28


 

 陽が少しずつ傾き始めた頃、新堂と希綿は高級ホテルの一室を出た。
 ロビーのソファに腰掛け、立ったままの新堂を見上げて希綿は襟足を掻いた。
 日中堂々とホテルで寛いだ希綿はあえて表に出て痕跡を残し、警察方々へ自分はこの薬の一件に関わっていないことを見せつける。どこで何が起きようと、尾行している警察が証人だ。ホテルで食事。人と会い、時には家族と過ごす。事務所にも出入りは禁じてあり、徹底して薬を持ち込ませない為に固めた。大崎と新堂の忠告を受け入れた希綿は岩戸田の動きを岩の如く待つだけだった。

「新堂くんも気が気じゃないねぇ。じっとしていられない若いのばかりで」
「俺の方はそう若くないのでハラハラさせられっぱなしです。あまり深追いして欲しくないと言うのも本音ではあるんですが。岩戸田の使いっぱしりの件、なんとかして下さい」
「そうだねぇ。新堂くんの頼みは聞きたいところだけど、ウチの連中も頭にキてるからさ」
「先を見て考えろと示唆出来ませんか」
「俺は今、ただのオッサンだよ?静かにしている部下たちは良い子に出来るだろうけど、大崎が動かしてる連中はもう止められんね。きっと」

 申し訳ないね、と眉を下げて笑みを向ける希綿に新堂は目を細めて頷いた。

「先に捕まえるしかないという事ですか。肝心なところで役に立たないですね貴方は」
「あー、意地悪なこと言うなぁ」

 新堂はどうやって手を回すかと少ない手駒で策を模索し始める。隣では希綿がクスクスと声を立てて笑った。
 受け付けでチェックアウトを済ませた希綿の部下がふたりの方へと荷物を持ってやって来た時、その場の空気が凍った。しかし次の瞬間には周りは悲鳴が響き、慌てふためく人々で騒つく。銃を手にした一人の男がホテルのエントランスに立っていた。

「組長!」

 男の銃が希綿を捉えたと察して部下は荷物を捨てて身を走らせる。
 盛大な銃声を響かせた男のリボルバーはあっという間に全弾撃ち終えた。
 一瞬の静寂。
 しかし次の瞬間、怒声と共に尾行の警察官がその男を取り押さえる姿が希綿の目にゆっくりと焼きついく。そして駆け寄る部下の悲痛な声に視線を上げた。

「組長!役に立たねぇですみません!」
「う、ぐぅ…俺より…彼は…」
「はっ、はいっ!…っ、新堂さん、しっかりしてくださせぇ!っ、どうしやしょう組長!血が止まりません!」

 希綿は咄嗟に自分を庇って倒れて頭から血を流す新堂に目を見開いた。座っていた希綿は新堂に守られ肩と脇腹に掠めたが、新堂の身体は崩れ落ち動かない。新堂の顔は半分が血に濡れているが、形はちゃんとある。ぶつけたのかもしれない。しかし身を包むのは黒い薄手のコートで出血は分かりにくいが、彼の傷を見る部下の手は血まみれだ。

「組長も動かないでください!今、警察連中が救急車呼んでくれたんで!」

 希綿と新堂の他にもホテル従業員がひとり撃たれて倒れている。希綿をマークしていた警察官が必死の救命活動に励んでいた。
 希綿はその様子とピクリとも動かない新堂を見比べて小さなため息を零した。

「新堂くんに声かけ続け、て。止血に、お前のシャツでも何でも出しなさい」

 自分は大丈夫だからと掠った脇腹の傷を抑えながら、希綿は声を絞り出した。部下は新堂の腹部に脱いだワイシャツを押し当て、大きな声をかける。みるみる血に染まるシャツに、希綿はギリっと奥歯を噛み締めた。

「脈、は?救急車はまだか?」
「脈、ありますけど…くそっ!ちくしょう!誰か!!助けてくれ!」

 突然の銃撃に辺りは騒然とし、客もホテル従業員も怯えきっていた。
 救急車が到着し、怪我人の搬送を始める。そして偶然にも警察連中が居合わせた現場にはあっという間に捜査官たちが現場の収集へととりかかりはじめていた。
 新堂は希綿と離され、それぞれに担架に乗せられると慌しく救急車へ運び込まれる。切迫した救命士の声が響いていたが、処置を受けながらすぐに新堂を乗せた救急車は走り出した。それを見送る希綿は傷の痛みに眉を寄せた。

「なんてことだ」

 弱々しい声が絞り出される。あれだけ警戒していたのに。希綿はまさか強行手段とも言える方法を取った『カラン』に怒り以上の驚愕を覚えた。





 蔵元はパソコンをぼんやりと見つめ、時折視線をカズマへ向ける。彼はソファに膝を抱えたまま座っており、あまり動かない。話さないし、静かそのものだ。
 蔵元が退屈しのぎにパソコンのテレビを点けた。ここから遠くない有名ホテルでの銃乱射事件が特別報道されている。詳しい事も分かっていないが、取り敢えず現場に行って様子を伝えるリポーターの姿に蔵元は耳の穴に小指を突っ込んで聞く気のない様子でいた。だが、青樹組の名前がちらりと出てきた。ハッとして画面に見入る。クリックして画面を大きく表示した。

「まじかよ」

 名前までは公表されていないが、負傷者は全員病院へ緊急搬送され、重症と報道されている。蔵元は慌てて大崎に電話を掛けた。けれど二度、三度と掛け直しても繋がらない。

「希綿さんがよく行く所じゃん。…大丈夫なんか…」
「どうかしたの?」

 ニュースキャスターの声に顔を上げたカズマが蔵元に尋ねた。蔵元はじっと丸まっていた存在からの問い掛けに目を丸くする。

「…銃撃事件だってよ。ひとり死んだっぽい」

 蔵元の含みのある言い方にカズマはヤクザ絡みだと察して息を飲んだ。

「リョウが…やったのか…?」
「さぁね。騒いでるだけで何の情報も無い」

 蔵元はカズマから視線を外して報道中継を眺める。
 カズマはもしもリョウが事件を起こしていたのだと考えると、怖くなってそれ以上は聞けずに口を閉ざす。そして再び己の膝に顔を埋めた。

 
 



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