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「蔵元!!!」

 タイランの発信器がきちんとPCで追える事を確認していた蔵元は大声で呼ばれて身体を跳ねさせた。

「何?!島津!どうした?!」

 カウンター席の椅子から慌てて立ち上がり、バックヤードの扉を開ける。タイランも蔵元の後ろから覗き込んだ。

「カズマがいきなり意識落ちた!少し速い気がするけど脈と呼吸はある」
「マジかよ!!意識障害とかフラッシュバックとかあってもおかしく無いんじゃね?!だいぶ乱用してたっぽいじゃん?!」
「ビョーイン呼ぶ?」
「救急車ね!呼んだら逮捕されるよー?」
「だろうな。こんだけ薬やってたら、入手ルートや売人関係も吐かさせるだろうな」

 タイランは床に転がる顔色の悪いカズマを見て目を伏せた。支配される側の人間だ。自分が重なり、どう足掻いても抜け出せない過去を思い出す。そして控え目に、真剣に言った。

「酷い状態って俺にもワカル。ビョーインだ」

 タイランの正論に、島津も蔵元も何も言えず押し黙った。そっと手の甲をカズマの頬に当てて、島津は重たい口を開いた。

「救急車を呼ぶ」
「白城会があった時に世話になってた病院は?まだたくさん働いてる人いるよねー?救急車呼んだら記録に残ったりするんじゃね?なら、こっそり呼んじゃえば?」
「俺がそういう人脈あるように見えんの?」
「そこはほら、病院の医師名簿あるじゃん?知ってる名前があったらソコ鬼電で」

 時間がねぇのに!と島津は声を荒げたが、蔵元の提案は一番安全策に思えた。カズマを寝かせて立ち上がり、蔵元を急かすようにパソコンの方へ連れて行く。

「俺が様子見てるヨ」

 誰に言うでもなくタイランはカズマの脇に座り、手首を持つと脈を確認した。不整脈は無いが、心拍は速く汗が酷い。

「ガンバレ。イイ友達いるんだからサ」

 ふぅ、ふぅと浅い呼吸を繰り返し、答えることもないカズマにタイランは励ましの言葉をポツリと呟くように掛けた。





 想が新堂の運ばれた病院に着くと、少し遅い時間帯に加え、事件もあって人が全くいない待合フロアには見知った顔があった。若林謙太。青樹組参加の組を任されているやくざであり、想の叔父だ。少し疲れたような表情で椅子に座り頭を抱えていたが、気配を察して顔を上げた。想を見ると顔から疲れが吹っ飛んだかの様に豪快な笑みが表れた。

「想!どうした?」
「若林さん、岡崎組は大丈夫?」
「ああ、厳戒態勢みてぇにピリピリはしてるが、この通り出られたからな。新堂に会いに来たのか?」

 歩み寄った想を、立ち上がった若林は一度抱き締めて顔を覗くように少し屈んだ。想は若林が満足するまで好きにさせて、視線が合うと一度ハッキリと頷いた。

「会える?」
「…まだなんか集中治療室みてぇな所。意識は何度か戻ったから大丈夫だろうが、麻酔のせいもあってすぐ寝ちまう状態だ。安心しな、アイツは簡単にくたばる男じゃねぇよ」

 想の不安を敏感に感じ取った若林が優しく状況を伝えた。大きく硬い、温かい掌が想の両頬を覆う様に触れる。そのまま顔を揉まれた想は流石に嫌そうに眉を寄せて腹へ拳を押し付けた。

「ふはっ、悪ぃ。想の顔見たら俺も安心しちまった。新堂より先に触っちまって怒られそうだ」

 新堂が大丈夫だと分かった想は笑みを返せる余裕を持つ事が出来る程安堵していた。彼は生きてる。そう思うだけで胸がキュッと痛んだ。

「意識が戻る度に口に突っ込まれた管にイラつきながらお前を呼んでて面白かったぞ。…想、大事にされてんだなーって思ったわ」

 そう言われて、想は新堂が自分を呼ぶ姿が思い浮かんで胸がチリっと熱くなる。何百、何千と呼ばれたか分からない。会いたい気持ちが溢れそうになる。抱き締めて、抱き締められたい。彼の匂いを感じて、冷たい手で触れて欲しい。

「もう、取り敢えず若林さんでいいや」

 想は離れたばかりの若林に抱き付くと、新堂より幾分か大きな背中をぎゅっと抱いた。数秒そうしてから、想は切り替える様に大きく息を吐き出して顔を上げた。

「漣のスマホが欲しい。俺と島津と蔵元で『カラン』の尻尾、掴んで見せるから」
「俺でいいやってのが引っかかる…。『カラン』を追ってんのはある程度予測はしていたけどなぁ…携帯電話を渡すのは俺も新堂も反対だ。お前は突っ走るからな。何か策があるならそれを聞いてからだ。いざとなれば呼べよ。警察も動いてる上に、新たな死人が七人も出たそうで騒がしくなってるぞ」

 ニュースを見ていなかった想は、『カラン』の撒いた薬でまた死者が出たと聞いて息を飲んだ。若林がスーツのポケットから取り出した携帯電話を受け取る手が微かに震える。 
 若林が触れた手を力強く握ると、想は困った様に眉を下げた。
 想がこれからの事を大まかに説明すると、タイランが近くにいる事実に若林は驚いた。

「みんなが一歩ずつ引いて捜査したり、牽制したりしてるから進まないんだよ。大崎みたいな連中の方がよっぽど事件に近い所を探ってる…」
「そうだな。違いねぇ。組の連中も何人か『カラン』を捕まえたが、どいつも下っ端で話にならん。…島津、大丈夫か?」
「大丈夫って言うけど、結構キてると思う…」

 想が友人を案ずる様子に、若林はひとり目元が緩んだ。

「そういう時、お前はどうしてもらった?」

 自分が落ち込んでいる時、追い詰められている時、側に居てくれた。いつでも力になると言ってくれた。一緒に危ない橋を渡ってくれた。想は島津と蔵元がずっとそうしてくれている事を改めて実感して、若林の言葉に小さく頷いた。

「俺もいるからよ。組のことは今は何も出来ねぇし、マンパワー必要な時は呼べな?」
「いつもありがとう。漣の側に居てあげて欲しい。…目が覚めたら、俺が会いたがってるって伝えてくれる?」

 想は首から下げている二つのリングが通った紐を外し、若林の掌に握らせながら言った。

「漣以上に俺は会いたくて仕方ないんだって、怒っておいてよ。勝手に撃たれて、俺に寂しい思いさせたんだって」

 手に握らされたふたりの大切な物を大切に掌に収め、若林は口端を上げた。同じ様に想も口許が悪戯っぽく上がった。

「任せろ。新堂のやつは思いっ切り後悔すればいい」

 若林の言い方に、想は苦笑いを浮かべながら大きく頷いた。









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