「いらっしゃいませ」

扉を開けた先で投げられた声にわたしは息をのんだ。なによ。パンフレットに載っていた雰囲気とはまったくちがうじゃない。あまりにも綺麗で輝かしいその店で、たった一歩しか足を踏み入れていないにも関わらず、どうもわたしには不釣り合いな気がしてならなかった。長く伸びた先でくの字に折れたカウンターには、客がひとり。その後ろに並んだテーブル席に座るひとは見当たらない。穴場だというのは本当みたいだけれど、これじゃあ、帰るに帰れないじゃないの。不安はわたしをひどく混乱させた。帰りたいのに、足がカウンターへ向いてしまう。座り心地のいい椅子だった。

「何になさいますか」
「そうね、」

メニューがない。一体何を用意しているのか分かったものじゃないわ。知らない街になんて来るんじゃなかった。わたしは汗ばむ手のひらをテーブルの下でぎゅうぎゅうと握りしめた。それで安心できるとは思っていないけれど、少しくらいは勇気なんてものがしぼり出せるんじゃないかと希望を持って仕方ないのだ。こんな焦りも、焦りから込みあげてくる熱も、ほんの少しの高揚感も。すべて飲み干してしまいたい。

「それじゃあ、シェリーでお願い」
「かしこまりました」

視界の端で、誰かが立ち上がるのが分かった。

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