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 落ち着きを取り戻したカズマだったが、どこか沈んだ様子でいる。震える呼吸を整えようと、時々深くゆっくりと息を吐き出した。
 島津と大崎はカズマの様子を見ながら、新堂へカズマから得たいつくかの隠れ家を絞り込み、岩戸田への道を確実に決めていく。途中でやって来た蔵元がマップで詳細な情報を集めて行く。

「凌雅くんから特別に貸してもらった改造ソフト、凄いのなんの。あ!これ見て、ここのホテルを明け方に出て岩戸田の車が移動してる。向かいのコンビニの監視カメラ録画」
「いいな!俺もそれ欲しい!チョー面倒くさくて時間かかるンすもん。イチからハッキングすると」
「…お前らオタクがこえーよ。盗聴趣味の蔵元がこういうのやってるの見るとトリハダだわ」
「ふぉふぉふぉ。俺は色々知っていたいのだよ。ケンカは自信ないから、予習して備える。これが定番」

 ザコの自論を自信満々に語る蔵元に大崎は笑った。

「情報社会だもンね。情弱は負けるよ」
「どーせ俺は行動派だわ」
「じゃあさ、行動派の島津。そこのイケメンの言ってた幾つかの隠れ家、どこに向かうと思う?島津だったら近く?遠く?」

 蔵元がマークしたマップを指差し、岩戸田が走り去った方角へ指を滑らせながら島津へ視線をやった。
 島津は数秒考えた後、青樹組の本部のある付近のビジネスホテルを指差した。

「俺なら敵の近く。カズマを追い詰めてったし、そろそろ奴は手を下したいはず。この辺りで有沢がリョウと接触したのもある。薬を隠すにしても流すにしても、青樹組に渡るようにするなら近い方がいいんじゃねぇの」
「そーだよね。そんな感じでカメラで追うとさ、ほら。島津の読みとは南北逆だけどこのホテルに車が入った。今はここかな。車が出た様子はない」
「よっしゃ。俺は有沢を叩き起こして連れて行く。岩戸田を捕まえる」
「ちょ、待って!いきなりっすか?!さっき電話して青樹組には警戒させたし、動きがあれば組のみんなが動くっしょ。俺たちが動く必要ないって。情報収集でいいよ」

 行くぞと言う島津を慌てて大崎が引き止めた。蔵元も不安気に二人を見やる。そんなやり取りを聞いていたカズマも顔を上げた。

「優、みんなの言う通り、止めた方がいい…岩戸田は…何するか分からない…」
「分かってる。でもリョウを助けたい。岩戸田と一緒にいるかもしれないだろ。組の人達に捕まればリョウも殺されちまう」

 島津が間髪入れずに返した。カズマは膝の上の拳をぎゅっと握った。

「ッ…リョウは説得したって聞く耳持たないから!もう、身も心もズタボロなんだ…岩戸田の言いなりだ…俺のせいで…」
「助けて欲しいって言ったろうが」
「…無理だよぉ…俺もリョウもシャブ中だもん。薬が無きゃ…岩戸田がいなきゃ生きていけない…うぅ…」
 言葉の途中から泣き始めたカズマの肩を大崎は叩いた。
「薬がいいならこのまま泣いてりゃいいっすよ。だったら助けなんか求めんなっつの。島津くんの良い人心に触れんな。助かる気があるの?本当にリョウと助かりたいならお前も根性見せろ!」

 大崎に叱咤され、カズマは両手で顔を覆った。言葉で言うほど簡単に手を引くことができないのが薬だ。カズマは身を以て知っている。
 止められない絶望と、止めたい希望。常にふたつがちらちらとカズマの脳内に浮かんでは消えていく。
 一度や二度、ちょっとした薬遊びを経験する人間は多いだろう。蔵元も大崎も、そこで止めることが出来た。先の末路を知っているから。
 三人はカズマの返答を待ち、黙った。覚悟があるのか。無言の問いかけにカズマが鼻をすすった。
 沈黙の中、カズマが何度か涙を拭った時、間延びした声がゆっくりと語りかけた。

