ。サンプルの毛束よりも清水くんは艶っぽくて、やわらかそうだ。そんな事を考えてるうちに私もその色にしたくなってしまう。箱を手にとって、眺める。

900円。

毎日憧れていた清水くんの髪は900円だった。私は買ってすぐに後悔が襲って、染める気をなくしてしまった。それは私と清水くんが揃っても何も意味がないと思ったからで、清水くんもきっといきなり同じ色のクラスメートが出てきたら寧ろ嫌な気持ちになるかもしれないからだ。

悶々と清水くんの事を考えていくと、何とも言えない重い気持ちがずっしりとのしかかってそのまま寝てしまった。

そして早く寝たせいで、太陽が出てきた頃に目が覚めてしまう。私はベッドから起き、うらうらとした後にリビングまで降りてピアノを弾く事にした。

高校に入学してから、少し離れていたが椅子に座り重量感のある鍵盤に手を置けば自然に頭に弾きたい楽譜が巡りはじめるのだ。私は、その中からショパンの英雄ポロネーゼを弾く。わりあい簡単で受験前、忙しい中でもその鬱憤を晴らす目的で弾いていた曲だった。それから親が起きるまで、色々な曲を弾いた。

それは行きのバスでも続いて、イヤホンから聞こえるピアノの旋律に指をなぞらえる。自分なりに深く押す風にしたりして、頭の中だけでアレンジを楽しむ。

ピアノを弾いている時は頭の中がピアノでいっぱいだから、少し重くなっていた清水くんの事も忘れられる。それから私は昼休みも、放課後もピアノをよく弾くようになった。小さい頃からやっていたけれど、今こんなにピアノが楽しくなるなんて思わなかった。

清水くんは相変わらずかっこよくて、授業中はやっぱり気にしてしまうけど 野球部に入ったマネージャーの子と清水くんはよく話しているし、このままピアノを弾いていればケセラセラ…と思っていた。

「発表会。」
「そう、プログラムに空きが出ちゃって今月末どう?」
「やってみます。」

すっかり仲良くなった音楽の先生から、先生の知り合いの教室の発表会の案内を受け取り 音楽室を出る。もうすぐ6時なのに、まだ空は明るくて 本格的な夏が始まる所だった。教室に戻り、鞄にchopinと書かれた太い楽譜と案内をしまう。

誰もいない教室は少し感傷的な気持ちになってしまう。授業中よりよく見える清水くんの席に視線は止まる。

「私、何やってるんだろう。」

溜め息をついて席に着く。椅子を引く音は虚しく響いた。夕方の少し眩しい太陽を見てまたひとつ溜め息をついた。それから鞄からしまったばかりの発表会の案内と折れ目がしきりについたショパンの楽譜集を出す。清水君は私がピアノに逃げていてもずっと斜め前のこの席に座っていて、背中を向けたままだ。ピアノを弾き始めたからといって何が変わった訳でもない。







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