「…病院へ行けばなんとか助かるけど逮捕されるよ。…リョウは犯歴もあるし余罪もあるよね。キミもきっと。檻の外で生きたいなら、本気で岩戸田と切れないとダメだ。…今までそれが出来なかったんだから、キミには無理かもね」

 ソファに沈み、目は瞑ったままの想の挑発じみた言い方にカズマは反射的にごくりと喉を鳴らした。新堂漣のイロ。岩戸田が捕まえたい男。リョウの標的。

「お、お前だって罪の数なら俺やリョウを超えてるだろ!何様だ!」
「同じ悪なんだから自分は潔白みたいな言い方止めろよ。悪でも生き方くらい考えられるんじゃないの」

 ゆっくりと開いた瞼から瞳が現れ、カズマを見据えた。強い眼差しを向けられて思わず怯む。言い返せない自分にカズマは唇を噛んだ。

「島津…おはよ」
「おせぇよ」

 ごめん。と想は手の甲で口元を隠し、大きなあくびをひとつ。
 大崎は想が目覚めた事に少しホッとした表情で小さく挨拶を交わした。

「おはよ。有沢ちん、大丈夫すか?」
「うん。…ごめん、話もよく分かんないけど…リョウを助けに行くの?止めるの?」

 想は視線を逸らしてしまったカズマから興味を無くすと、島津へ変えた。

「俺は…行く」

 島津の声は譲らないと聞こえた。
 蔵元はあからさまに嫌そうな顔をして、けれどもう行くと決めたのだろうと察して想が座るソファへと腰を下ろした。ノートパソコンを開いて島津と想に手を伸ばした。

「俺はフォローしか無理よ。スマホ出してね。追跡する。あとこの泣きベソの監視ね」

 その気になってしまった三人に、大崎は大きなため息を零した。岩戸田の潜伏先の目星は既に報告してある。青樹組連中の目を掻い潜り、果たしてリョウを連れ出す事が出来るのか。素直に頷く事は出来ないし、希綿を裏切る結果になり兼ねない。岩戸田を捕まえ、『カラン』を潰す。それが大崎の第一だ。

「…止めないっすか?こつい見れば助けたって良い結果になる訳ない」

 少し、迷い気味に大崎は声を絞り出した。本音を告げるのは気が引けたが、ここに居る仲間の安全と希綿の希望、両方を得るためには目の前のクズを見捨てるのが一番いい。島津には悪いと思ったが、大崎は最後のチャンスだと思った。
 だよね〜と言う蔵元の笑いを含んだ声に大崎は苦笑いを口元に。そんな大崎の肩を島津は優しく叩いた。

「大崎、ありがとう。すぐにでも希綿さんのトコに行ってくれ。俺たちの方はもう終わったろ?岩戸田の居場所と『カラン』との繋がりは掴んだ。仕事は終わりだ。ここからは別行動、な」
「俺、リョウを先に見つけても引き渡せないっすよ」
「希綿さんの所に行くなら、漣に「覚えてろよ」って伝えてよ。眠剤なんて飲ませてさぁ…」

 ぶすっと眉を寄せ、想は立ち上がった。両腕を上げて伸びをしながら大崎ににこりと笑みを向けた。

「大崎くんの仕事だもん。分かってる」
「終わったらゆっくり飲み直そうぜ。たまには四人で」
「わー楽しみー」

 最後の蔵元は完全に棒読みだが、どこか楽しげに口元が崩れる。
 大崎は頷くと、腕時計を確認した。

「俺は5分後に出るっす。それまではふたりの行動は知らないってことにしとく」
「10分にしてくれない?」

 想は真剣な顔でそう言いながら先ず、ズボンを履かないと…と寝室へ足早に向かった。
 
 




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